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16 君が好きだ

 エリザベートに(尻尾に)抱きつかれたシリルは、一瞬頭が真っ白なった。


 尻尾を触りたい、そう言われて素直に触らせてしまった。……下心は全くなかった。


 まさか……抱きつかれるとは……。


 そして聞こえてきた、エリザベートの心の声。

 尻尾を抱いたエリザベートの心の声は、何だかおかしな事を言った。


 モフモフ湯たんぽ……⁈

 それはなんだろう? モフモフ?

 湯たんぽ……ではない。それは俺の尻尾なんだが。


 その後、エリザベートは結婚を嫌ではないかと聞いてきた。


 まったく、全然、絶対ない。

 無理矢理連れてこられたエリザベートの方が嫌ではないのか? 

 いや、本当は今も嫌なのではないだろうか……そう尋ねても……と考えていると、クジで決まった相手なのに?と言われてしまった。


 やはりまだクジの事、気にしていたのか……。


 いや、いくら嫌っていたリフテス人だからといえ、結婚相手をクジで決めた俺達が悪い。

 適当に決めたとしか思えないのは仕方ないだろう。……最初は確かにどうでもいいと思っていたのだから。


 だが、俺は『それも運命だろう』と答えた。

 そう思って欲しいと願った。


 すると、彼女はそれに対して『嬉しい』と言ってくれた。


 その言葉に、思わず尻尾を振ってしまいそうになった俺は、エリザベートが抱きついている事を改めて感じてしまった。


 ……エリザベート……。


 だが、次に子供を持つことは嫌ではないかと聞かれた。


 ハッとした。彼女は……子供を持つ為に結婚を受け入れただけなのだ。


 そう思うと、なぜか胸が苦しい感じがする。

 ……さっき酒を飲んだせいだろうか……。


 薄暗い部屋のベッドの上で、彼女を傷つけないようにと短くした爪を眺めた。

 父上に『お前はすでに、エリザベートにベタ惚れだ』と言われてしまった。

 確かに、俺は……だが、彼女は?


 エリザベートは大切な人を奪われている。

 その人を助ける為なら、相手は誰でも良かったのだろう、俺じゃなくても……。


 でも、俺は……。


 君が好きだ、そう思っているとせつなげな声で名前を呼ばれた。


 その後聞こえた、エリザベートの心の声。


(私はあなたを好きになってしまったようです)


 好き……好き? 俺を?


 心の声は確かにそう聞こえたが、彼女は『何でもない』と呟いて黙ってしまった。


 しばらく沈黙が続いた。


 信じられなかった。出来れば、彼女の口からさっきの言葉を聞きたい。


 今、君の心の声が聞こえるのだと言ってしまったらどうなるだろうか……信じてもらえるか?

 恥ずかしいと言って顔を赤らめる? それとも気持ち悪いと言って避けられてしまうだろうか……。


 ドクン、ドクン、

 ああ、酒のせいか自分の鼓動がうるさい。


 何か、何かを話さなければと、番のリングの事を話した。


 慌てて話したせいで、おかしな声が出てしまったが、これはキチンと伝えてなければならなかったのだ。

 番のリングをエリザベートに任せたと言ったら、モリーにめちゃくちゃ怒られた。

 ……女性が好きな物の方がいいと思っただけだったのだが違ったらしい。

 

 だが、俺が作る、任せて欲しいと伝えると、心の声は『ごめんなさい』と言う。


 なぜ? 謝るのは俺の方だが……?


「エリザベート?」彼女の名前を呼べば


(……リラです。私はリラです)


 リラ? まさかそれが本当の名前なのか?

 君は一体……。


 考えていると『もう寝ますね。お休みなさい』さっき迄とは違う、感情のない声でそう言われた。


 彼女から、もう話したくないと言われたような気がした。


 話しすぎて嫌われたのか……。


 女性とはあまり接した事はない。何か間違えたのだろうか……分からなくなった俺は、とりあえず寝たふりをした。


 けれど、彼女が抱きついている尻尾に意識は集中している。


(シリル様、ありがとう)


 ……ありがとう?


