転生ストーカー
藤 巳之助。それが僕の名前。
本来ならば高校2年生として、バラ色の青春時代を送っている筈なのだが、どうしたわけか今は異世界の砂漠を当てもなく彷徨い歩いてる。
「暑い、死んじゃう。」
水も尽きて喉もカラカラ、転生した時の意気揚々感は今の僕には無い。救世主と煽てられて調子に乗り、大した準備もせずに魔王退治の旅に出発、それで砂漠越えをしようなんて、正しく馬鹿であった。考え無しで突っ走る僕らしいといえば僕らしいが。
もう三日も何も食べてない。普通なら、そろそろ動けなくなりそうだが、体は倒れるギリギリを維持している。クソッ、なんという拷問だろうか?
元はと言えばあの女が・・・いや、考えるのはよそう。もう居ない相手のことを考えるなんて非効率じゃないか。それよりも一刻も早く砂漠を抜けるのが先決だ。
と、そんな折、パッカラパッカラと後ろから音が聞こえて、振り向くとラクダに似た生き物の集団が僕の方に掛けて来ていた。背には人が乗っているようで、最初は幻かと思ったが、近づくにつれてしっかりと見えたので、どうやら本物である。
良かった。これで助かるかもしれない。と、楽観的になるのが僕の悪い癖である。
ラクダに乗ったターバンを巻いている色黒の人達の人相は悪く、明らかに分け与えてくれる善人ではない。どちらかといえば奪う側の悪人である。
僕は逃げようとしたけど、砂漠で足は取られるし、ラクダの移動速度に勝てるわけもなく、あっという間に取り囲まれてしまった。
「よぉ、兄ちゃん。単刀直入に言うぜ。身ぐるみ置いて失せな。じゃなきゃ殺すぜ。」
本当に単刀直入だ。非常に素晴らしい。痛いのはゴメンなので早速僕は服を脱ぎ始めた。転生者の僕だが戦闘力は全く無いのである。
「おっ、話が早くて助かるぜ♪」
「はい、だから命だけは助けてください。」
こう言っておけば痛い思いはせずに済む筈だ。丸裸の僕なんか殺しても何のメリットも無い筈だし。
何事も平和が一番だ。
けれど、事態はここで驚天動地、急転直下の展開を見せる。
「ようやく見つけたわ♪」
僕の耳元で囁かれた少女の声。その声を聞いた瞬間、僕は体の震えが止まらなくなり、冷却目的とは別の目的で出て来た冷や汗も出て、鳥肌は立ち、動機息切れ、倦怠感吐き気の症状に見舞われた。
恐る恐る振り返ると、そこには黒髪ロングの目の下にクマをたくさん蓄えた170センチを超える長身の女の子が立っていた。
「つ、終席 斜陽さん。」
「はい、アナタの斜陽お姉ちゃんだよ♪」
ニッコリと笑う彼女はあり得ないほど口角が上がっており、特長的なギザギザの歯がキラーンと光っている。
終席 斜陽さんは転生前の僕のストーカーである。学校の廊下で彼女が落としたハンカチを拾って「落ちましたよ」と手渡した、ただそれだけで惚れられてしまった。何でだ!?と直訴したいけど、誰に訴えればいいのか分からないので不毛なことはやめよう。
斜陽さんは僕の家の合鍵を作って、留守の時を狙って勝手に僕の家族全員分の食事を作ってくれたり、僕の散らかった部屋を片付けてくれたり、僕の好みを熟知したアダルトDVDを家のポストに投函してくれたりと、斜め上を行くストーカー行為を繰り返してくれたので、僕の精神は一気にズタボロにされた。
もちろん僕のことを追跡するという、ストーカーの王道行為もやってくれていたので、僕は思い切って彼女にストーカー行為を止めるように言うことにした。人気の少ない街の路地裏で。
「斜陽先輩やめてください!!僕は迷惑してます!!」
ちなみに斜陽さんは高校三年生で僕の一つ上である。
「あら?私の愛届いてない?そんな甲斐の無い話ある?」
シュンとした彼女だが、そんなのは僕の知ったことではない。
「いや、狂気しか届きませんよ。今後一切僕に関わら・・・」
関わらないでください。そう言おうとしたのだけど、斜陽さんが刃渡り30センチほどの出刃包丁を何処からともなく出してきたので、僕の口は閉口してしまった。
「なら、今、直接届けるね♪私の愛♪」
「ちょ!!ちょっと!!」
嫌がる僕を無視して、斜陽さんは一気に僕に近づき、首に一閃。頸動脈を切断され、僕の首からは血がビューーーー!!と吹き出した。その瞬間「あぁ、僕は死ぬんだ」と理解した。
意識が段々と薄れゆく中、斜陽さんが「私もすぐに後を追うから♪」と言った気がした。
というか言ったのだろう。
そして有言実行で後追い自殺して、あまつさえ僕の転生した世界に転生するというミラクルストーキングをかまして、今僕の目の前で盗賊たちを血祭りに上げているというわけだ。
「ぎゃあああああ!!」
もう斜陽さんと戦う意志はなく、逃げ惑う盗賊達。そんな盗賊達を斜陽さんは次々に殺害していく。
「巳之助君、待っててね♪今、皆殺しにするから♪皆殺すから♪」
その後、盗賊30人を全て皆殺しにし、返り血で真っ赤になった斜陽さん。
「いやぁ、殺した殺した♪」
砂漠も綺麗に真っ赤に染まり、彼女の猟奇さをいっそ引き立てた。
「おぇえええええ!!」
吐くものなんて無いのに僕は吐き気が止まらない。理由なんか言う必要ある?
「じゃあ♪最後は巳之助君♪また私の愛を受け止めて♪」
「おぇ、はぁはぁ、普通に嫌です。」
「またまた♪天の邪鬼の欲しがり屋さん♪」
「相変わらず言葉が通じない。」
と、斜陽さんは再び僕との距離を一気に詰め、今度は正確に僕の心臓を一突きにした。そして彼女は容赦なく出刃包丁を引き抜いた。血が勢い良く吹き出す。
「ゴハッ!!」
「大丈夫♪また後を追ってあげるから♪うふふ♪」
うぅ、メチャクチャ痛い・・・だが痛いだけだ。
胸の傷からおびただしい血が絶賛流れているけど、うん、死にはしない。
「あれ?どうして死なないの?」
不思議そうな斜陽さんに僕は説明してあげた。
「僕は転生した時に【不死】のスキルを貰ったんです。だから死にたくても死ねません。」
そうなのだ。だから3日何も食べずに砂漠を歩けたってわけだ。辛くても苦しくても死ぬことはない。安心安全だ。
「そうなの♪なら何回も愛してあげられるね♪」
「いやいや、やめてくださいよ。」
僕は拒否したのに、斜陽さんは何度も包丁で僕をブスブスと滅多刺しにしてくる。痛い、痛い。痛覚はあるのでやめてくれ。
どうやら僕は異世界転生しても、ストーカーからは逃れられなかったらしい。全くもっていい迷惑だ。
こうして僕の魔王退治の旅にストーカーが付いてくることになった。
ちなみに斜陽さんは何もスキルを取らなかったが、その代わり身体能力を向上させたらしく、メチャクチャ強くなったらしい。
「これで藤君を守ってあげられるね♪」
この人から僕を守ってくれる人を急募しております。