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25 気持ち

「はい、着いた」


 とん、と降ろされたそこは、小さな滝のそば。


 木々の間から仄かに照らす月明かりはあるものの、周りは暗い。水の中に咲いている花は、残念ながら私には見えなかった。

 それに夜、水辺のせいもあり、とても寒い。


「あの……花は」


 少し震えて尋ねた私に、四人は急に態度を変えた。



「ねぇ、あんた本当にシリル王子の妻なの?」


 赤毛のタナリアが、冷たく見下ろしながら言う。


「え?」


「だって、なーんにもされてないじゃん。あのラビーって女は、多少シリル王子と繋がりが見えるけど、あんたからは、なーんにも見えない」

「そう、確かにあんたからは、すごく良い匂いがするけど、それでもキスすらしてもらえてないでしょ?……まぁ、見た目がそれじゃあね」


 スタイルの良い黒毛のカリーが、クスクスと笑って言った。


「子供とはヤル気が起きないか、シリル王子も私達みたいな女の方がいいんじゃないの?」

「そうだよね。あたし、シリル王子ってめっちゃ好みなんだ、あんなに強そうで漆黒の毛の持ち主なんて、獣人にも中々いないのよね。正式な結婚はまだしていない様だし、問題ないわね」

「問題ないって……?」


 どういうこと? 

 私が分からずにいると、カリーは胸に手を当てて笑った。


「シリル王子は、私達が一晩借りるわ!」



 ナディは嬌笑を浮かべ話す。


「あんたは此処にいなさいよ。将来の夫が他の女を抱いてる所なんて見たくないでしょ? あ、でも平気か。確か人って結婚していても、他の人と関係を持つのよね。あたし、何度か見た事あるもの」


 それを聞いたタナリアが驚いた顔をする。


「うそ、番がいてもいいの?」


 頷いたナディが、笑いながら三人に向け話を続ける。


「戦地でね、その辺の女を捕まえていたの。そいつら、妻も子供もいるけど此処にはいないから平気だと言っててさ」

「ふうん、番がいてもそんな事するんだ、獣人はさすがにそれはないわね」

「結婚するまでは自由だけどね」

「そうね、番を嫌いになっても、正式に別れるまでは他の人とはヤらないものね。バレちゃうからさ」

「やだ、何その言い方!」


 あはは、と四人は私の事などお構いなしに笑い合っている。


「あの……」


 これは、もしかして置いて行かれそうになっている?

 それに、シリル様と……。


 何と言えばいいのか分からず、立ち尽くしている私を見て、ニノンさんは満足そうに微笑んだ。


「そんなに寂しそうにしないで? 騙した訳じゃないのよ⁈ ホーリリーの花は本当よ。月がこの滝壺の真上に来れば、きれいに見えるわよ」


「あの、花はもう……」


 どうやら一人、置いて行かれそうになっている。花なんて見なくてもいいから連れて行って、そう言いたかったけど、怖くて寒くて震えてしまっている私の声は、彼女達には届かないほど小さかった。


「あら、震えてるわね。大丈夫よ、この辺は虫ぐらいしか出ないし、一晩ぐらいここに居たって死にやしないわ。ちゃんと明け方迎えに来るから、良い子で待っていなさい、リラちゃん」


 四人はそれだけ言うと、私を置いて山の中に消えてしまった。



(……どうしよう)



 まさか、こんなことになるとは……。

『待って』とすら言えなかった。


 連れて来られた道を戻りたくても、夜目の効かない私にはどこに道があるのか分からない。



 それにしても……思い切りお子様扱いをされてしまった。


『ねぇ、あんた本当にシリル王子の妻なの?』

『なーんにもされてないじゃん』

『キスすらしてもらえてないでしょ?』


 獣人にはそんな事まで分かるんだ。


『あのラビーって女は、多少シリル王子と繋がりが見えるけど』


 あの言葉は、以前ラビー姉様から聞いた

『私、シリルとキスした事があるの。軽くなんだけど……』


 たった一度のキスでも繋がりが出来るの?

