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49 漆黒

「リラ」


優しい声に目を開くと、心配そうに見つめるシリル様の姿があった。


「リラ、よかった」

「シリル様……」

「リラ」

「私……矢を受けて……」


私はシリル様は抱き抱えられていた。

彼は優しく微笑み、気を失っている間に起きた事を話してくれた。


 メリーナの声に気がついたシリル様が、迫る矢から私を守ろうと防護壁を作った。矢はそれに当たったが、その衝撃音の所為か、私は気を失ってしまったらしい。


その後、放たれた風魔法を防御魔法で跳ね返し、それを受けた王妃と兵達、黒装束の者は命を落としたと。


 部屋のあちらこちらに、不自然に被せられている黒い布の下には、彼らの亡骸があるとも教えてくれた。



「あれは……?」


 扉の近くに、ガラスで作られた様な大きな箱が置いてある。


その中には、羽で体を覆って眠る様に目を閉じる、あの白い男が入っていた。


「俺の防御魔法で封じ込めている。だが、それだけだ」


一度操られている私とお父様は、危険だから絶対に側には行かないで欲しいと強く言われた。



 部屋の中には騎士達もいた。

それに、何度か屋敷で見たことのあるおじさん……ブノア大臣ともう一人、身形の良い男の人がいる。


皆は、寝台の方を見て痛ましい顔をしていた。



彼らの視線の先にある寝台の上には、お父様が座っていた。


どこか遠くを見ているその目からは、涙が溢れている。



 お父様の側に立っていたメリーナが、私を見て「よかった」と声に出し、笑みを浮かべた。


「メリーナ……」

「私達を守ってくれてありがとう、リラ」

「そんな、私何も出来なかった……」


そう言うと、メリーナは首を横に振った。


「そんな事はないわ」


 メリーナはもう一度「ありがとう」と私に告げると、お父様に目を移し、今にも泣きそうな笑顔を見せた。


「アレクサンドル様、解毒薬が手に入りました」


そう話すメリーナを、お父様は涙に濡れた顔で見上げる。


「今さら……何になるんだ……もう、マーガレットは戻って来ない……」


(……解毒薬? 母さんの?)


「ああ、あの男が持っていたんだ」

お父様に視線を向けたまま、シリル様が答えた。


「……そう、ですか……」


(…………? 私、今声に出していた?)


「……! そうだ…………リラ、実は……言わなければならないと……」


シリル様が言いかけた時、メリーナが話し始めた。



「マーガレットは、もうひと月も前に亡くなってしまいました」


「そうだ……もう……」


お父様の美しい目から、またハラハラと涙がこぼれ落ちた。


「マーガレットはアレクサンドル様に、永遠の愛を誓いましたね」

「そうだよ……」


「アレクサンドル様も、墓石に永遠の愛を誓ってくれたと聞きました」


「ああ……みんなに手伝ってもらって……」


お父様が騎士達に目を向けると、騎士達は一斉に敬礼をした。


彼らが、お父様と一緒に花を彫ってくれたのかな……


メリーナは騎士達にもお礼を言うと、何か決心をしたような顔でお父様の方へ向き直った。


「アレクサンドル様。私、本当はマフガルド王国の獣人なんです」


「……メリーナが?」


コクリと頷いたメリーナは、私とシリル様を見て肩をすくめる。


「この姿は、マフガルド王国へ戻ってから見せようと思っていたのだけれど……」



 歌の様な呪文を唱えだしたメリーナは、踊る様にクルリと回った。


一度回ると、その瞬間結い上げてあった茶色の髪が解かれ、腰までの長い黒髪に変わった。


更に回ると、今度は頭上に長い漆黒の獣耳と同じく漆黒のフサフサとした尻尾も現れた。


 もう一度回り、その場に立ち止まる。

メリーナの目は、メイナード様と同じ煌めく赤い目へと変わり、ラビー姉様の様な白い肌に、形の良い整った鼻と艶やかな唇の、それは美麗な女性へと変貌した。


 私とシリル様、お父様は呆気に取られ、周りにいた騎士達からは「おおっ!」と歓声が上がった。

ブノア大臣と男の人は目を丸くして口をポカンと開けている。


 以前の姿は、ラビー姉様と面影が似ていて可愛らしい印象だったけど、本来の姿になったメリーナは、すごく艶やかな美しい漆黒の兎獣人だった。



…………騎士達の、メリーナを見る視線が熱いのは何故だろう……



メリーナはちょこんとスカートの裾を持ち上げる。


「私はマフガルド王国のメリーナ・ラビッツです」


長い獣耳をピクンと動かし、尻尾をフワリと一度揺らして見せた。


「うおおっ!」と、騎士達からまたもや歓声があがる。


 シリル様はその姿を見て、何かを思い出したような顔をしていた。


「……私はそこにいるシリルに頼まれて、リラを守るためにこの国に来ました。リラはシリルの『宿命』の相手。そして、偶然にもマーガレットと私は『運命』で繋がっていました」

「運命?」

お父様が首を傾げる。


「そう、獣人には運命や宿命の繋がりが見える者がいるのです。そして、私とマーガレットの繋がりとはまた違う、深い運命の繋がりが、アレクサンドル様、あなたとマーガレットにはあります」


メリーナは手に持った解毒薬を見て、嬉しそうに微笑んだ。


「私はマーガレットに言いました。『死にたくても死なせない』って。でも、治す方法が分かった頃、彼女の命の火が消える時が、直ぐそこまで来ていることも見えてしまった。

だから私は、その火が消える前に止めたのです」


「止め……た?」


お父様はとても驚いていた。


いつの間にか目を開けていた白い男は、驚愕の表情を浮かべている。


メリーナはニッコリと笑い、今度は私とシリル様に向けて話す。


「『死んだように見せる魔法』があるってバーナビーさんが言っていたでしょう? 私もそれは知らないの。けれど、お祖父様から教えられていた秘密の魔法があったのよ。漆黒の毛を持つ者しか使えない『時を止める魔法』」


「時を止める……?」


「そうよ、それを使った。マーガレットの体の時は、今止まっているの。だからずっとそのままよ、棺の中でも美しいまま」


メリーナは、白い男を見据えた。

何故か白い男はフッと笑みを浮かべ目を閉じた。



死ぬ前に時を止めた……と言う事は……まだ死んでいない?


