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7 来るんだ……

「シリル様を呼んで来ます」


 そう言って部屋を出たモリーさんは、すぐにシリル様を連れて戻ってきた。



 ……来るんだ……。



「おはようございます」


 私は明るく挨拶をして笑顔を見せたが、シリル様は低い声で「……おはよう」と言うとため息を吐いた。


 おはようって言ってくれたけど、渋々来たみたい。



 目も合わせてはくれない。

 やっぱり嫌われているなぁ


 こんな調子で、私はメリーナを助けることが出来るのかしら……子供を作る……難しそうだ……。




 ーーーーところが


 椅子は、テーブルを囲むように四脚置かれている。

 私を嫌っているなら、絶対に座らない隣の席に来ると、椅子を私の座っている椅子にピタリと寄せ、シリル様は当たり前の様に腰掛けたのだ。


(近い……近いですよ、シリル様。私に触らないのではなかったの? 尻尾、私の背中に触れちゃってますけど……いいの?)



 それから、シリル様は何を話すでもなく食事を私の口に運び出した。


「自分で食べます」と断ると、黄金の目で冷たく睨みつけられた。


 怖い顔を向けながらも、私が食べ終わるのを待って、一口づつ口に入れてくれる。



 カチャカチャと、ナイフとフォークが皿に当たる音が部屋に響く。


「ほら、食べろ……」


 ハーブの香りがするチキンを一口ほどに切り分けてフォークに刺すと、シリル様が私に差し出す。

 差し出された手は、小さくプルプルと震えていた。


 震えるほど嫌いなのかな?

 ……だったらこんな事しなくてもいいのに……。


「あの、やっぱり自分で食べます」

「あ?」



 不機嫌そうに開いた口から、白い牙が見える。

 機嫌を損ねてはいけない。

 恥ずかしく思いながらも大きく口を開けると、そっとチキンが差し入れられた。


 口調の割には、仕種が優しすぎるんですけど?


「んっ……」


 もぐ もぐ もぐ


(……おいしい……)



「そうか」


 何も言っていないのに、シリル様はまるで私の心の声が聞こえたかのように、言葉を発した。


 思わず目を見開いてシリル様を見てしまう。


 尻尾まで続くギザギザとした長い漆黒の髪、同じ色の形のよいツンとした三角の獣耳、切れ長の黄金の目、スッと通った高い鼻筋に、話をするたびに口元からチラッと見える白い牙。


(シリル様って……ちょっと怖い感じだけど、美形よね。すごくかっこいい)


 なんて、全然違う事を考えていたら、なぜか目の前のシリル様の顔が見る間に赤くなる。


「だ、黙って食べろ、ほら」

「…………?」


 さっきから私は、黙って食べています……よ?



 シリル様は、眉間に皺を寄せていた。

 けれど、彼のもふもふした漆黒の尻尾は、機嫌が良さげにゆらゆら揺れて私の背中に触れている。



 ……あら?

 ……もしかして、私そんなに嫌われてないのかな?



 もう一度シリル様をよく見ると、昨日は長く鋭く伸びていた爪が、短く先も丸くなっている。


(爪、切ったのかしら……?)


「長すぎたから整えただけだ、お前の為じゃない」

「…………?」

「ほら」


 何かを誤魔化すように口の中に果物が入れられる。


「んっ……んーっ!」


(初めて食べた! これおいしい!)


「気に入ったならよかった」

「……………」


(私、何も言っていないのに……)


 ジッとシリル様を見ると、彼はあからさまに目を逸らした。


 はっ……もしかして、魔力?

 魔法で私の心の声を聞いているの?

 だったら……。


(もう一度同じフルーツが食べたいな)


 私の思っていることは、シリル様に聞こえているのかも知れない。

 そう思って念じてみたが、彼からほら、と差し出されたのはお肉だった。


 違ったのか……。


 それにしても……。


(もう、お腹一杯だ。せっかく出してもらったケーキも、食べられそうにない。食べたかったなぁ……でも)


 全種類を二口ずつほど食べたところで、私のお腹は満腹になってしまった。


(どうしよう、たくさん残っちゃった)


「……もう満足か?」


 伺う様にシリル様に聞かれた。


「はい、ごめんなさい。こんなに残してしまって」

「気にするな、後は俺が食べる。俺はケーキは食べないから、エリザベートが後でたべろ」


 そう言うと、シリル様はケーキを残して残りをすべて平らげた。


(大丈夫かな? かなりの量があったけど……)


「大丈夫だ、これくらいの量なら余裕だ」

「…………?」


 やっぱり変。

 私の心の声、聞こえてる?



 気になった私は、もう一度試してみる事にした。


 心の声でシリル様に伝えてみる。


(シリル様、私の声、聞こえますか?)


 シリル様を見つめて念じて見たけど、聞こえていないのか、彼はスッと席を立った。


「……俺はそろそろ公務に行く。後の事はモリーに聞くんだ。それから……他の獣人には会うな。俺の兄弟達にもだ。この国では、まだ『人』を嫌いな者が多い。何をされるか分からないからな」


「……はい」



 シリル様はそれだけ話すとすぐに部屋を出て行ってしまった。

 その様子を見ていたモリーさんは、くすくすと笑う。


「シリル様があんなに喜んでいらっしゃるのを私、初めて見ました」

「喜んでいらしたのですか?」

「はい、その上嫉妬までされて……ふふふ」

「………?」

(モリーさん、嫉妬ってなんですか?)


