9:〝人狩り〟
【ラ・エスメラルダ】の拠点――名も無き音楽堂。
その鐘楼から下へと続く螺旋階段を二人のエルフが降りていた。
「ちっ……だから人間は好かんのだ。弱く醜いクセに、我らと対等だと思っている。こうやって足を引っ張ることしか能が無いくせに」
そう吐き捨てたのは、弓を背負ったエルフの青年――ラゴルだった。
「……始末して良かったのですか? ベスティ司教の手の者では?」
そう声を掛けたのはラゴルの後ろを進む銀髪のショートカットのエルフ――リスラだった。
「あのまま放っておけば、何かを吐いたかもしれない。しかし、あの黒髪の男……何者だ? リスラの魔術がなければ、見られていた可能性がある」
「ギルドか、もしくはガドールの暗部でしょう」
「……ギルドだったら厄介だな」
「新支部長になって変わったのかもしれません。あの少年について一日観察しましたが、怪しい点はありませんでした。精査の魔術を使っても、やはり強さはFランクに毛が生えた程度です。流石にギルドも少年の刺客は送りこんでこないでしょう。あれは……新支部長からの貢ぎ物では?」
リスラの言葉に、ラゴルが肩をすくめた。
「……かもな。前支部長は話の分かる男だった。それを引き継ぎしたのかもしれん。だが今回の女は油断ならんと俺の勘が言っている」
「では、どういたしますか?」
「予定を早める。あいつは地下送りだ。ギルドには適当に魔物に喰われたとでも報告すればいい。すぐに黒市場に卸すから、準備しておけ」
「かしこまりました」
「今、何人だ?」
「十五人です。売れそうなのは――彼を合わせて七人ほどかと」
その言葉を聞いてラゴルが邪悪な笑みを浮かべた。
「くくく……これでまた我らのエルフ族の悲願に一歩近付いた。それまでは……貴様の悪趣味に付き合ってやるさ、ベスティ」
その呟きは、夜になりつつあるトリオサイラスの空へと消えたのだった。
☆☆☆
「……やっぱりこのまま近付くのは厳しいか」
音楽堂の近くまで来たブレイグだが、見れば鐘楼に見張りが立っており、音楽堂の周囲にも数人のエルフが周囲を警戒していた。
自分が出た時にはあれほどの警備をしていなかったところを見ると……やはり先ほどの酒場での騒動を既に察知していると思って間違いないだろう。
「……しかしこっちからは見えずに、どうやってあんな狙撃を? 考えられるとすれば遠隔視覚だが……あれは……いやありえないか」
考えても仕方ないと思い直して、さて、どうするかと一瞬悩む。
「はあ……嫌だなあ……」
珍しく、ブレイグがそんな弱音を吐きつつも、それしかないことも分かっていた。
「はあ……」
ため息をつきながらブレイグが手を払うと、彼の身体が再び黒いオーラに包まれた。
「……やるしかないか」
再び少年の姿となったブレイグが大きく深呼吸すると、ゆっくりと音楽堂へと向かっていく。
「ん? お前は……今日入った」
警備のエルフがブレイグの姿を見て、怪訝な顔をした。
「えっと、リスラさんに言い忘れてたことがあって……」
「……ああ。なら入るといい」
そのエルフにお礼を言うと、ブレイグが音楽堂に中へと入っていく。
中で、エルフ達は仕事終わりなのか、思い思いの方法で寛いでいるが――リスラの姿が見当たらない。
ブレイグがキョロキョロしていると――その肩が掴まれた。
「う、うわっ!」
「どうした、ブレイグ」
ブレイグが振り返ると――そこにはラゴルが立っていた。
「あ、えっとリスラさんを探してて……」
「……そうか。丁度良い。彼女も君を探していたんだ」
「へ?」
「俺が案内してやろう――こっちだ」
ラゴルが有無を言わさず、ブレイグを連れて音楽堂の奥へと進んでいく。
まさか勘付かれたか……? そうブレイグは疑いつつも、それにしては少し態度が違うような気がした。
とにかく、この音楽堂の奥に入れるチャンスだ。あわよくば地下へと続く入口を探そうとキョロキョロしていると――細い通路の先に、小さな鍵盤が置いてあるだけの空間があった。
「ここは?」
「ああ、少し待ってろ」
ラゴルがそう言うと、鍵盤を叩き始めた。それが軽快な音を鳴らすと――横の壁が静かに開いていく。
「隠し扉……?」
