4 結婚とは勢いで
先々週のこと。
マフガルド王は、自室に八人の王子達を集めた。
「誰でもいい、リフテスの王女と結婚しろ」
長椅子に寝そべり、尻尾でゆっくりと背もたれを叩きながらマフガルド王は息子達に話す。
突然呼び出され、何事かと思っていた王子達は、それを聞いた途端にそれぞれ文句を言い出した。
「なぜですか! リフテスの者と結婚などっ!」
「相手は人でしょう? あんな弱く、なにもできない者と一緒になれと?」
「あり得ない、この間まで争っていた相手でしょう!」
「何か弱みでも握られたのですか⁈」
誰一人良い返事をしない王子達を、マフガルド王はつまらなそうに見つめた。
「もしやお前達、人が怖いのか?」
ククッと笑い、皆に鋭い目を向ける。
「お前達はまだ、誰一人正式な婚約者もおらんのだ。誰でもいいから決めろ、私の命令だ」
マフガルド王の金の混じる黒い毛の長い尻尾が、椅子をバシッと大きく叩いた。
第一王子カイザーは、すでに二十五歳になるが、まだ婚約者を決めてはいなかった。カイザーは理想が高いのだ。
「私は無理でしょう、人の姫がマフガルド王国の王妃の座に就くことを、民が許さないでしょうから」
そう話すカイザーに、王は告げた。
「何を言っている。私がいつ、お前に王座を譲ると言った? 後継はまだ決めておらん。そんな事は気にせずさっさと話合え」
「はっ? 私は王太子ではないのですか⁈」
「お前は第一王子だ、最初に生まれた。それだけだ」
そうだったのか、と王子達は目を瞬かせた。
末弟、十三歳の第八王子ハリアが「父上、僕も結婚相手に入るのですか?」と聞く。
黙って話を聞いていた第三王子シリルは、そうだよな、さすがにそれはないだろう、と思っていた。
「ハリア、もちろんお前も相手に入るぞ」
「そうですか……」
目を細めながら王が告げると、ハリアはため息を吐いた。
皆、やはり人の姫を嫁にすることが嫌でしょうがないのだ。
この時、シリルには正式に決まった相手がいないとはいえ、想い合っている相手がいた。
「父上、俺にはラビーがいる。だから、人の姫とは結婚出来ない」
そうシリルが王様に伝えると、第二王子マルスが一笑した。
「ラビー? 彼女は誰のものでもないだろう?」
(ああ、マルスもラビーを好きだったのか……)
シリルはそう思い、申し訳なさそうにマルスに伝えた。
「いや、マルス残念だが、俺とラビーは既に口づけを交わした仲だ。だから婚約者も同然……」
「ラビーとなら、私もキスを交わした事がある」
横から入ってきた長兄カイザーの言葉に、シリルは目を見開いて固まった。
「僕も、ラビーとキスなら何度もした事あるよ」
悪気のない末弟ハリアの言葉に、シリルは追い討ちをかけられる。
「ぼ、僕も……ダメだった? でもラビーが誘ってきたから……」
十五歳の割に幼い感じのする第七王子ヨシュアも、青銀色の尻尾を恥ずかしそうに揺らしながらシリルに言った。
「お、俺は結婚の約束もしたんだ」
やっとのことでシリルは言葉を発したが、それもすぐに第四王子ノルディに打ちのめされる。
「シリル、もしかしてラビーに『結婚しよーね』って言われたんだろ? アイツは誰にでも言うぞ? 彼女にとってそれは挨拶代わりだ」
兄弟達は皆頷いている。
……まさか、皆言われているのか……?