 モリーさんに、心で話しかけてみたけれど返事はなかった。



「お茶をどうぞ」


 モリーさんがポットからカップにお茶を注ぐと、湯気がたつ熱いお茶が出てくる。


「そのポットは何か特別な物ですか? もうかなり時間が経つのに、こんなに温かなお茶が出てくるなんて」


 普通のポットなら、時間が経てば中のお茶は冷めてしまうはずなのに、モリーさんが入れてくれるお茶はいつでも温かく美味しい。


「これは私の魔法です」


「魔法ですか……すごい! すごいです、モリーさん」


 私が言うと、モリーさんは首を振った。


「凄くはありません。私は生活魔法しか使えませんからね。重い物を軽くしたり、灯りをつけたり、魔力はありますが強くはないです。でも、王族は桁違いです。私が知らない魔法も使えるのではないでしょうか?」


 『生活魔法』それでも人である私には、十分に凄い事だと思うんだけど。








 そのころ……。


 エリザベートの部屋を出てすぐの廊下では、シリルが人知れず身悶えていた。

(可愛い……可愛いすぎる……!)




 獣人国は昔、ラビッツマフガルド王国だった。

 狼獣人マフガルド家当主と兎獣人ラビッツ家当主で国を支えていた。

 その名残から今は公爵になっているラビッツ家は、城と繋がる屋敷に住んでいる。

 使用人達も城と屋敷の両方で併用する事になっていた。


 今現在、城と屋敷に住んでいる女性は、王妃とラビッツ公爵夫人、そしてラビー令嬢だけ。後は王様とラビッツ公爵、その両家の息子達が合わせて十八人。男だらけだ。


 そのせいか、女性が来ると使用人達はいつも異常な程歓迎していた。



 だが、今回は人の姫。

 さすがに皆、嫌悪していた。



 しかし、それは彼女が城に来てすぐに変わった。


 

 何故ならまず、見た目が小さく可愛かった。



 獣人は、小さくて可愛い者を無条件で守りたくなる性質がある。


 その上、彼女はなんともいい匂いがするのだ。


 一緒に来ていたリフテス人からは匂わなかったから、彼女特有の匂いだろう。



 前もって、冷たくあしらうように伝えて置いたモリーは『分かりました』と言っていたはずが、エリザベートに会った途端、疲れているだろうからと風呂の準備をし、食事の好みが分からないからと、わざわざ嫌いなリフテス人に聞いて出していた。


 夜は、彼女が部屋に一人でいるのは危ないからと鍵を何重にも掛けていた。


 危ない……そうだ。


 エリザベートがリフテスから持参した荷物が、城に着いてすぐに、何者かに盗まれてしまった。


 匂いを辿ればわかるはずなのだが、巧妙に隠され探れなかった。


 敵意なのか、好意なのか、どちらにせよ俺の女に手を出すとは許せない。


 絶対探し出してやる。






 そして今朝だ。


 朝から部屋を訪れていたデュオが出て行くと、その後すぐにモリーがやって来た。

 エリザベートと朝食を食べてくれと言う。


 どうやらコックが作りすぎたらしい。

 昨日、エリザベートが城に入ってから、使用人達は浮かれているのだ。



 モリーに誘われて、エリザベートの待つ部屋に入ると『おはようございます』と可愛い声で俺に言う。


 ぐっ……朝からなんだ! 可愛いすぎるだろ!



 テーブルの上には、俺も見たことのないほどの朝食が並んでいた。


 ……伝えておいたケーキも、ちゃんと用意してあった。



 そして……俺は無意識に彼女の横に座った。




 ーーーーこれもまた無意識だった。


 いや、獣人だからなのか?

 気がつけば俺は、彼女の口に食事を運んでいた。


 小さな口を傷つけないように、注意しながら運ぶ手はプルプルと震えてしまった……。


(エリザベートより五つも歳上なのに、なぜ俺は緊張しているんだ! 大人の余裕を見せなければ!)


 一口大に切り分け口元に運ぶと、小さな口をいっぱい開けてパクリと食べる。


 途中、口元にソースが付いてしまった。舐めたかったが(やましい気持ちじゃない、獣人の本能だ……)俺は彼女に触らないと言ってしまっている。


「もっとキレイに食べろ……」


 チラッと口元を見ると、エリザベートはハッとした顔をして「ごめんなさい」と細い指先で口の端を拭い、その指をチュッと舐めた。


 ぐううっ……なんて仕草をして見せるんだっ! この小悪魔め!


(……おいしいっ)


 はうあっ……まただ……昨夜の様に彼女の声が聞こえる。


 これはどういう事だ⁈

 離れている時には何も聞こえないのに……。



 至福(しょくじ)の時間は瞬く間に過ぎた。


 途中で、俺を美形だ、かっこいいと褒めてきたり(初めて言われた)して、赤面してしまった。

 俺は容姿を褒められる事に慣れてない。


 余りにも隣に座る彼女の声が鮮明に聞こえるため、俺はついその声に返事をしてしまっていた。


 怪しむ様な目で見つめられ、慌てて逸らした。


 その後『心の声が聞こえますか?』と心の声で尋ねられたが、俺は気づかないフリをした。


 ……今は聞こえているが、離れると聞こえないのだから。



 それに、聞こえていると知ったら、気持ち悪く思われやしないだろうか……?


 それとも素直に言った方がいいのか?



(……嫌われたくない)



 他の奴に会わない様に告げ、俺は部屋を出た。




 まさか、俺が部屋を出ていく姿を見計らっていた者がいるとは気付かずに……。

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