「その通りだ。さあ、我らの仲間になったお前に、特別に見せてやろう」
その隠し扉の奥は下へと続く階段になっていた。
「この先は、本来なら本隊のしかも一部の者にしか見せない場所だ」
その言葉に、ブレイグは盛大に嫌な予感がしたのだった。もしかしたら……想定よりも早く、この時が来たのかもしれない。彼は耳を掻くフリをして耳に手を当て、魔力を込めた。
脳内にあの声が響くが無視する。
それからしばらく無言で階段を下り続けると――やがて細い通路へと辿り着いた。
その通路の左右は――牢獄になっていた。
「ここは……?」
「商品置場だよ。さあ、こっちだ」
ラゴルが通路を進んでいく。ブレイグが牢獄を見ると、そこには――色んな人種の女子供が鎖に繋がれていた。
「あの人達は……」
「言ったろ? 商品だと。リスラはこっちにいる」
通路の先は鉄扉になっており、それを通り抜けると、その先はまた同じような細い通路と牢獄が連なっていた。中にはいるのは同じく、痩せ細って、目から光が消えている子供達だ。
「この人達は……どうしたんですか」
「ん? ああ、彼女達は全員難民さ。この街に流れ着いたところを――掠ってきただけだよ。我ら【ラ・エスメラルダ】の本職は〝人狩り〟でね。冒険者はそれの隠れ蓑に過ぎない」
「掠ってどうする気ですか」
「もちろん、売るに決まっている」
通路の奥にある扉の前に二人が辿り着く。その開け放たれた扉の奥からは――強烈な血の臭いが漂っていた。
「それは人身売買ではないですか? だとしたら……重大な国際法違反です」
ブレイグの言葉に、ラゴルがピタリと足を止めると振り返る。
その顔には――邪悪と言って差し支えない、歪んだ表情が浮かんでいた。
「人身売買……? おいおいおい、勘弁してくれ! ここのどこに人がいる!? ここにいるのは、家畜以下の肉袋だ。俺は全く興味ないが、世界には好き者がいてな! こういう後腐れない肉袋を愛でたり虐めたりするのが好きな狂人が意外と多いのさ! 人間ってのはいつの時代も愚かだよなあ!?」
「酷い……こんなこと、許されません」
「くくく……お前が許そうが許すまいが……関係ないさ。弱者は強者に搾取され虐げられる。それが世界の理だろ? そして――お前は弱者だ!」
ラゴルが突如、雷の如き速度で手を伸ばし、ブレイグの首を掴むとそのまま横の壁へと押し付けた。
「ア……がっ!」
後衛職である弓士だが、当然Aランク相当になると弓を引く筋力も異常であり、ブレイグの小さな身体はあっさりと持ち上がった。
「くくく……お前のようなガキは特に高く売れるんだよ! ダキアス人は一部の人間になぜか高く売れるのさ!!」
「は……な……せ!」
「我らがエルフの悲願を達成するには……金がいる。お前らだって獣を狩ってその肉を得て生計を立てる者もいるだろ? それと同じだよ!!」
そう言って、ラルゴがブレイグを扉の奥へと投げ飛ばした。
「がはっ!」
その部屋には――テーブルが設置されており、その脇には、解体導具が並べられていた。ブレイグは壁にぶつかり、血と臓物で汚れている床へと倒れた。何とか立ち上がろうとするが、背中を強く打ったせいで呼吸ができず、苦痛が走る。
部屋の隅を見れば――骨が積み重なっていた。
「あれは……」
「あれは残念ながら、売るに堪えない商品を処理しただけだよ。なに、死んでも肉や臓物は一定の需要があるからな。ああ、心配せずともお前を解体する気はない」
「な……にをするつもりだ……」
ブレイグは何とか立ち上がったが、たったあれだけの衝撃でもう身体が言う事を聞かない。そして、右耳につけていた魔力通信機が壊れたことに気付き、そっとそれをテーブルの下へと捨てた。
とはいえ……ここまでは想定通りだが……予想以上に厄介なことになっていることは分かった。
だから、どう動くべきかブレイグが迷っていると――
「さあ、始めようか――リスラ」
「え?」
その言葉と同時に振り返ったブレイグの視界に、申し訳なさそうな顔をしたリスラがいつの間にか現れていた。
「ごめんね?」
その言葉と共に金槌が振り下ろされ――ブレイグの意識は暗転したのだった。
ブレイグ少年、ピンチ?