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26 伝える

 バサッ バサッ


 草を掻き分けて現れたのは、息を切らしたシリル様だった。

 彼の姿に、それまでの緊張が一気に解れた。


「はっ、はっ……よかった!」

「シリル様……」


 私のために、急いで駆け着けてくれたみたい。乱れた髪の毛や服に葉っぱや切れた草がついている。


「すまない、怖かっただろう? リラの匂いがしていたから近くに居ると思い込んで、ベレンジャーと話し込んでいた。だが、隣には違う女性がいて……君がいない事に、気づくのが遅れてしまった」


 私の匂い……。

 ここまで連れて来られた時に、匂いが移ったのだろうか?

 ……と言う事は、あのキレイな人達が彼の側に居たんだ……。


 シリル様は頭を振って、髪に付いていた葉っぱを落とし、尻尾をフワリと揺らした。尻尾の、その美しい漆黒の毛に、白い毛が混じって見えた。


 あの美人な狐獣人ナディさんの毛だ。

 直感でそう思った。


 先程、宴の席で見た光景

 尾の長い、栗鼠獣人や狐獣人の男女が、尻尾を絡めているところ……私にはその行為に、どんな意味があるのか本当のところは分からないけれど。


 ルシファ様にも、彼に気のある栗鼠獣人女性達が、代わる代わる来ては横に座り、長い尻尾を絡めていた。

 その尻尾は、その都度ルシファ様の方から離れされていたけれど、その事に気づいたラビー姉様が、珍しく拗ねたようにルシファ様から顔を逸らしていた。

 兎獣人であるラビー姉様の尻尾は、あまり長くはない。姉様の方から尾を絡める事は、難しそうに見えた。すると、そのラビー姉様の尻尾にルシファ様が何でもない様な顔をして、そっと尻尾を絡めた。