 それともラビー姉様は、ずっと一緒に暮らしているからかな?


 キス……。


 私は、抱きしめてもらったことは何度もあるけど、キスはない。挨拶のキスすらない。私からもした事はない……。


 それに、抱きしめてもらったと言っても、それは馬に乗ったから、風が強かったから、危ない目に遭った時、助けてくれたその過程で……すべて理由がある。理由がなく抱きしめられた事はない。



「そうかぁ、そうだよね……」


 その場で膝を抱えてしゃがみ込んだ。



 月明かりの下、揺れる水辺に映る私の姿は、同じ歳の獣人達より小柄で子供のよう。

 私の顔は母さんによく似ている。リフテスにいた頃は、美人の方だと言われていたけれど、マフガルドの人達には幼い子供の顔に見えるようだ。


 スタイルは、それなりだと思っていたけど、さっきの狐獣人の女性達には比べ物にならない。



『シリル王子ってめっちゃ好みなんだ……一晩借りるわ!』

 

 そう言っていた。


『めっちゃ好み』


 そうだよね、シリル様カッコいいもの……。


 さっきだって、焚火の明かりが、揺ら揺らと彼の端正な顔を照らしていて……素敵だった。


 ベレンジャーさんと楽しそうに笑って話をしている彼が、時折私の方を見て、黄金色の目を細めてくれる姿に……何度も胸がときめいた。


 その時から、ううん、此処に到着してすぐに気付いていた。


 綺麗な獣人女性達が、シリル様を熱っぽく見つめていたこと。

 私が彼の結婚相手だと知った時、その人達が私を見る目は、途端に冷たくなって『相応しくない』、そう云われている様だった。


「はぁ、寒いなぁ……」


 吐く息は白い。


 腕を摩りながら、空を見上げる。

 月はまだ真上には来ていない。


 このまま此処にいれば、彼女達は明日の朝には迎えに来てくれるだろう。ただ、その前に私は凍るかもしれないなぁ……。

 私は、さっき迄焚火のそばに居た。そこは暖かくて、上着を脱いでいた。旅用の丈夫な服を着ているが……薄着なのだ。

 こんな場所に来るとは思っていなかったから、仕方ない事だけれど、ああ……上着、着ておけばよかったな。



(……今頃、シリル様はあの四人の誰かと過ごしているのかなぁ……)




 あーっ、だめだめっ

 頭を振って、両手で頬をペチペチと叩く。

 ジッとしていると、つまらない事ばかり考えちゃう。


「よしっ」


 とりあえず立って、もう一度周りを見回して見た。


 ……けれど、道はさっぱり見えなくて、どこをどう来たのかも、分からない。



 クンクンと匂ってみる。

 獣人ではないけど、料理の美味しそうな匂いぐらい辿れそうだと思った。


 ……分からなかった。


 こうなったら「助けて~!」って叫んでみる⁈



 でも…….。

 知らない人が来たら?


 声に刺激されて変な虫とか、怖い動物とか出て来たら……無理。怖い。



 この場所迄は降りて来た、だから皆は上の方にいるはずだ。分かる事はそれぐらい。


 でも、やれる事をやらなければ……そう思って上の方に視線を向けた。



 ガサ ガサ ガサ


 何かが草を掻き分ける音が聞こえてくる。



 何かくるの?


 もしかして、さっきの獣人女性達が戻って来てくれた?


 それとも……。


 虫はでるって言ってた。

 マフガルドの虫って大きい⁉︎


 音の方に目を凝らすけれど、暗くて全然分からない。


 分かる事は、何かが動いてこっちに向かって来ているという事。

 それもすごく速い。



 怖いっ!


 助けて、シリル様っ!



 ガサガサという音は、すぐ側に迫っていた。

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