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37 リフテス王

 現リフテス王【アレクサンドル・ル・リフテス】


 彼は前王の予期せぬ逝去により、喪に伏す間も与えられないまま、即位を余儀なくされた。



 当時、アレクサンドルは十四歳。


 歳の割には少し小柄な体つきに、まるで少女のような顔をした、艶やかな黄金の髪の美しい少年だ。



 前リフテス王は、王妃を早くに亡くしており、その後は独身を貫いた。

 アレクサンドルの他に子はおらず、側室を持つ事もなかった。


 本来なら、幼き頃に決められていたはずの王太子の婚約者は、前王の意志により決められていなかった。

 前リフテス王は、アレクサンドルに自身と同じく、愛のある結婚をして欲しいと望んでいたのだ。



 しかし、それは叶わぬ事となる。


 急遽、即位をすることとなったアレクサンドル王太子に、臣下達は伴侶を持つように告げたのだ。



 若きリフテス王の妃となる為に選ばれたのは、リフテス王国の三大公爵の一人、デフライト公爵の一人娘。


 ジョゼフィーヌ・デフライト公爵令嬢だった。


 若き王には、それを補うしっかりとした大人の令嬢が良いと、デフライト公爵がジョゼフィーヌとの婚姻を勧めてきた。

 ジョゼフィーヌを王妃に迎えるならば、公爵家からの多額の寄付と支援を行うとも約束した。


 しかし、ジョゼフィーヌ令嬢は当時三十五歳。


 アレクサンドルにとっては、早くに亡くした母よりも歳上の女性である。



 リフテス王国の王となる者に、二十一も歳の離れた女性は相応しくないと言う者も多かった。


 だが、相手はデフライト公爵である。

その権力と財力は当時の王家よりも大きく、二人の結婚は敢行された。



 ジョゼフィーヌは、これまでにニ度結婚をしている。

 最初の夫は公爵家の養子となっていたが、結婚後病を患い、わずか半年でこの世を去った。


 しばらく喪に服した後、侯爵令息との縁談が纏まった。

 令息は家督を弟に継がせ、自身は公爵家へ養子となるはずだった。

 しかし、デフライト公爵に嫡男となる子が生まれた。

 ジョゼフィーヌにとっては歳の離れた弟である。


 その為、彼女が夫になる侯爵家へ嫁ぐことになった。

 ジョゼフィーヌが侯爵令息と結婚をした数ヶ月後、侯爵の屋敷に強盗が入り、全ての者が殺されてしまった。

 その日、たまたま公爵家へと戻っていたジョゼフィーヌに、侯爵家の領地と遺産が相続された。


 その後、事の経緯は明らかになっていないが、ジョゼフィーヌは公爵家へと戻っている。



 世間では、その夫達の死は偶然の事であったのか、実は公爵家により仕組まれた事ではないのかと、きな臭い噂が流れていた。






 

 少年王となったアレクサンドルは、結婚と同時に世継ぎを早急に求められた。

 


 彼とてその重要性は分かっていた。


 現在、リフテス王国の正統なる王族の色の瞳を持つ人物は、アレクサンドル只一人なのだ。



 リフテス王国は常にマフガルド王国と争いを繰り広げている。




 いつ何時に自分の命が狙われるか分からない。

 だから……。


 王族の子を成すことは役目でもある。




 だがアレクサンドルは十四歳、まだ男女の経験などなかった。それどころか女性と手を繋ぐことすら、これまで殆ど無かったのだ。


 されど、閨の知識は学び分かっている。


 教えられたそれは、全て男子たる自分がリードするものだった。




 だが、初めての体験は、彼に女性への嫌悪を抱かせるものとなってしまう。





 それは戴冠式を無事に済ませた夜。


 夕食時に媚薬を飲まされた少年王の前に、昼間は淑女だった王妃がまるで娼婦のような姿で現れ、無理矢理アレクサンドルを『男』にした。


 アレクサンドルは媚薬の所為で、自分が何をしているのか、されているのかすら分からない状況だった。ジョゼフィーヌに慣れた手つきで、熱くなった体を撫で回され、口づけられ、無理矢理体を繋がされた。



