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10/58

10 謝りたい

「寒くはないか」

「はい」


 ビュオオオオーーーッ


 風が鳴る。



 ビュオオオオオオーーーッ


(風がすごい……)


 シリル様に連れて来られた平原には、強い風が吹き荒ぶ。


 大きな馬に跨ったまま、平原にポツンと立つのは私達だけだった。



 そもそも、なぜシリル様は突然外に出たのだろう?

 それも二人だけで。


 私は、風を避けるように後ろから抱き込んでくれているシリル様のお陰で、全く寒さを感じずにいる。



 ただ……。

 

 ドッドッドッドッ……心音が凄い……。


 私もドキドキしているけれど、背後から聞こえてくるシリル様の心音が……。



「さ、寒くは」

「寒くありません。大丈夫です」

(寒くはないけど緊張している。……男の人にこんな風にされたのは初めてだ)


 私は、モリーさんに着せてもらった(ラビー様の子供の頃の)ピンクのコートを着て、黒いコートを着たシリル様に覆われていた。

 私はまったく寒くないが、シリル様は寒くないのだろうか?


 腕の中から見上げると、シリル様は真剣な顔をして何処か遠くを見ていた。



「……昨日は」

「はい?」


 何かを言いたげに口をはくはくさせたシリル様は、ふうっと息を吐いて、私をキュッと抱き込んだ。


「昨日はすまなかった」

「……え?」

「君に……酷いことをしてしまった。あんな物置部屋に跪かせ、触れないと……人などと言ってしまった……本当にすまない」

「……あ」

(あ、物置部屋だったのね。それに、跪くことは普通しないんだ……)


「許して貰えるだろうか……」


 ビュオオオオーーーッ

「だい………………………………………す」





(今、エリザベートは何と言ったんだろうか? 

もう一度言ってくれと頼んでも構わないだろうか……)


 強風がエリザベートの声を掻き消してしまい、シリルには聞こえなかった。


 昨日の事を謝りたい。


 弟達とメイナードから彼女を離したくて、咄嗟に出掛けると言った。

 出掛ける支度をしながら、昨日の事を謝ろう、そう思い立ち、この『告白の丘』に連れてきたのだが……。


 今の時期は花も咲いていない、ただの草原だ。

 まして朝焼けでも、夕焼けでも、星空さえもない曇り空。

 ……この時間に、ここに来ている者は誰もいなかった。


 それに、こんなに風が強いとは誤算だった。





「俺は、戦場に出ていた」


 馬に乗ったまま遠くを見つめ、シリル様は私に向けて優しい声でゆっくりと話をはじめた。


「リフテス人達は、たとえ相手が無抵抗の弱き者であろうと、獣人いうだけで矢を放ち、砲弾を撃ち込んできた。リフテス人は、獣人の持つ魔力に恐れをなし弱き者達にも攻撃したのだろう。だが、獣人は、一人一人魔力も出来る魔法も違う」


 ビュオオオオーーーッ


「シリル様……」



「相手を傷付けるような魔法を使える者は、俺達王族のように魔力の強い者だけだ。けれど我々は魔法を使い戦う事はしなかった。魔法は治療の為、守る為にだけ使っていた」


「……はい」


「互いに戦っていて、何を言っているのかと思うだろうが、俺は弱い者を傷つけ殺めようとするリフテス人が嫌いだった。人を戦地でしか見た事がなく、そこで見たリフテス人達は非情で、攻撃的だったからだ」


 シリル様は遠くを見たまま話を続ける。


 ビュオオオオッ ビユウッ


 風の音がシリル様の声を小さくする。


「……それに、俺は人の女性や子供も見た事が無かった。君との結婚が決まった時は、正直に言えば、嫌でしょうがなかった。……だから、リフテス人の姫なら、あんな横柄な態度をとれば怒って帰ると思って……本当にすまない」


