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1.日常

 クラウディア・ウォルトン公爵令嬢は幸せだった。










「いいお天気だわ。」


 心地よい風に誘われ、クラウディアが廊下の窓から外を眺めていると、母から呼びかけられた。


「クラウディア、今日はもう課題は終わったのよね?フィンリー殿下からお手紙が届いているわよ。」

「まぁ、ありがとうお母様!課題は終わりました!」


 クラウディアは手紙を受け取り、待ちきれない様子でその場で開け目を通す。


「…………ふふ、お茶会のお誘いだわ。」


 要件がわかり笑顔が溢れる。そして愛おしそうに、手紙に綴られている差出人の文字を眺めている。


「すぐに返事を書きます!」


 クラウディアは手紙を大事に胸に握りしめ、パタパタと自室へと向かった。


「…本当に仲がいいわね。」


 母が微笑ましそうに呟く横で、父は何とも言えない表情を浮かべる。


「……なんだか父としては複雑だよ…」

「あなた、婚約者同士が仲が良いなんて、素晴らしいことじゃない!」

「それは、もちろんそうだが、…たった一人の娘なのだぞ…」


 小さい頃は『お父様が一番』だった娘に、下手すれば父である自分よりも優先されてしまう存在が出来たことに、どうしても寂しくなってしまう。

 そして、恋をする顔をした娘を直に目にすると、やはり相手に対して不完全燃焼な感情が生まれてしまうのだ。行き場のない気持ちが余計にもどかしい。


「大事な、娘なのだ……」

「…たった一人の大事な娘だからこそ、フィンリー殿下ほどの方との婚約は喜ばしいことでしょう?」

「うぅ…そう…そうなんだが…」


 宥められた父がしょんぼりと肩を落とし、母が背中をポンポンと叩く。





 □□□






 この国の公爵家であるウォルトン家の一人娘、クラウディアは、ウェーブがかったダークブラウンの長髪に、翡翠色の瞳を持つ美しい娘である。

 髪色は母メリッサから、瞳の色は父クロードから受け継いでいる。


 そして、クラウディアはこの国の第二王子であるフィンリー・レントハムと婚約している。

 しかしクラウディアは王家に嫁ぐ訳ではない。ウォルトン公爵家は娘のクラウディアしか子がおらず、親戚もほぼいないため、クラウディアが嫁いでしまうと跡を継ぐ者がいなくなってしまうのだ。

 二人が婚約するにあたり、そのことを考慮して、フィンリーが婿入りし公爵家を継ぐことになっている。



 フィンリーは金色の髪に瑠璃色の瞳を持つ、とても優秀な王子で、さらに国一番の魔法の使い手でもある。

 持っている魔力が膨大で、生活魔法はもちろん、攻撃、防御などあらゆる魔法を使うことが出来る。

 王家の血筋の者は、もともと皆魔力が高いが、フィンリーは群を抜いている。魔力の扱いにも長けているため、魔法の精度も高い。純粋にフィンリーより強い魔法使いはこの国にはいないと言われている。


 そのために、第一王子で現在王太子であるエイブリーを差し置いて、フィンリーを王位にという声も少なからず上がっているほどだ。

 しかし、エイブリーが王太子に相応しくない人物ならともかく、今すぐ王位を継いでも国は平和だろうと言われる程優秀であるため、『フィンリーを王位に』という声が上がろうが、現在の王太子を退けてまでという程ではない。

 それに当のフィンリー本人は王位継承はしないと公言しており、エイブリーのことを尊敬しているし、エイブリーこそが王位を継ぐべきだと主張している。


 エイブリーも、魔力量はフィンリーより少ないだけで、一般人に比べるととても多い。すでに他国の王女であった娘と昨年結婚もしており、もうすぐ第一子が産まれる。

 少し自由な性格のフィンリーに比べ、エイブリーは至極真面目で、的確に政務をこなしているし、人当たりもいい。しかし誰にでもいい顔をする訳ではなく、切り捨てるべきところは切れる決断力もある。いわゆる完璧なのである。


 王子同士の仲が悪いわけでもなく、このままエイブリーが王位につけばこの国も安泰であろう。


 このような完璧な王太子がいるからこそ、優秀な王子であるフィンリーが王家を離れることが許されているのだ。



 フィンリーとの婚約を許されたクラウディアもまた凡人ではない。『フィンリーの婚約者』として以前に、この国の三大公爵家、アーガン、イルビス、ウォルトンのうちの『ウォルトン公爵令嬢』として、社交界で立派に振舞っている。


 その容姿や所作の美しさから、舞踏会などでクラウディアが現れると空気が変わる。


 フィンリーやエイブリーなど王族らは、絶対的な雲の上の存在で、誰も自分とは比べようとしないが、クラウディアは、『公爵令嬢』という立場のため、社交界では王族よりは身近に感じられるのか、憧れや羨望の的なのである。

 クラウディアは、周囲の期待を裏切ることはなく、家族や親しい者の前以外では、全く隙がない完璧令嬢であるのだ。






 □□□



「……そうだな。私たちには、もう親戚と呼べる血筋の者はほとんどいないし、縁も薄い。フィンリー殿下が継いでくださるのであれば、ウォルトン公爵家も安心だな。」

「ええ、本当に。」


 なんとか気を取り直したクロードに、メリッサが微笑み相槌を打つ。


「殿下がうちに婿入りだなんて、もうさすがに受け入れているが、やはりとんでもないことだな…あれ程優秀なお方であるし。」

「ふふ、本当にね。クラウディアはすごいわ。」

「あぁ、ディアは自慢の娘だよ。…ただ!ウォルトン公爵はまだまだ私だ。フィンリー殿下が義息子としてうちにくれば、しっかりと義父として、当主として扱くつもりだ!」

「ふふ、あなたったら、それこそ気が早いわよ。結婚まではあと一年以上あるでしょうに。」



 もうすぐクラウディアは十七歳の誕生日を迎える。フィンリーは現在十九歳だ。あと約一年、つまり、フィンリーが二十歳、クラウディアが十八歳になったら婚姻を結ぶ予定である。



「それでも…あと一年しかないんだよ……。」

「でもディアがこの家から居なくなるわけではないじゃない。」


 フィンリーが婿入りしてくるのだがら、クラウディアは今の暮らしとほとんど変わらないと言える。

 それでも結婚という形で、愛娘が親である自分たちではない誰かのものになってしまうという寂しさは、あるのだ。


「…だから…それまでも、それからも目一杯愛しましょうね。」

「そうだな。二人が幸せに暮らせるよう、この家、この領地を豊かなまま守ってみせる。」




 今と未来の娘の幸せを願い、ウォルトン公爵夫妻は仲良く寄り添って窓の外を眺めた。



 まさに、順風満帆である。



「でも、あまりフィンリー殿下からクラウディアを取ったらダメよ?」

「うっ……でも、取られた分を取り返すだけならいいのでは…………」


 クラウディアの結婚後は、どうやって父娘の時間を作ろうかと企んでいたクロードだが、横にいるメリッサの圧に押されどんどん尻すぼみにごにょごにょと声が小さくなっていっていた。


「ダ、メ、です!ディアに嫌われるわよ。」

「それは絶対に避けたいっ!!」

「それに、いずれは孫も…」

「あぁぁ言わないでくれっっ!!……いや、孫は、見たいが……あぁぁぁもう!!」



 クロードの叫び声とメリッサの笑い声が響く。










 ウォルトン家の、平和な日常だった。




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