 アレクサンドルにとって、それは思い出すと吐き気がする様な行為でしかなかった。



 王妃が懐妊するまで、何度も媚薬を飲まされては行為を余儀なくされた。


 やっと王妃が妊娠し、子供が生まれたが王女だったからと、また子を成すことを強要された。




 アレクサンドルは、王妃が生んだその子供を、一度も抱いた事はない。

 子供を初めて見たのも、生まれて半年を過ぎてからだ。

 同じ色の目を持つ子供を見ても、全く愛しいと思えなかった。


 本当に自分の子供なのか、目の色以外何一つ自分と同じものはない……とアレクサンドルは思った。

 それから、毎夜のごとく与えられる媚薬の味と甘ったるい匂い、吐き気のするようなあの行為の事が思い出され、すぐに子供の前から離れた。


 それ以降、アレクサンドルが自分の子供を見る事はほとんどなかった。




 王妃は続けて三人の王女を産んだ。


 三人目を生んだ王妃は、その時三十八歳になっていた。このままでは世継ぎは望めぬのではないかとの声が上がり始める。


 この時、アレクサンドルは十七歳である。


 


 王妃と臣下達により話し合いが行われ、慣例に習い側室が迎えられることになった。



 貴族達は我先にと自分達の娘を送り出した。

 側室となった娘が男子を成せば、将来のリフテス王となり、自身も王族と深い繋がりが結べる。



 アレクサンドルの目の前にズラリと並ぶ、着飾った貴族令嬢達。

 その全ては自分より歳が上の者達だった。

 貴族達は、王妃からリフテス王は閨事が苦手のようだ、経験のある者でなければ子を成す事は難しいと言われていたのである。


 しかも側室には半年という期限がある。

 半年の間に子が出来なければ、城を出されるのだ。


 アレクサンドルは毎夜のごとく媚薬を飲まされ、王妃や側室の下へ渡る事を余儀なくされる。


 自分は子供を作る道具なのだと自暴自棄になったアレクサンドルは、その後は自ら媚薬を飲み、寝台に横になった。



 側室の懐妊が分かれば、アレクサンドルは同じ側室の下へ二度と向かう事はしなかった。


 生まれてくる子がどちらであろうとも、子供は授けた、自分の役目は終わったのだ。


 そこに一切の感情は無い。


 王妃はまだ顔を覚えているが、側室達の顔は誰一人として覚えてもいない。

 覚える必要もない。

 

 王妃にせよ側室にしかり、アレクサンドル本人を愛する者はいなかったのだ。


 彼らが愛するのは、リフテス王。

 リフテス王国を継ぐ種だけなのだから。



 側室達が子を孕み、王族の目の色を持つ子供達が生まれていった。


 側室三人がそれぞれ王女を生み、その後側室2人が王子を生んだ。


 ようやく継承権を受け継ぐ者が生まれた。

 