 シリル様は私を抱きすくめ、何度も謝罪の言葉を述べた。


 モリーさんの言う通りだ。


 正直で優しい人。


 それなのに私は……。

 あなたに言っていない事があります。



 ビユウッ ビュオオオオーーーッ


「私は……ハッ、ハッ、クシュン!」


 風が吹き、舞い上がった私の髪が、鼻をくすぐりくしゃみが出てしまった。


「はっ! 寒いか! すまない、今日は風が強すぎた。すぐに帰ろう!」


 シリル様は慌てて馬を城へと走らせた。その速さに私は話も出来ず、落ちないように彼にしがみ付いているのがやっとだった。




 城に着いたシリル様は、馬から下ろした私をそのまま抱き抱え部屋へと運ぶと「すぐに風呂に入れてやってくれ」そうモリーさんに告げ、どこかへ行ってしまった。



 モリーさんはすぐに浴槽に湯を張る。


「どこに行かれたのですか?」

「平原でした」

「平原、と言うとあそこですね……ふふふ」

「有名な場所なのですか?」

「ええ、マフガルド王国王都に住む恋人達が、一度は必ず行く所です」

「恋人達が……」


(あんな風が強く寒い所に行って、何をするんだろう?)



 入浴を済ませると、食事が用意してあった。


 今日はモリーさんも部屋に居てくれるようだ。


「エリザベート様、申し訳ありません。お一人でのお食事は寂しいでしょうが、王族の方々は、本日は夕食時に報告会をされるご予定になっておりましてシリル様はご一緒出来ないのです」


「モリーさんが居てくれるので、寂しくなんてありません」


「まぁ、エリザベート様……なんて嬉しいことを仰られるんですか……」



 テーブルの上には、野菜たっぷりのシチュー、いくつかの小さなパン、彩り豊かなサラダ、レモンとバターが添えられた、焼き目のついたステーキが並んでいた。


「うわぁ! 美味しそう‼︎」

「コックの愛と気合いが入っております」


「ステーキなんてずいぶん久しぶり……」

 

 以前食べたのは、私がまだ子供の頃だ。あの時は母さんの誕生日で、奮発して買った一枚のステーキを三人で分けて食べた。柔らかなお肉が美味しくて、あっという間に食べてしまった……。



「本日のステーキは食用牛です」


 食用牛? リフテス王国では聞いたことのない名称だった。


「……食用牛? 普通の牛とは違うんですか?」

「いえ、同じです。ただ、牛というと牛獣人の方々から怒られてしまうので、その為の名称ですね」


 なるほど、と思った私は前から不可解に思っていた事をモリーさんに聞いてみることにした。


「あのモリーさん、聞いてもいいですか?」

「あら? 何でしょう、私に分かることならお答え致しますよ」


「動物の牛と牛獣人の方の角や耳が似ているのは、先祖が同じだからなのでしょうか?」


「あら、うふふ……それは違いますね。動物は昔から動物で、獣人もまた昔から獣人です。人も昔から人でしょう? 人が昔はネズミだった、という事はあり得ませんでしょう?」


「進化はしない? という事ですか?」


「まあ、多少の進化はあると思いますが、大きくは変わらないのではないでしょうか? それに先祖が同じなら、どうして片方だけ進化するのか? という疑問が生まれませんか? 私は熊獣人ですが、熊に出会えば恐ろしく感じますし、もちろん言葉も通じません。他の獣人も同じです。多少特徴が似ているから似た名前をつけているだけではないでしょうか? 人もそうでしょう? 肌の色や体の特徴で名称が違いますよね?」


 ……確かにそうだ。


「ごめんなさい。私は『獣人』の事を知らな過ぎました」

「いいのです。私も『人』の事は詳しく分かりません。エリザベート様にお会いするまでは、攻撃的で心の無い者達だと思っていたのです。何事も自身の目で見、耳で聞くことが大切だと思います」


「すごい……モリーさんは学校の先生のようです」


「うふふ、私は少し長く生きているだけです。そしてこれは私の考えでしかありませんからね。さぁ、冷めないうちに食べて下さい。最後にデザートもありますからね」


「はい! いただきます」




 この時、私は気付いていなかった。

 モリーさんが、私が『王女』という事に疑念を持ちはじめていた事に。


 それまで当たり前に行っていたから、私は知らずにやっていた。

 王女様なら出来ないはずの、一人での入浴や着替え。

 そして、王女であれば知っているはずの事。出来るはずの事。

 テーブルに置かれたナイフとフォークが、料理の度に置き換えられていることに、テーブルマナーなど知らない名ばかりの王女の私は、なにも思わなかった。

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