 聞こえてきた彼女の悲しそうな心の声、それはまるで別れの言葉の様に感じた。



 もしかして、メリーナという人を助ける為に、リフテスへ行こうと考えているのか?


 ……俺には、何も話してくれないのか……。




◇◇



 リラ(エリザベート)はシリルの寝息を聞き、しばらくすると尻尾から手を離し背を向けると、壁に付いている蛍石の明かりを、ただ見つめていた。


 時折、シリル様の尻尾が背中に触れ、その心地よさに自然と笑みが浮かんだ。


 まだ夜が明ける前、シリル様は起き出し、音を立てない様に寝室を後にした。


(こんなに早く出かけるんだ……)


 一人になった寝室は急に寒く感じた。シリルが寝ていた場所に手を伸ばすと、当たり前だがまだ暖かかった。

 リラはそのまま朝日が昇るまで待って、部屋へと向かった。

 昨日と同じく、支度を手伝ってくれていたモリーさんが「申し訳ございませんが、昼から一時間ほど私用で出かけます」と予定を告げてきた。

 今日は、シリル様も朝から夕方まで出かけているという。


「私がいない間は、お一人になりますが大丈夫ですか?」

「大丈夫です……刺繍をして待っています」

「そうですか?」


 心配そうに話すモリーさんに対し、ニコニコと笑う私。自然に見えているだろうか?


 表面で笑みを浮かべながら、私は考えていた。


 これは……チャンスなのでは?

 私の側に誰もいなくなる……。


 逃げ出せばメリーナの命はないと言われたけれど、約束を果たしてもどうなるかわからない。


 すでにメリーナは地下牢にいる……1日も早く助けに行きたい。


 ……リフテスへ行くなら今日しかない。



 決心をした私は、モリーさんにその事を気づかれない様に、普段通りに昼まで過ごした。


 昼食が終わると、モリーさんは「一時間後に戻ります」と言い、部屋に鍵をしっかりかけて出かけていった。


(モリーさん、ごめんなさい。私に優しくしてくれてありがとうございました)

 

 扉に向かって頭を下げて、昨日刺繍をしたハンカチと、裁縫箱に入っていた端切れに、【 マフガルド王国のみなさん、勝手に出て行ってごめんなさい。モリーさんは何も悪くありません。シリル様、モリーさん、いろいろありがとうございました】と書いてテーブルの上に置いた。


 私がいなくなった事で、モリーさんが怒られなければいいけれど……。



 などと考えている場合ではない、急いでここから出なければ。


 今着ているワンピースは、私の為に作ってくれたフリルがたっぷり付いた可愛い物だった。さすがにこんなフリフリの物を着ては行けない。

 急いで他の動きやすい服に着替えようとクローゼットを開けると、手前に黒い服が掛けてあった。


(こんな服もあったんだ)


 全身が繋がった作りのその服は、とても動きやすそうに見える。

(ごめんなさい、この服を頂いていきます)

 フードには耳が、お尻の辺りには飾りの尻尾まで付いていた。


(これだと獣人に見えるかも)


 黒い尻尾付きのその服を着て、鏡を見てみる。


(わぁ! 黒猫になったみたい!)


