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22 危険な匂い

♪ あ~あ~、僕はひっとり~で~旅を~する~ ♪


 翌日、宿屋で朝食を済ませた私達は、すぐにリフテスへと向け馬車を走らせた。


「こっちの道の方が早く国境に辿り着くから、ただ少し危ないかも知れないけどね。だけど、シリル兄さんがいるから大丈夫だよ」


 ルシファ様の提案で、私がマフガルド王国へと来た道とは違う、少し険しい山道を通って行くことになった。


 今日は山を越えなければならない、もしかしたら野宿をするかも知れないと、飲み物と食糧も沢山積んでいる。


朝から御者をしながら歌っているメイナード様は、昼食を食べ終え馬車を走らせると、また歌い出した。


♪ 一人~で~どこへ~向かうの~か~それは~誰も~し~ら~なぁ~いぃ~ ♪



「一人じゃないだろう……」


 目の前に座っているシリル様が、メイナード様の歌を聴いてボソリと呟いていた。


「メイナードは、山を越えるまで、ずっと歌っているつもりなのかしら?」

「やはり、一人では寂しいのでしょうか?」


 昨夜、ラビー姉様が『兎獣人は、寂しがり屋なの』と言っていた。


 一人で御者をしているメイナード様は、寂しさを紛らわす為に歌っているのかも知れない。



「リラ、それはメイナードに言われたのか⁈ 」


なぜかシリル様が、狼狽(うろた)えている。


「昨日、ラビー姉様に聞いたんです」


 そう答えると、シリル様はホッとした顔をした。

シリル様の横に座り、地図を見ていたルシファ様が顔を上げ、ちょっと驚いた様な顔を向ける。


「リラ様、ラビーのこと『姉様』って呼んでるの?」

「はい、昨夜からそう呼ばせてもらっています」

「あのねルシファ、シリルとリラは結婚するでしょ、私とあなたが結婚したら私達、家族になるわ。ラビーって呼んで、と言ったけどリラがそれは難しいっていうから『姉様』なの」


 ラビー姉様が言うと、シリル様が「ぐっ……」と言って顔を逸らした。


 ……? どうしたんだろう……


「僕はまだ、ラビーと結婚するとは言ったことないけどなぁ……」


 ルシファ様もそう言って横を向いた。


 さっきから、ううん、馬車に乗ってしばらく経つと、二人は尻尾をバシバシと動かし出した。



 機嫌が悪いの? 何か怒ってる?

 それともあの尻尾の動きは、何か別の意味があるのかな?


 そう思っていたら、ラビー姉様が

「もうっ! 二人共、尻尾を叩くのはいい加減にして! そんなにリラの匂いが我慢出来ないの⁈ 」と、大声で言った。


「ーーーーえっ!」


 私の匂いのせいで、あんなに尻尾を叩いているの⁈


 思いがけなかった言葉に驚愕すると、シリル様とルシファ様は、慌てた様に手を振った。


「違う、リラそうじゃない!」

「リラ様のせいじゃないんだよ! 僕達の我慢が足りないんだ」


 二人の尻尾はバシバシと動き続いている。


 そういえば、ラビー姉様は私から『危険な匂い』がするっていってた。


 皆、ずっと『危険な匂い』を我慢して、それで……もう限界でイライラしていたの⁈


「ごめんなさい! 私が外に出て御者をします! あ、やった事ない。だったらせめて外に、メイナード様の横にお願いして座らせてもらいます」


「リラ、違う! その、匂いはするが」


 シリル様は俯きながら話す。


 ああっ、それ以上言って欲しくない。

 好きな人から臭いって言われちゃったら、立ち直れないよ!