 それも同時期に二人も。




 しかし、その後も王の下へ側室となる娘は送られ続ける。


 王子は一人でも多い方がいい、そう言って野心に満ちた貴族達が、娘を差し出す。



 それに対して、アレクサンドルは一切断る事をしなかった。


 出来なかった、と言った方が正しい。


 側室は、王妃が受け入れていたからだ。





 即位してからアレクサンドル王が行っている事は、世継ぎを作ることだけ。


 若き王に、国を治めることは任せて貰えなかった。

リフテス王国を動かしているのは、王妃と臣下達だったのだ。


 アレクサンドルは完全なるお飾りの王でしかない。



 その上、誰が流したのか、世間では創り上げられたリフテス王の話が広がっていた。


【傲慢で、女好き。魔力を欲しがり、獣人を意味嫌い、争いを好み、非道な戦略をとる。周りの言う事を聞かず散財ばかりする、若き偶王】



 諸外国は勿論、リフテス王国の国民のほとんどが、その話を信じていた。



 誰もが本当のリフテス王を知らない。


 アレクサンドルが城の外に出る事は、出られる事はほとんどないのだから。




 その頃、マフガルド王国との戦況は悪化しており、国が国民から搾り取る税収は年々増えていった。


 若い男達は次々と戦地へ送られている。

 前王は自ら視察をし、戦地へ赴き戦略をとり、傷ついた国民には声をかけていたのに、今の王はどうだ⁈ 女と子を成すばかりで、城から出ず、視察にすら訪れた事がない。


 王は側室を次々と取り、飽きれば捨てる。そして、王妃や側室達の贅沢の為に税収を充てている、と言われていた。



 国民が王に抱く印象は最悪だった。



 しかし、それはアレクサンドルが自分の意志で行っている事ではない。


 彼は何度も臣下達に自らも視察へ、戦地へ赴くと告げたが、答えは、否としか返ってこない。


『今、王がすべきは将来のリフテス王国の為に、一人でも多くの王族を残すことだ』


『子は成した。もう十分だ! 今私は、こんな事をしている場合ではない』


 どんなに伝えても、アレクサンドルの声は臣下達の耳には届かない。




 アレクサンドルは十七歳になっている。



 もう、決して少年と言われる歳ではない。

 顔立ちも大人びた、声も低くなり、体も大きくなった……そう本人は思っていた。



 だが、外に出ることを許されない所為か、彼の肌の色は雪のように白く、体の線は細い。

 媚薬の影響からか、紺と金の混じる美しい瞳はつねに潤みを帯び、艶のある黄金の髪は、王妃から切ることを許されず腰までの長さになっている。



 その妖艶な姿は、王だと知らぬ者から見れば男娼と見間違うようだった。







 カーテンの隙間から朝日が差し、寝台に横たわる白い肌を露わにする。


 重い瞼を上げ体を起こせば、ぐらりと目が回った。


「…………うっ……」


 乱れた黄金の髪が肌に纏わりつき、体のあちらこちらに残された紅の色が、昨夜もアレが行われたのだと、気を失ったかのように眠っていたアレクサンドルに思い起こさせる。




 アレクサンドルは即位をしたあの日まで、立派な国王となるべく学んできた。


 早くに母を亡くし、以前より続く不毛な争いを治めるべく力を尽くしていた父も、あと少しという所で何者かに殺められた。


 その父の意志を継ぎ、争いを治め、国と国民を守ると決意したはずだった。



 それなのに……。



 何一つ出来ていない。


 何の為に私はここで生きているのか……。




 私は王族を増やすための種でしかない。


 王として、一度も国の為に役に立っていない。





 この頃、アレクサンドルは常に自分を呪っていた。


 リフテス王国に生まれたことを。


 王族の色の瞳を持って生まれたことを。

 この瞳の色に、何の意味があるのだ……。




 ……彼は、マフガルド王国の王族が羨ましかった。



 彼等は強い魔力を持ち、魔法を使える。

 確固たる意志を持って、自由に動ける。




 自分にも魔力があったら……。



 その思いは幼い頃からある。


 獣人のように魔力があり、魔法が使えたら、


 母の病気を治したい。


 父と母と自由に外に出て見たい。


 その想いは『子供の夢』を叶える為だった。




 だが、今は違う。



 自分に魔力があれば


 魔法が使えれば







 この苦しみから


 今すぐ


 自由になる



 魔法が使えたなら……。



 この世界から……。


 私は消えてしまいたい……。




 リフテス王が魔力を切に願う理由。


 その真実は、自由になりたかったから





 アレクサンドルはこの国から


 …………消えてしまいたかった。








 それからニ年後、十九歳になったアレクサンドルは、初めて許された視察先で、マーガレットと出会うことになる。

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