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無名倶楽部  作者: あさると
序章 孤児院編
2/3

第2話 名前

大雨の中、孤独な少年は眠りに落ちた。目が覚めると見知らぬ孤児院にいた少年は、三人の少年少女と知り合うことになる。自分という存在の謎を解くため、淡い期待を胸にふかふかのベッドでまた眠りにつくのだった…。

目が覚めた。


昨日の出来事が走馬灯のように脳裏をよぎる。


そして、同時に今日やらなければならないことがあることを思い出し、すぐさまベッドから起き上がった。






ダイニングに行くと、既にキッチンの方で女性陣が朝食の準備をしているのが見えた。食欲を誘発するかのような、美味しそうなコーンスープの匂いがあたりに充満していた。


「おはよう」


僕が二人にそう言うと、二人も僕の方に顔を向けて、待ってましたと言わんばかりの笑顔で挨拶を返してくれた。僕が席に座ろうか逡巡していると、香蕉がその様子を気にかけてか、先に席に座っているよう促してくれた。


五分ばかり待った後、二人とも食膳に朝食を載せてこちらにやってきた。机の上に五人分の食膳が並べられ、その上にはどれもパンとコーンスープと牛乳が置かれていた。


「美味しそう」


相変わらずの料理の腕前に思わず本音がこぼれる。


暫くすると、兄も眠そうな目を擦りながらやって来た。僕と視線が合ったにも関わらず、何事も無かったかのように僕の目の前に着席した。もう僕が居ることに何の違和感も感じていないようだ。


全員が着席し終えると、少しの間沈黙が続いた。


「先に頂いてしまおう」


兄が沈黙を破ると、他の二人も頷いた。多分、これから来るのかもしれないのだと悟った。僕の会いたい人が。


「いただきまーす!」


香蕉が元気溌剌にそう言うと、僕も漸く食欲が漲ってきたので、期待と不安を胸に、スプーンを手に取った。






朝食の時間は、短かったにも関わらず、心から楽しかった。誰かと共に腹を満たすという行為は、僕にとって新鮮であり、何より安心感を得られたからだ。兄には情報を教えてくれたことへの感謝、香蕉には料理を作ってくれたことへの感謝、そしてひとみには看取ってくれたことへの感謝を伝えた。


四番目の出会いは不意に訪れた。


「ピンポーン」


インターフォンが鳴り響く。


「あ、帰って来た!」


香蕉はそう言った後、席を立ってエントランスへと向かった。


暫くすると、香蕉と大人の男の人の話し声が聞こえた。


「帰ってきたぞ〜」


香蕉がドアを開けると、僕はもう一人と目が合った。その瞬間、僕はいきなり激しい頭痛に襲われた。それはまるで僕の脳が、いや記憶が暴走しているかのようだった。


「おかえりなさい」


ひとみも兄も、歓迎するかのようにそう言い放った。僕はまだ激しい頭痛に襲われており、思わず頭を抱え込んでしまった。


「だ、大丈夫!?」


香蕉が僕の様子を心配すると、彼もまた少し心配そうに僕を見つめ、鞄から何やら取り出した。


「頭痛薬だ。これを飲みなさい」


僕はそう言われたので、カプセル状のものを二錠飲み込んだ。するとまるで魔法のように頭痛が和らいでいった。とんでもなく即効性のある薬なのかと驚愕した。


「ありがとうございます」


僕は四回目の感謝を述べた後、じっくり彼の顔を見つめた。曖昧な記憶を頼りに、確かに彼は僕の瞳に映っていた人だと確信した。


「私を見て頭痛を起こしたという事は、君はまだ記憶の部分が混乱しているようだね。少し安静にしなさい。昼過ぎにまた君の元に行くよ。積もる話も沢山あるだろう」


そう言うと、彼は微笑みを浮かべ、どこかへと行ってしまった。


「もう分かっていると思うが、彼が俺達の仮初の父だ。ここにいるみんな彼に拾ってもらったんだ」


そういう事だったのか、と納得した。僕だけじゃなかった。兄もひとみも香蕉も、みんな僕と同じいわゆる孤児だったのだ。






僕は昼まで安静し、彼が来るのを自室で待っていた。


「コンコン」


ドアをノックする音が聞こえたので、部屋に入るよう促した。


「やあ」


「こ、こんにちは」


彼はドアを閉め、僕が座っているベッドに腰を掛けた。


「改めまして、ようこそ名も無き孤児院へ!行雲君」


行雲君とは誰のことなのか。僕は彼にそう尋ねようとしたが、何となく察してしまった。


「もしかして、僕の名前…ですか?」


そう言うと、彼は何とも言えない表情を見せた。


「そうか。そう言えばまだ君には言ってなかったね。そりゃそうだな、ちゃんと話すのはこれが初めてだからな」


彼は話を続ける。


「君の名前は行雲だ。名字は、ええと…塩田だったっけな。私が勝手に名付けたから、嫌だったら他の名前でも構わない。でも名前が無いのは不便だろう、だから私が名付けさせてもらった」


もしかして、みんなの名前もこの人が名付けたのか、と聞こうとしたが、彼はそれを察するかのように話を続けた。


「ここにいるみんな君と同じように元は一人ぼっちだったんだ。だからみんなをここに集めて、この家を孤児院として、美味しい食事にふかふかのベッドを与えようと思ったんだ。だからみんなの名前は私がつけたんだよ」


最初は誘拐犯だと思ってはいたものの、実際は心優しい孤児の味方だったのだ。いや、一応誘拐犯に違いはないか。


「行雲。これはコードネームのようなものだと思ってもらっていい。君にも親がいたんだ。本当の名前もあるに違いない」


親。僕が初めて自分の親について意識したのはこの時が初めてだったのかもしれない。僕がいるのだから、僕を生み出した親がいるはずだ。そして、僕のことを少なくとも最初は可愛がって名前をつけてくれたに違いない…。


「本当の名前…」


僕は感傷に浸ってしまい、儚げな表情をしていたに違いない。


「…君も、自分の本当の名前を知りたいと思うかね?」


君も、ということは、他のみんなも心の中では自分の本当の名前を知りたいと思っているのだろうか。


「真実を、知りたいです…」


僕は少し力強くそう言い放った。彼はまた微笑みをこぼした。まるでお父さんが我が子に向けるような笑顔で。






その日は、自分の本当の名前について一日中考えていた。行雲という名前は自分らしくとても気に入ってはいたが、もし自分に本当の名前があるのなら、それを知りたいという気持ちが溢れてやまなかった。親についても考えた。恐らく僕は見捨てられた。でも、それでも、世界に唯一の親だ。会いたいという気持ち、ただそれだけしか心の中に無かった。


「成田真之介さん…」


ふと僕は彼の名前を呟いていた。申し遅れたと彼が当たり前のように僕に告げた彼の名前に、僕は羨望の眼差しを向けていたに違いない。






「…もし彼が僕のお父さんなら良いのに」

【塩田行雲】

年齢:16

血液型:B型

誕生日:7月20日

優性感覚:嗅覚

好きな飲み物:珈琲

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