「ニャー……なんて」


 おもわず鳴き真似をしてしまった。

 こんな事している時間はない。急いで城から出なければいけないのに。


 黒猫の様な格好で、寝室へと続く扉を開ける。

 私の部屋はしっかりと外から鍵が掛けてある、けれど、この寝室の向こうにあるもう一つの扉、シリル様の部屋へと続く扉はきっと……そっと取っ手に手をかけるとカチャリと簡単に扉は開いた。


 フワリとシリル様の匂いがしてドキドキした。

 初めて入った彼の部屋、最後にちょっとだけ見回して、廊下へ続く扉へ向かう。


 外に誰もいないか、少し扉を開けて確かめた。

(すごい、誰もいない)

 サッと廊下に出て、そこからは走って厩舎まで向かう。


 この間、シリル様に丘に連れて行ってもらった時、厩舎から外に出たのだ。その時に道は覚えていた。


 リフテス王国までは遠い。歩いて行くのは大変だ。

 馬には……一人で乗った事はないけど、どうにかなると思う。


 不思議なくらい誰にも会わず厩舎へと辿り着いた。中へ入ると柵の向こうから、大きな茶色の馬が足音を立て近づいてくる。


「ルル?」


 それはシリル様の愛馬、この前乗せてもらったルルだった。ルルは私の顔に鼻を寄せてきた。

 あの日、一度乗っただけだが、私はなぜかルルに気に入られたみたい。


「どうしてここにいるの? シリル様は出掛けているんでしょう? ルルは連れて行ってもらえなかったの?」


 スリスリと私に顔を寄せるルルの鼻頭を、そっと撫でた。


「ルル、私ね今からリフテス王国までメリーナを助けに行くの。あなたに乗って行けたらいいけど、あなたがいなかったらシリル様が悲しむわよね。他のお馬さんに頼んで……」


 他の馬を探そうと辺りを見回したその瞬間、ゾッと鳥肌が立った。

 厩舎の入り口に監視の女が立ち、私を眉を吊り上げ睨んでいたのだ。

 まったく気配に気がつかなかった……ずっと付けられていたのだろうか……。


「此処から逃げれば、あの女の命は無いと言われてなかった? ハズレのお姫様」


 リフテス人の監視役の女は、相変わらず嫌味な言い方をして、私の方へツカツカと歩いてくる。


「どうして私だと分かったの?」


 逃げようにも場所もなく、身動きが取れなくなった。

 監視の女は私を舐める様に見て、フッと鼻で笑う。


「……分かるわよ、そんな格好して気付かない獣人達の方がおかしいわ」

「ええっ、そんなはず……」

「お前まさか本気で気づかれないと思っていたの?」

「…………」


 女からバカにしたように言われてしまった。服には耳も尻尾も付いてるし、遠くから見たら獣人に見えると思ったのに……。



 話していると、監視の女の後方にある柱から、チラチラと動く白い何かが見える。

 あれは……?



「まさかお前、あの女を助けにリフテス王国へ行くつもり?」

「そうよ、このまま言う通りにしても、メリーナも私も……それに、まだいないけど、シリル様との子供だってどんな目に遭うか分からないじゃない!」


 私が言うと、ガタンッとどこからか音がする。


 監視役の女は、音のした方を見て目を顰めた。


「誰かいるの⁈ 」


 女が声を出すが、そこには数頭の馬がいるだけだ。

 しばらく監視の女は目を凝らし見ていたが、特に何も見当たらなかったようで、私に向き直ると命令するように言った。


「戻りなさい、一度なら許してあげるわ」

「いや、戻らない。私はリフテスに行くの、そしてメリーナを助けるの!」

「シリル王子と子供を作ればいいだけじゃない」

「だから、そんな簡単に言わないで」


 まるで物を作る様に、子供を作れと監視の女は話す。

 この人に心はないの?


 すると、女は諦めたようにため息を吐き、目を伏せた。


「……戻る気はないのね」

「戻らない、シリル様を利用する様な事はしたくない」

「そう……分かったわ」

「本当? じゃあ私」


 ようやく監視の女に気持ちが伝わったと思い、リフテスへ向かおうとした私は、ギュッと手首を掴まれ、そのまま上に持ち上げられた。


「何するのっ」


 監視の女は私を持ち上げたまま、なぜか後ろを向く。


「そこにいる王子でいいわ、出てきて」



 女が言うと、さっき白い物が見えていた柱の陰から、デュオ様が出てきた。

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