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19 すべてを伝えて

 馬車の準備が終わった。


 シリル様、ルシファ様、ラビー様、メイナード様も、元敵国リフテスは、彼等にとって決して安全でも楽しい所でもないのに、私と一緒に行ってくれるという。

 デュオ様もモリーさんもたくさんの人が、私の事を思って行動してくれた。


 そんな優しい人達に、このまま何も言わずにいる訳にはいかない。

 私はすべてを話す事に決めた。それを聞いた彼等が、やっぱり行かないと言っても、それでいい。



「出発の前に、少しだけ話を聞いて下さい」


 緊張した面持ちで彼等の前に立った。一番背の低い私は必然的に彼等を見上げて話す事になる。すると、ラビー様が私に目線を合わせてくれた。


「いいわよ、好きなだけ話して!」


 ラビー様は楽しそうに言って、パチリとウインクをする。

おかげで少し気持ちが楽になった。


「皆さんは、もうほとんど知っていると思いますが、私の事です」


「うん、私は名前と、服のサイズ以外知らないわ」

「僕も可愛いこと以外知らないから聞きたいよ」


 そう言って、ラビー様とメイナード様は微笑んでいる。


「私は、リフテス王国の第七王女です。母は側室でした。側室ではありましたが、平民だった母は他の側室の方々とは違い、城で暮らすことはなく、古い屋敷を与えられそこで暮らしていました。十六歳の誕生日に母から聞くまで、父親の存在も自分が王女だという事も知りませんでした。もちろん、王女としてのマナーを受けたことはありません」


「なるほどね」


 ルシファ様が呟く。

 モリーさんも「それで……」と頷いていた。


「これから助けに向かおうとしている『メリーナ』は、私が生まれた時からずっと一緒に暮らしているメイドです。メイドといっても、母と私にとってはとても大切な家族です。先々月、母が病で亡くなりました。そのひと月後に、リフテス王が私の下へ来て、マフガルド王族の子供を生み連れ帰る様にと命令されました」


「それはどうして?」

 ラビー様が首を傾げる。


「リフテス王は、王族に魔力を持たせようと考えているんです」

「じゃあ、エリザベート様の子供が王位に就くの?」

 それは違います、と私は首を横に振った。


「私が生んだ子供では、王族とは認められないと監視の人から言われました。リフテス王が欲しいのは、少しでもリフテス王族の血が受け継がれた『魔力を持つ子供』です」

「まさか……その子にリフテス王が子供を作るの⁈」

「……えっ?」

「だって、女の子だったらそういう事じゃないの? エリザベート様の子供なら孫でしょう? まさか孫に手を出すの⁈ 」


 それは考えもしなかった……。


「私の子供とリフテス王の子供を一緒にして、生まれた子供が王位を継承すると、監視の人に聞きました」

「……なんだかよく分からないけど、気持ち悪い計画ね」

 ラビー様はベーっと舌を出し、モリーさんは呆気に取られている。


「私が逃げたりしないように、メリーナは人質に取られて……悪い様にはしないと言っていたのに、監視の人から、今、城の地下牢にいると聞いたんです。シリル様の子供を連れて帰れば、牢から出すと監視の人に言われましたが、それは多分嘘だと思って、だから一日も早くメリーナを助けに行こうと……皆さんに何も言わず、勝手に部屋を抜け出しました」



 何やら思案していたラビー様が、赤い目を煌めかせ私を見つめる。


「シリルの子供なのね」


 なぜかニヤッと笑うラビー様。

 ……どういう事? 抜け出したことはいいの?


「はい、シリル様の子供です」


「ふ~ん」


 …………?


 メイナード様とルシファ様は、ファサファサと尻尾を振って俯いているシリル様を見て、微笑んでいる。


「お母様を亡くされた上、家族を人質に取られるなんて、可哀想なエリザベート様!」


 話を聞き終えたモリーさんが、泣き出してしまった。


「あっ、あのっ、それで私は」


「ん?」と、モリーさんは泣き止み、皆も一斉に私に注目する。


「名前も違うんです。『エリザベート』という名前は、ここに来る前に、リフテス王から付けられた名前です。母に付けてもらった本当の名前は『リラ』です。いっぱい隠していてごめんなさい!」


 深々と頭を下げた。

 私が出来る謝罪はこれが精一杯だ。


 ……こんなに隠し事だらけの、にわか王女の私を皆は許してくれるのかな……。

 そう思ったら頭を上げられなくなった。


 ……ううっ、どうしよう……。





「……リラ」


 スッとシリル様が私の前に屈む。


 体の大きなシリル様が、すごく頭を下げて私を見上げ、フッと柔らかく笑う。


「リラ、かわいい名前だ。エリザベートよりずっと君に合ってる」


 シリル様の黄金の目が細められ、低く掠れた優しい声で『リラ』と本当の名前を呼ばれた。


「シリル様」

「俺も……君に話したいことが」


「リラ様ーっ‼︎」


 ドンッ!


 シリル様が何か話そうとした時、モリーさんが彼を押し退け、私にギュッと抱きついた。


「私も付いて行きますーっ!」

「モリーさん」


 隠し事ばかりだった私のことを、誰も責めたりしない。それどころか、モリーさんは自分も行くと言ってくれた。


 なんて優しい人達なんだろう。

 まだ、会って間もない私の事を思ってくれて、会った事もないメリーナを助けに行ってくれる。


 嬉しくて、目に涙が滲んだ。


「こんな私でも、皆さん一緒に行ってくれますか?」

 モリーさんの腕の中から涙声でそう尋ねる


「行くわよ! リラ様は何も悪いことした訳じゃないわ。それに理由がどうであれ、貴女がこの国に来てくれた事は、シリルにとって良かったと思うわ、ね、シリル」

「ああ……そう思う」


 ラビー様に聞かれて、答えたシリル様はすぐに俯いてしまった。





 一緒に行くと言い出したモリーさんを

「連れては行けない、ラビーとメイナードは何かあっても大丈夫だし、リラだけなら俺達が必ず守る。だからここで帰りを待ってくれ」

「シリル兄さんには僕が付いてるから大丈夫だよ」

そう言って、シリル様とルシファ様が説得し終えたのは、夕刻前の事だった。


「一日も早く、リラ様の家族を助けてあげないとね!」


 ラビー様は、サッと幌馬車に乗り込む。

 ルシファ様も乗り、シリル様と私が乗るとメイナード様が「じゃあ行くよ?」と声を掛け、二頭の馬が引く馬車は、ゆっくりと進み出した。


 モリーさんが、大きく手を振っている。

 いつの間にか来ていたマフガルド王様が、横に並んで、同じく手を振っていた。


「お気をつけて! リラ様、必ずメリーナ様を連れ、この国に帰って来て下さい。シリル様、帰ったらすぐに結婚式が出来るよう準備しておきますからね。それ迄は我慢なさいませーっ!」

「なっ、我慢って……」


 モリーさんの言葉を聞いたシリル様は、また私から顔を逸らした。

 なぜだかシリル様に避けられている気がして、しょんぼりする私の耳に「あれは照れているだけなのよ」とラビー様が囁いた。


 本当に?



 馬車の中、ラビー様の隣に座っている私は、前に座るシリル様のフワフワと揺れる漆黒の尻尾を見つめていた。

 結局『話したい事が』と言った、さっきの言葉の続きも、聞くことが出来ないままだ。




 メイナード様が歌いながら手綱を引く馬車は、軽やかにリフテス王国へ向い進んで行った。

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