「……えっ、母さん生きているって事?」


驚いて聞くと、メリーナは頷き嬉しそうに笑う。


「そうよ、マーガレットはリラにちゃんと挨拶したでしょう? 『またね』って」



……えっ? あれ、そういう意味?


「…………ええっ! 分からないよっ! だってお葬式も埋葬もして、メリーナも散々泣いていたじゃない!」


そう私が言うと、メリーナはちょっと恥ずかしそうな顔をした。


「だってそれは仕方ないでしょ、悲しかったんだもの」








 マーガレットが毒に侵されて半年が過ぎた頃のこと。


 それまで、メリーナは治癒魔法と薬草茶でなんとかマーガレットの命を繋いでいた。


 盛られた毒はマフガルド王国の物であると分かり、解毒薬さえあれば助ける事が出来る事も分かった。

だが、同じ時にマーガレットの残りの寿命まで分かってしまった。


 解毒薬さえあれば、マーガレットの命は救えると分かったのに、解毒薬を作る事が出来る薬草は、マフガルド王国の奥地に行かなければ手に入らない。


 遠すぎる……


 メリーナは、自由に何処にでも行ける様な転移魔法は使えない。


三人でマフガルドへ行き、薬草のある場所へ辿り着く頃には、マーガレットの命は無い。



ならば……



漆黒の毛を持つ者が使うことの出来る魔法。


それを使いマーガレットの時を止める。

その間にマフガルド王国へ向かい解毒薬を作り帰って来れば助けられる。……それしか方法はない。



 メリーナはマーガレットに『時を止める』と話した。


「メリーナ……そんな事まで出来るの? それって神様見たい」


マーガレットは不安な様子も見せず、子供みたいにはしゃいでいた。


 ただ、メリーナは初めて『時を止める魔法』を使う。

上手くいくかは分からないと、素直に伝えた。


 マーガレットは、それでももう一度リラとメリーナ、そしてアレクに会える機会があるのなら……と笑った。


本当は怖かっただろう……



 それから三日後の真夜中、メリーナはマーガレットに魔法をかけた。


失敗する訳にはいかない……失敗する訳がない。

強い思いを胸に、メリーナは時を止める魔法を使った。



…………『時を止める魔法』は上手くいった。



(こんな風になるなんて……)


 普通の人には見えない、薄い透明な魔法で出来た膜に包まれ、眠るように横たわるマーガレット。


呼吸も心臓の鼓動も……止まっている。

その体は冷たく、亡くなっている様にしか見えないマーガレットを、メリーナはしばらく呆然と見ていた。


「……マーガレット」


名前を呼ぶと、いつも笑顔で答えてくれていた彼女から、返事は来ない。



頭では分かっていても、どうにも気持ちが追いつかない。



ーーーーツッと涙がこぼれた。



 何時間が経っただろうか、空が白みはじめ窓から朝日が差し込んで来た。



……もうすぐリラが起きて来る。


メリーナは涙を拭いて、マーガレットの髪をそっと撫でた。


「必ず助けるから」


一日も早く、解毒薬を作らなければ。

そう、決心を新たにする。



 メリーナは、リラに自分が獣人だという事も、魔法を使える事も、マーガレットに時を止める魔法を使った事も、何も教えなかった。


リラは良くも悪くも素直な子だ。


メリーナが魔法を使えると知り、マーガレットは死んではいないと教えれば……顔に出そうだわ。

そうメリーナは考えた。


この事は誰にも知られてはいけない。


誰より絶対に、王妃に知られてはならない。


王妃は何年も経ってから毒を盛るような、執念深い女。

それに、マーガレットを殊の外憎んでいたのだから。


 それからマーガレットのお葬式を行った。


 元々、半年で亡くなるはずの毒だった。

それをメリーナの治癒魔法と薬草茶で半年も延命させていた。

予定より長く生きるマーガレットを、近頃では王妃が怪しんでいたのだ。



「マーガレット様の埋葬先は平民の墓地になります」とブノア大臣が申し訳なさそうに伝えに来た時には

「あまりにも酷い仕打ちだわ!」

と、怒った様な態度をとって見せたメリーナだが、内心では安堵していた。


平民の墓地、そこなら王妃が来る事は絶対にない。


それに、貴族達の墓であれば金品を狙った墓荒らしも現れるが、それもない。

側室達の墓などという場所に入れられたら、それこそ王妃に何をされるか分からなかった。








 高台にある墓地に掘られた穴に棺が納められ、リラが泣きながら花を置き、土をかけていた。


(本当の事を教えなくてごめんね、リラ……)


平民を装った騎士達数名も、悲痛な面持ちで参列してくれていた。


メリーナも土をかけ、別れの言葉を口にする。



……本当は生きている。

誰にも言えないけれど……



全てが終わり、名前の彫られた墓石を見ると、死んではいないのだと分かっていても、涙が込み上げてきた。




一日も早くマフガルドへ向かわなければ……そう思いながらも、メリーナは中々マーガレットのいるリフテス王国から離れる事が出来ずにいた。


……そして、あの日を迎えてしまった。

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