6:査定開始
三国都市トリオサイラス――紺碧街
「……ぶ、ブレイグです! よろしくお願いします!」
【ラ・エスメラルダ】の拠点となっている、とある寂れた音楽堂に――少年の声が響いた。
まだ十代前半なのか、背は低く愛らしい顔付きをしており、顔同様、声も中性的だった。その黒髪と、子犬のような茶色の瞳は、亡国ダキアスの民を思わせた。
「なるほど……君があのいけ好かない支部長が推薦するFランク冒険者のブレイグか。随分と……幼いな。それに――ダキアスの民か」
壊れたパイプオルガンに腰掛けて、舐めるように少年――ブレイグを見つめていたのは、金髪碧眼に尖った耳の青年――Aランク冒険者パーティ【ラ・エスメラルダ】のリーダーのラゴルだった。
またブレイグから少し距離を置いたところに、同じように金髪――時折銀髪の者も混じっている――と碧眼を持つエルフ達が佇んでおり、それぞれが視線を彼に送っていた。
少なくとも悪意ある視線は今のところ感じないが、別の意味で、悪寒が走った。なぜルカがこの姿での潜入を強要したのか、今なら理解できる。
「えっと生まれはそうですが、そのあと難民になってこの街に来ました! 冒険者にはなったばかりですが、腕には自信があります!」
ブレイグは言えと言われたセリフを吐きながら、心中で、ルカの思惑を完璧に把握し、絶対に後で文句を言ってやると誓った。
だが、その顔には無邪気な笑顔を浮かべたままだ。
「ほう? ま、そこについてはあまり期待しないでおこう。我々はAランクでありまたこの街を代表する冒険者でもある。それに相応しい立ち居振る舞いが要求される――が、君にはこの徒弟制度とやらの間は予備メンバーとして活動してもらうから、さほど心配しなくていい」
「あ、はい。予備メンバー……ですか?」
なるほど、そう来たか。そう思いつつもブレイグはニコリと笑った。
「私含む、本隊とそこに空きができた場合の予備の二組にうちは分かれている。本隊の方の活動は君には少し難しいだろうから、予備の方で頑張ってもらうつもりだよ」
「わ、分かりました! 僕、頑張ります!」
「良い返事だ。では……リスラ。お前が世話役になれ」
そのラゴルの言葉で前に出てきてたのは、銀髪ショートカットのエルフだった。
「はっ! 了解しました!」
「人間だからと虐めるなよ? 彼が人間であることに罪はないのだから。それにまだ子供だ」
「勿論です」
「では、まずはこの拠点の使い方を教えてやれ。――以上で本日は解散する。本隊は次の依頼について協議を重ねるので会議室へ来るように」
ラゴルはよく通る声を出し、周囲を一通り見渡したあと奥の通路へと進んでいった。数人のエルフがそのあとについていくが、それ以外の者達はそれぞれの方向へと散っていく。
「えっと……」
ブレイグが、近付いてくるエルフ――世話役に任命された銀髪のエルフを観察する。
エルフは男女の差が非常に分かりづらく、素人目には判別がつかないという。分かりやすく胸を露出し、男であるとアピールしている格好のラゴル達はともかく、普通の服を着ているエルフについてはよほど詳しい者か、裸姿を見でもしないと中々見分けがつかない。
「初めましてブレイグ君。私はリスラ。短い間だけどよろしくね」
だが何故かブレイグは彼女が女性であると確信し、彼女が他のエルフとは少し違うことに気付いた。
しかしそれを思考する暇なく、彼女が微笑みを浮かべながら手を差し出したので、ブレイグはそれをゆっくりと握る。柔らかく細い手に、微かに香るのは甘い乳香の匂い。
「よ、よろしくお願いします!」
ブレイグは思わず赤面しそうになるのを誤魔化すように声を張り上げたのだった。
くそ、身体を変えると、どうも精神までそっちに引っ張られてしまう……そうブレイグは心の中で愚痴った。
だがむさ苦しい男ばかりで、暴力と虐めしかなかった【撃破する戦槌】の時と比べたら――まだ見た目が良い分だけこっちのがマシだと思い直す。
「ふふふ……緊張しなくても大丈夫だよ。エルフは他種族が大っ嫌いだけど、種族問わず子供には優しいから。さ、こっち」
「はい!」
こうして、ブレイグの潜入調査は開始されたのだった。
☆☆☆
冒険者ギルド、トリオサイラス支部、支部長室。
『無事、潜入開始したそうですね。ですが、ルカさんも無茶させますね~。形態変化は著しく能力を制限するみたいですし』
デスクの上の魔導具から聞こえるオペレーターの声に、デスクワークを片付けながらルカが応える。
「仕方ないじゃない。ああでもしないと、あいつら徒弟制度を受け入れないし。ま、でも丁度良いわ。彼には潜入以外にも動いてもらうつもりだから、普段の姿で堂々と活動させられる」
『そこまでして調査する必要があったということですね。あー、私も見たかったなあブレイグ少年。ふふふ、彼らの中に送りこむぐらいですから可愛い顔をしているのでしょ?』
「……貴方もそういう趣味だったのね」
筆を止めたルカが呆れたような声を出した。
『まさか。私は年上の落ち着いた人の方が好きですよ』
「ブレイグが好きと」
『そうは言ってません!! もう……』
「とにかく、【ラ・エスメラルダ】については、功績、実績共に文句なし。Sランク昇格に賛成している幹部も多いと聞くけども……やはり黒い噂が絶えない」
『人身売買に関わっている可能性がある……でしたっけ』
「下手したら、もっととんでもないものが出てくる可能性があるわ。だから――ふふふ、精々期待しましょう、ブレイグ少年とブレイグおじさんに」
そう言って、ルカは笑ったのだった。
『やっぱり面白がっているじゃないですか……』
その言葉を聞きながら、ルカは窓の外に広がるトリオサイラスの街並を見つめた。
周辺三国の文化や建造物によって色分けされた三区画はこうして見ると平和で美しい光景だ。
しかしその下に深い闇が蠢いているかもしれないと思うと……ルカは素直にその光景を受け止めることが出来ず、ため息をついたのだった。
ブレイグ少年の調査が始まります! ちゃんとおっさんブレイグも活躍するのでご安心を