 馬車の中で、私がこれ以上匂わない様に出来ることはない。

 せめて危険な匂いが少しでも和らぐように、皆からなるだけ離れようと、動こうとした私の手をラビー姉様が握った。


「違うのよ、リラ。あなたは獣人の私達にとって、すごく好ましい匂いがするの。側にいるとギューッとしたくなって、舐めちゃいたいぐらい! 普段は平気なんだけど、この幌馬車の中で過ごしていると匂いを強く感じてしまうの。シリルとルシファは、ああやって尻尾を動かして耐えているのよ」


 ラビー姉様はちょっと笑っている。


「好ましい? 耐えている?」


 首を傾げ聞くと、シリル様とルシファ様は二人とも恥ずかしそうに頬を染め、頷いた。


「臭く無い? 危険な匂いじゃない?」

「やっぱり、それを覚えていたのね……臭くないわ、いい匂いよ。シリルもルシファもよく耐えていると思うわ。私は昨夜、思う存分リラを抱きしめて寝たから大丈夫なの。でも、メイナードがこの場にいたら十分程でリラを襲っているわね、あの子は本能に忠実だから」


♪ そう~だね~人生は~一度きり~チャンスは~の~がさな~い ♪


メイナード様の歌が聞こえてきて、ほらね、とラビー姉様がウインクをした。


「僕は、シリル兄さんの好きな人に欲情はしないよ。すごくいい匂いだと思うけど、それだけだから」


 サラリとルシファ様が言う。


 ん?……今、好きな人って……



♪ つ~かまえて~いて~馬が走るよ~彼女は~腕の中に~♪


 急にメイナード様が大きな声で歌い出した。



「リラ、こっちへ」


 歌を聞いたシリル様が、私をフワリと抱き寄せて腕の中へ抱きしめる。


 ルシファ様がラビー姉様の隣へと移り、抱きしめるとすぐに、グウンと馬車がスピードを上げた。



「シリル! 矢が来る! 防御っ‼︎ 」

「分かった」


 歌う事を止めたメイナード様が叫び、シリル様が指を二回鳴らす。


 すぐに、キィン キィンという音が幾つも聞こえた。



「ダメだ、囲まれた」


 メイナード様の諦めた様な声が聞こえ、馬車は速度を落とし止まった。


 何が起きているのか分からずドキドキしていると「リラ、大丈夫だから」そう言って、ギュッとシリル様は強く私を抱きしめてくれた。


 ラビー姉様はルシファ様から離れ、幌の隙間から外の様子を伺っている。


「山賊だわ」

「山賊?」

「ええ、彼らはお金さえ渡せば大丈夫だと思うけど……」


 ラビー姉様はチラッと私を見た。


「何があるか分からないから、リラはシリルから絶対離れちゃダメよ」


 真剣な顔で言われ、不安になった私は何度も頷いて、シリル様の服を握った。



 外で御者をするメイナード様が、山賊と話を始めていた。


「お前たち、ここが誰の縄張りか分かっているのか?」


 山賊だろうか、まだ若い男の人の声がする。


「知らないよ」


 メイナード様は、静かな声で答えた。


「ここはカダル山賊の縄張りだ。通行料さえ払えば俺達は何もしない」

「いや、既に矢を放って来ただろう⁈ 」

「何の挨拶もなく通過しようとしたからな、威嚇の為掠めただけだ、当てる気は無かったさ」


 クククッと、笑い声が聞こえてくる。


「分かった、いくら? 言われた金額を払うから、これ以上は何もしないでくれよ」


 メイナード様がそう言って、お金を払おうとした時。


「ちょっと待て……なんだ? この匂いは……おい、馬車の中に乗っている奴を見せろ」

「匂い? 乗っているのは僕の兄弟だよ、姉さんの匂いでもするの?」

「違う、これは獣人の匂いじゃない。……なんだ?」

「食べ物かな? 山越の為に、たくさん積んでるから」


 ちょっと惚けた感じでメイナード様が話す。


「いや、そんな物じゃない。……人の匂いだ。金はいらない、この匂いの者を寄越せ」

「寄越せって言われて、渡す奴はいないよ」

「黙れ」


 ピシッという音がした。


「ちょっと、拘束なんて酷いことしないでよ……」


 メイナード様の声がした。



「防御魔法がかけてあるぞ」

「……かなり強いな……貴族でも乗っているのか?」

「こいつを使え」


 山賊達が何やら話をした直後に、キィンという金属音がし、馬車の幌が開かれた。

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