第3話 VISITOR
遂に孤児院の主に出会うことが叶った行雲。
本当の名前ではないとはいえ、初めて名前をつけてもらう。
16歳の少年は、より一層「親」を偲び、「本当の名前」を追求するようになるのだった。
五番目の出会いは不意に訪れた。
玄関の方が何やら騒がしいので、何事かと思い自室を後にした。
玄関には既に僕の名付け親を含む、計5人が佇んでいた。この人数から察せるように、見知らぬ少年が我が物顔で注目を集めていたのも事実だ。
「こんちゃーす!」
少し小麦色の、日焼けした筋肉質の少年は、孤児院の玄関でそう叫んだ。
あまりの大声と、初対面であろう僕らへの馴れ馴れしい挨拶に、皆目が点になっていたであろう。
「如月キキくんだ。仲良くしてやってくれ」
真之介さんがそう言うと、キキという少年は得意げな表情で胸を張った。当然、皆呆気に取られていた。
夕食の時間になった。香蕉が作る炒飯、餃子、中華風スープ。毎日のように出される中華料理だったが、彼女の料理の腕前を前に辟易する者は誰一人としていなかった。そして、彼女の料理を気に入ったのは新入りも同じだった。
「うんめぇー!」
一年くらいこの孤児院で過ごしてきたかのような馴れ馴れしさに、最初は皆戸惑っていたが、彼の元気溌剌さを前に、僕らも彼と同じく彼に馴れてきたのである。
此処は孤児院だ。新しく来た彼が孤児であるということは、誰もが聞かずして察していた。しかし、僕含め短期間の間に2人の新人が来たんだ。孤児院は一気に賑やかになったであろう。
「はい、今日はご馳走だからホールケーキ用意しちゃったよー!」
香蕉がそう言って今まで食べたことの無いような大きなホールケーキを運んできた。キキはそれを見るやいなや、目に見えるように興奮して目を輝かせた。
「ケーキ!?」
以前からケーキをずっと食べてみたかったらしい。彼は直ぐにケーキを切り分けて口に運び始めた。
僕は自分がいつ生まれたのか、いつから物覚えがついたのか、何も分からない。少なくとも、普通の人間ではないのかなという思いが脳裏によぎっている。何も食べずとも何も飲まずとも死ななかった。でも、お腹は鳴る。食欲が満たされる度、幸福感が身体中を巡るのだ。そして今この瞬間も、生クリームの甘さと苺の酸味を鼻で感じ取る。嗅覚で楽しみ、味覚で堪能する。珈琲好きの僕を証明するかのような食事だろう。
「相変わらず香蕉の作るスイーツは美味しいね」
孤児院一の甘党でもあったひとみも、目の前のケーキにご満悦の様子だ。
食事を終えた頃にはキキはもう孤児院の一員としてすっかり溶け込んでいた。彼もまた僕と同じように自分の出自はよく分からないらしい。彼は僕と異なり、積極的に人とのコミュニケーションを取ろうとしていたらしい。働かせてくれないか、一緒に住ませてくれないか、と何度も各地を転々としていたらしい。でも、彼の純粋な熱情というものは、そう簡単に受け入れられるものではなかった。
夜は、彼と。惰性的に過ごしてきた僕と対照的なキキとゆっくり話をしてみたかった。僕は自室にキキを誘って布団の上で一緒に話した。
「んでさ、そのお爺さんったら俺を怒鳴りつけて扉をピシャンと閉めたんだぜ!ひでーよなー。俺なら家事なり力仕事なりなんでも手伝ってやるって言うのに。」
キキの就職氷河期の思い出をずっと聞かされていた。まぁそりゃ受け入れてくれる人なんていないだろうと僕の心の中では思っていた。
「生きがいを失っている時に、あの素晴らしきお方に出会えたんだよ!向こうから俺を雇ってくれるだなんて!しかも豪華な食事にふかふかのベッド付きだぜ!」
別に雇われた訳では無い、貴方は孤児院へと送られただけだ。と言いたかったところだが、彼の希望に満ち溢れた眼差しを前にその言葉を言うことは無かった。
「俺、今まで野良犬や野良猫としかまともに話したことがなかったからさ、凄く今嬉しいんだ」
「動物と話せるの?」
「いや、言葉は分かんねぇ。でもあいつらが何を言ってるのか、どういう気持ちなのか、そういうのは鳴き声を聞けば自ずと分かるんだよな」
キキは元気だ。でも、その裏には辛い過去があったのだということ、それに気付かされた。僕も彼と話す度に、生きることへの素晴らしさ、僕が僕であることの大切さを痛感するようになった。
「おいお前ら、そろそろ日付が変わるから、もう寝た方がいいぞ」
そう言って兄が扉を開けた。
「ご、ごめんなさい」
僕がそう言うとキキも続けて言った。
「すいやせん兄貴!」
「キキ。俺の名前は桜井兄だ。兄貴ではない」
「いいじゃないっすか兄貴!」
「はぁ…。まぁ好きに呼べばいい。女子二人からクレームが入る前にさっさと寝ろよ」
「分かりやした兄貴!」
兄は自由奔放なキキに少し振り回されているようだが、キキの兄への信頼や尊敬は非常に感じられた。とても微笑ましかった。来訪者とはとても思えない。
そもそも真之介さんはキキをどうやって見つけたのか、どうして孤児だと分かったのか、色々と疑問は残ったが、それは僕の場合でも同じだ。何か大人の事情があるんだろうと、特に気にもしなかった。
でも、孤児5人が運命的な存在だということ、惰性的な日々が全くの別物になること、そんなことは当時の僕は想像もしなかっただろうね。
【如月キキ】
年齢:15
血液型:AB型
誕生日:2月8日
優性感覚:聴覚
好きな食べ物:ケーキ