 その仕種は、まるで愛の表現みたいで……。


 ううん、きっと獣人達の愛の表現の一つなんだと思う。


 ……私は、それがすごく羨ましかった。


 私には絶対出来ない。

 だって私には尻尾はないもの



 シリル様も同じことをしたのかな……。


 そんな事を考えてしまっていた私は、シリル様の漆黒の尻尾から目が離せずにいた。


「リラ、どこか具合でも悪いのか?」

「えっ?」

「いや、さっきから……あ、寒いだろう? 此処は滝の側で冷える。魔法で温めてやりたいが、俺の魔法では…………すぐに上に戻ろう」


 シリル様はそう言うと、私をまるで幼い子供を抱く様に、ヒョイッと脇を抱え上げて片腕に抱き抱えた。


 ……やっぱり、そうなんだ……。


 私は、シリル様にとって子供と同じ。同じだ。


「シリル様、私自分で歩けます。歩いて行きます。だから下ろして下さい」

「あ……ああ、そうか」


 たぶん……彼は、私の事を思って抱き抱えてくれたのだろうが、子供扱いされた気がして冷たい言い方をしてしまった。

 けれどシリル様はそんな私を、何も言わずに優しくそっと下ろしてくれた。


 その時、フワリと彼の尻尾が体に触れそうになって、急いで離れた。


 あの人に触れた尻尾に、触りたくないと思ってしまった。

 ……たぶん私は、ナディさんに勝手に嫉妬している。彼女は大人で、私には決して出来ない事が出来る、それが羨ましかった。


「リラ……?」

「……後ろをついていきます。離れない様に、服の端を握ってもいいですか?」


 笑みを浮かべ言うと、手を差し伸べてくれていたシリル様は、戸惑い気味に頷いた。


 袖口を握ろうと手を伸ばしている私の影が、地面に映る。

 その明るさに空を見上げれば、ちょうど月が真上に来ようとしていた。


「そういえば、月が真上に来た時に、水の中にホーリリーという花が見えるって、教えてもらいました」

「ホーリリー……ああ、そうか……見ていきたいか?」

「はい、もうすぐですし、シリル様がよければ」

「俺は構わないが……」


 そう言うとシリル様は上着を脱ぎ、そっと私に掛けてくれた。背の高い彼の上着はまるでコートの様。


「リラに此処は寒すぎるだろう? ちょっと酒臭いかもしれないが、着て欲しい」

「ありがとうございます」


 掛けてくれた上着は彼の温もりと優しい匂い、それから果実酒の匂いがした。そして、狐獣人ナディさんの甘い匂いが少し漂っている。


 鼻は効かないはずなのに、こんな時は敏感なんだなぁ……。



 もう、何でこんな事ばかり考えちゃうんだろう。

 シリル様は心配して、慌てて来てくれたのに。



「リラ、そこに咲いている花、見えるか?」


 横に立つシリル様が指を差し、水の中に咲く白い花を教えてくれた。

 小さな花がゆらゆらと揺れ、とても幻想的だ。


「シリル様」

「ん?」

「本当に私と結婚してもいいんですか?」

「…………なぜ、そんな事を?」

 シリル様の声が小さくなる。


「王様が、側室は取らないと言っていました。私と結婚してしまったら、シリル様は、これから他に好きな人が出来ても、その人と一緒になれません」

「えっ?」

「……私の事、子供としか思えないでしょう? 獣人の方より小さいし、一人で馬にも乗れなくて、礼儀もマナーも知らない。食事も食べさせないといけない様な……さっきも、初めて会った人でさえ、食べさせようとするぐらい、私は子供にしか見られない」

「ちょっと待ってくれ、リラそれは」

「私、言われたんです。シリル様にキスすらしてもらえないって、それでも妻なのかって」

「それは」


 答えに迷うシリル様の尻尾は、ダラリと下がっていた。


「……リラ、今君は酔っているだろう? 少しだが酒の匂いもする」


 困った様に顔を逸らしてシリル様は言った。


 確かに少しお酒を口にしたけれど、酔ってなんかいない。そんな風に話を逸らさないで……。


「酔ってません、酔ってなんかない!」


 たとえ子供としか思われていなくても、それでも私は……。


 シリル様が好き。


 そう思うと切なくて、自分でもどうしようもなく、ぐちゃぐちゃな気持ちになって、泣きそうになりながら怒ったように叫んでしまった。





(俺は、どうしたらいいのだろうか……)


 女性に不慣れなシリルは、分からずにいた。




 リラが飲み物を取りに行くと、狐獣人女性と離れた後、俺はベレンジャーと話し込んでいた。


 ベレンジャーの仲間の女性と一緒だ、それもすぐ其処に行っただけ、だから安心しきっていた。


 それに、いつの間にか彼女の匂いが戻って来ていたから、すぐ近くにいると思い込んでいたのだ。

 すでに、飲みすぎていたのかも知れない。


 不意に尻尾に違和感を感じた。尻尾に絡みつく感触。今まで一度もした事も、された事もないが、さすがに俺でもその行為を知っている。

 尾の長い獣人達が尻尾を絡める、それは相手を誘う時や愛する者同士で行う行為だ。


 人であるリラとは出来ない。


 だから、これは……。

 振り向くと、狐獣人の綺麗な女性がいた。俺の尻尾に自身の真っ白な尾を絡めている。

「やめてくれ」

 そう言ってすぐに尾を外した。


 たとえ彼女が意味を知らなくても、こんな姿を見られたくは無かった。


 だが……俺のそんな心配は余所に、肝心のリラがいない。


「リラは? さっき一緒にいただろう?」


 獣人女性に聞くと、花を見に行ったと言う。

 初めて来た山、こんな夜遅くに彼女が一人で行くはずがない。すぐに嘘だと分かったが、女性達を問いただしているより先に彼女の下へと駆け出した。


 匂いを辿り、草を掻き分け向かった先の、滝の側にいたリラの無事な姿に、ホッと胸を撫で下ろした。

 上まで連れて行こうと抱き抱えると、下ろして欲しいと言われてしまった。



 ……酒臭かったのだろうか……。



 けれど、どうも様子がおかしい。

 彼女の気持ちを知りたいと思った俺は、さりげなく尻尾で触れようとしたが、逃げるように離れられてしまった。


 リラはジッと尻尾を見ている……尻尾を見ている⁈


 もしや、気づいているのか?


