21 宿屋にて②
メイナードが浴室から出ると、次にルシファが入り、その後シリルが浴室へと向かった。
シリルが部屋へ戻ると、一つ一つ離れて置いてあったはずのベッドが、三つピタリと並べて置き直されていた。
(こんな事をするのはメイナードしかいない。
何の為にくっ付けるんだ……男三人寄り添って寝るつもりなのか⁈)
首にタオルをかけたまま立っていると、すでに中央のベッドに寝そべっているメイナードが、指をクルクル回して赤い光の輪を出し、シリルへと投げた。
それがシリルのまだ濡れた髪に当たると、フワッと風が起こり髪が乾いていく。
こういった簡単な魔法がシリルには難しい。彼が同じ事をすれば、旋風が起きてしまい部屋は悲惨な事になってしまう。
「……ありがとう」
「どういたしまして、じゃあシリルはここね、俺の右側に寝て」
メイナードはベッドをポンポンと叩く。
髪を乾かして貰ったし、もうベッドを動かすのも面倒だ……それにルシファはすでに、ベッドに横になって本を読んでいる。
シリルは、メイナードの右側に少し離れて横になった。
「ねぇ、シリル兄様」
「……やめろ」
「さっき言ってた『告げてない』って何?」
「はっ? お前、風呂に入っていたんじゃないのか⁈ 」
背を向けて寝ていたシリルは起き上がり、仰向けで両手を胸の上に組んで寝ている、メイナードを見る。
「僕、耳すご~く良いからね」
パチパチと瞬きをするメイナードは、ワザと長い耳もピクピクと動かしふざけて見せた。
(かわいいと思ってやっているんだろうが、メイナードは男だ。可愛くはない……)と、シリルは目を顰める。
そんな二人のやり取りを、ベッドサイドの明かりで本を読みながら聞いていたルシファは、読みかけの本を閉じ、シリルに目を向けた。
「告げるって、尻尾で声が聞こえるって事を言うの?」
そうルシファが話すと、メイナードはガバッと起き上がり、目を丸くした。
「えっ! 何それ、そんな面白い事出来るの⁈ 凄いなシリル兄様!」
「やめろ」
「僕のも聞いてみて!」
メイナードは、無理矢理シリルを横向きに寝かせると、片手で尻尾をキュッと握り目を閉じた。
「…………」
「……どう? 聞こえた?」
シリルは目をギュッと閉じた。
どうしてこんな事をしないとならないんだ……。
「……何も聞こえない」
「本当?」
「『おやすみ』か?」
メイナードは尻尾から手を離し、つまんねーっと言いながらシリルに体を寄せた。
「おい! 近い、もっと離れろ」
リラなら嬉しいだけだが、メイナードは気持ち悪いだけだ。なんで男同士でくっ付かなきゃならないんだ!
「その声って、リラ様の声しか聞こえないの?」
「今のところ、そうだ」
「不思議だね、何かありそうだけど」
「そんなの俺にも分からない、それよりメイナード、もっと離れろ」
尻尾にピタリとくっ付くメイナードが、シリルには気持ち悪くて仕方ない。
「いいじゃないか、知らなかったよ、尻尾ってモフモフであったかいんだね。あ、ルシファももっと僕に寄って」
メイナードは指先をクルクル回し、ルシファの体を自分に寄せる。
「やめてよ」
ズッ、とメイナードの方へ引き寄せられたルシファは、心底嫌そうに言った。
「いいじゃないか、昔はよく一緒に寝てただろう? それに、兎は一人だと寂しくて泣いちゃうんだぞ」
「聞いた事ないよ」
「俺も、初めて聞いた。……はっ、まさかお前、そう言って女性を口説いているのか⁈ 」
「うん、大抵の女の子達は『泣いちゃうの? かわいい』って潤んだ瞳で僕を見て、抱きついてくるんだ。ま、そこからは当然の様に甘い夜を過ごすんだけど……ふふふ」
シリルとルシファの尻尾を両脇に抱え、メイナードは目を閉じた。
ルシファは、これ以上メイナードに言っても同じ事だと諦めて、寝ることにした。
けれど、シリルは抵抗する。
「離れてくれ」
「いいじゃない、寒いから一緒に寝よーよ。何もしないからさ、ねっ? シリル兄様」
「何もしないって、当たり前だ。それから『兄様』はやめろ」
「もう、照れ屋さんだな。おやすみシリル兄様」
「また……」
すぐに、寝息が聞こえ出した。
(嘘だろ? もう寝たのか?)
二人の尻尾を抱えたまま、メイナードは落ちる様に寝た。
そうか、メイナードはここまで一人で御者をして来たんだ、さすがに疲れていたんだろう。
……いや、あれだけ歌っていれば、疲れるのは当然だ。
だが、メイナードの歌のお陰で、リラの笑顔も見られたし……。
リラ、今どうしているだろう……。
寒くないだろうか……俺が隣に寝ていなくて……。
……リラ
ーーーードンッ!
「ぐはっ!」
リラの事を考えていたシリルの背中に、寝ているメイナードの蹴りが入った。
「もーっ! メイナード何なんだよっ!」
ルシファは背中に頭突きをもらい、寝ているところを起こされた。
寝相悪すぎるだろ……。
「モフモフ……うふふ」
気持ち悪い寝言をいいながら、スヤスヤと眠るメイナードをルシファが魔法を使い、一つのベッドに寝せる。それから、他の二つのベッドを離し、元の位置に移動させた。
「ありがとう、ルシファ」
「うん、おやすみシリル兄さん」
やっとゆっくり眠れる……。
ようやく落ち着いて眠りについたシリルとルシファだったが、その一時間後にメイナードの
「もっと、右だよ! ほら、飛んでるっ!」という訳の分からない大きな寝言によって、起こされる羽目になるのだった。