「あー、シリル兄上は真面目ですからね。僕も言われてますよ」
第五王子デュオが、純白の尻尾をフリフリと揺らし輝かんばかりの笑顔で話す。
シリルはワナワナと震えていた。
(ーーラビーっ‼︎ アイツ俺だけじゃなかったのかよ⁈ )
二十一歳になるが、シリルは真面目で純情で、まだ女性とちゃんと付き合ったこともない青年だった。
まさか、互いに好き合っていると思っていた女性が、自分の兄弟達とキスを(俺とは一度だけしかしていない)交わし『結婚しよーね』とまで言っていたとは……。
そんな……。
マフガルド王は、そんな王子達の様子をニヤニヤと笑いながら見ていた。
「まあ、すぐには決まらんか……だがな、リフテスの姫が来る前には決めねばならん。十日後までに決まらなければ……クジ引きだ」
「クジ引き⁈」
王子達は目を丸くした。息子達の生涯の伴侶を、クジ引きで決めさせるなんて……と。
「なに、結婚とは勢いでするものだ。そこに多少の運もある。ガハハッ」
マフガルド王は豪快に笑うと、息子達一人一人の背中をバシバシと叩いたのだった。
◇
結局、約束の日が来るまで、リフテス王女の結婚相手は決まらなかった。
王子達はクジ引きをする事になったのだ。
最初からこうなることは分かっていたのだろう。
マフガルド王は、筒に入った棒状のクジを用意していた。
「さあ、選べ!」
マフガルド王がそれを手に持ち、わくわく顔で見守る中、渋り顔をした長兄から順番にクジを選んでいった。
筒の中に入れた八本の棒をそれぞれが握る。
「印がある物が『当たり』だ」
「は? 『ハズレ』だろう? 人の姫だぞ」
「そうだな、じゃあ印がハズレって事で」
「誰が引いても恨むなよ」
「伴侶がハズレって……」
「いいか、せーのっ!」
バッと王子達は一斉に棒を引き抜く。
「………………」
「あ、シリル兄上の棒に印がある」
「良かったね、当たり……ハズレだけど、僕達の中で一番に結婚相手が決まったよ」
印の付いた棒を握りしめて分かりやすく落ち込むシリルに、ハリアが優しく声を掛けた。
「シリル兄さん、そんなに落ち込まないでよ。人の姫様、可愛いかも知れないよ?」
「じゃあ、代われ」
「嫌だよ、その棒はシリル兄さんが自分で選んで引いたんだから、僕は最後の一本だったんだし」
カイザーは、シリルの背中を撫でながら笑っていた。
「いいじゃないか、見た目はほとんど同じだし、ちょっと体が弱いぐらいだろう? 子供も作れるらしいじゃないか」
「誰がっ! 魔力も持たない人などと……子供なんて作るわけないだろっ! 触りたいも思わない!」
◇
ーーーーとシリルが言ったのは、つい先日の事だ。
夕刻、リフテスの姫が到着したと知らせを受けた。
この日の為に、わざと物置部屋を改装して作った部屋へと通した。
それから跪き俯いて待つように指示を出しておいた。
リフテス人のお姫様だ。
あんな狭く汚い部屋に通され、跪かせれば怒って帰ると言うと思っていた。
ところが、彼女は大人しく言う通りにして待っている。
わざと横柄な態度で顔を上げさせると……。
(かっ……可愛い……)
思わずグルグル振り回しそうになる尻尾を、必死に抑え込んだ。
俺を見上げる長い睫毛に縁取られた、紺と金の混じる不思議な色の大きな瞳は、少し怯えたように潤んでいた。
肩より少し長いくらいの、柔らかそうなゆるく波打つ金の髪。
外に出た事がないかのように白く、陶器のようにつるりとした肌。
艶のある小さな唇はよく熟れた果実のように赤く……甘そうだ。
……可愛い、その言葉しか出てこなかった。
相手は人なのに……。
わざと悪態を吐き、会ったら言うつもりでいた言葉を告げると、可愛い声で『困る』と言う。
(困る? 困るなら抱くしかないな)
はっ……俺は何を考えているんだ……相手は人だぞ。
ぐっ……ダメだ、これ以上側にいたら……。
俺はすぐに部屋を出た。
◇
その(可愛い)姫が横で寝ているのだ。
俺(の尻尾)を抱きしめて……。
シリルはエリザベートに向け、無意識にそっと手を伸ばしていた。