 尻尾で触れると君の心の声を読めることに……。


 だが、それは俺の考えすぎだった様だ。


 ホーリリーの花が見たいと言われ、しばらくこの場にいる事にした。



 俺の上着を着せると、なんだか頬を染めている様に見えた。そんなかわいいリラに見惚れていると、思っても見ない事を次々と言われてしまった。


 自分と結婚してもいいのか、子供としか思えないだろうと。


 それに……キスすらしてもらえない……と。


 今にも泣きそうな顔で、そんな事を言われてしまった。


 リラ、それは……。



 あの夜聞いた君の心の声……。


『私はあなたを好きになってしまったようです』


 ……あれは本当だったのか……。





「リラ」


 フワッとシリル様の優しい手が、私を包み込むように引き寄せた。


「リラ」


 彼は優しく私の名を呼び、そっと抱きしめる。


 すぐ近くに聴こえる彼の胸の鼓動は、高鳴っていた。



「俺は、君が好きだ……リラが好きだ。俺は君を子供だと思った事はただの一度もない」


 優しくて少し掠れた低い彼の声は、少しだけ震えていた。


「何度も言おうと思っていた。俺は、たぶん出会った時から、君が好きだ」


 彼の胸の服をギュッと握り、顔を埋めた。


 あの時、伝えようとしてくれていた言葉。

『好きだ』と言おうとしてくれていたなんて……。


 ……うれしい、嬉しくて泣きそう。



「……私も……好きです、好きです。シリル様が好き」

「リラ……」





 シリルは迷っている。



 月明かり、二人きり、告白をし互いの気持ちを通わせた。


 そして二人は今、抱き合っている。


 キスをするなら今だ。


 分かっている。


 そして、きっとリラも待っている……だが。


 呑みすぎた…………俺は今、かなり酒臭い。



 初めて愛する人と交わすキスが、こんなに酒臭い状態なんて……。


 くそっ、ベレンジャーの奴、リラに下心満載で近づく男達を、俺が牽制する度に面白がって酒を飲ませてきて……

 いや、こんな事になるとは思っていないのだからアイツのせいじゃない……。



 はっ、そんなことより……リラはどうやら求愛給餌を勘違いしているようだ。


 ……きちんと伝えておかなければ……。


 この先、知らずに他の男から差し出された物を、子供にする行為と思い、食べてしまうかもしれない。

 いや、もうそんな事は俺がさせないが……けれど何があるか分からないのだ。



 意味を伝えて…………はっ? 大丈夫なのか?


 俺は一度すべてを食べさせている。そしてリラも食べている。互いに意味を知らなかったとは言え、あの時、父と母、兄弟達にしっかりと見られていたのだ。


 まさかあの行為が、公の場で『君の全てを食べたい(深い意味で)』『嬉しい、食べて!』と言った事と同じだと知れば……。


 こ、ここはラビーに頼んだ方がいいかもしれない。

 きっと上手く話してくれるはずだ。



「シリル様……」


 リラが顔を上げた。

 せつなげな表情で俺を見つめている。



 ……可愛すぎる……。


 潤んだ瞳が、可愛らしい唇が、俺を誘っている。




 もう いいか。



 酒臭いけど……果実酒だから……。




 シリルはリラに、スッと顔を寄せた。

 ーーーーが、


 ガサガサッ


「わっ! 押すなって‼︎ 」

「バカっ! 静かにしてよバレちゃうじゃない!」

「ラビー、メイナード……静かにしてよ、いいとこだったのに」


 声に驚き顔を上げると、木の陰に奴らがいた。


「お前たち、いつから其処に⁈ 」

 思わず声が低くなった。


 ベレンジャーがニヤつきながら

「『すまない、怖かっただろう』辺りかな? なっ?」と言うと、ゾロゾロと隠れて見ていた人々が出て来る。それも、ざっと三十人ほどだ。あんなにいたのか⁈


 それを見たリラは真っ赤になって俺にしがみ付き、顔を隠した。


「ううっ……恥ずかしいっ……」


 ……かっかわいい……。


 彼女を抱きしめている、俺の尻尾の振りは止まらなかった。

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