11:目を閉じるな
「っ!!」
ブレイグの姿を見て、数秒固まっていたラゴルだったが――彼はすぐにオークション会場へと繋がる扉の方へと駆けた。
「流石にAランクともなると、状況判断が早い。俺に近距離では敵わないとみて逃げたか。プラス十点だ」
のんびりブレイグがそう言っている間に、ラゴルが扉の奥へと消えていく。
「ななな……なんだお前!? どういうことだ! さっきの爆発はなんだ!?」
「に、比べてお前はダメだなベスティ。ここでそれを俺に聞いて何か安心材料を得られるのか?」
「……あああ!! 逃げな――ぎゃっ!」
ベスティはそこでようやく通路へと続く扉へと手を掛けたが――その瞬間、扉が勢いよく開き、ベスティの顔面を直撃。
彼はそのまま後頭部から床に倒れて泡を吹いて気絶した。
「ん?」
その扉から、不可解そうな顔をして入ってきたのは――
「ルカ!? なんでお前ここに」
それは受付嬢の格好をしつつも手には刃が黒く塗られたダガーを持つブレイグの相棒――ルカだった。
「ブレイグさん、ご苦労様でした。おかげさまでここに踏み込めましたよ」
「やっぱり……あの魔力通信機、俺の位置まで分かる仕組みになっていたんだな」
「はい。そして貴方が魔力通信機をつけっぱなしにしてくれていたおかげで、ラゴルがここに関わっている決定的な証言も記録できました。Aランクと言えどすぐに処罰許可が出ました」
ブレイグは肩をすくめるだけで何も応えない。狙い通りの展開なので文句はなかった。
ルカが言葉を続ける。
「今、ギルドの戦力とこの街の冒険者に各入口から突入させています。この闇市場に関わっているやつらは一網打尽でしょう。ただし、【ラ・エスメラルダ】の抵抗が思いのほか激しく、紺碧街側の入口はまだ確保できていません」
「ラゴルの奴もそっちに逃げたぜ多分」
「では、追ってください。ですが、囚われている難民達の安全を最優先してください――人命第一です」
「了解だ。ちと、勝手な約束をしてしまってな。言ったからには……やらねえと」
ブレイグはそう言って、あの綺麗な瑠璃色の髪を持つ、絶望に慣れてしまった少女の顔を思い浮かべた。
「……珍しいですね、貴方が他人に興味を持つなんて」
「うるせえ。そいつは頼んで良いか?」
ベスティへと視線を向けつつブレイグが左手を差し出した。
「ええ。勿論です。では緊急事態なので、あれこれ省力しますが――対象冒険者に対する生殺与奪権を一時的に付与、および【零式拘束術】の50%までの解除を許可します」
ルカが右手からブレイグの左手へと赤い紋章が移る。
「うっし。あのクソボケエルフ共に引導を渡してやる」
「……ねえブレイグ」
「ん?」
普段は自分に対して敬語口調なルカの言葉の変化にブレイグは気付いた。それはルカが仕事抜きで何か言いたい時の口調であり、ブレイグはその言葉の続きを促した。
「我が儘を言うようだけど……他の連中はともかく、ラゴルの生死については――彼女に任せて欲しいの」
☆☆☆
「くそ……やっぱりあいつが!! くそ!!」
悪態を付きながらラゴルが駆ける。オークション会場は大混乱に陥っていた。逃げ惑う客達と、雪崩れ込んでくる冒険者と思わしき一団。そしてそれに抵抗する、自分の部下やベスティが雇った傭兵達。
「なぜここの場所がバレた!!」
ラゴルは素早く会場を見渡して、最も混乱が少ないところが――自分達の音楽堂へと繋がる通路付近だと気付くと、すぐさまそちらへと向かっていく。
当然Aランクの力を持つ彼がこの場で戦えば、ある程度戦況は変わるのだが――彼はもはや保身しか考えていなかった。
「まずはスールレイラまで逃げて、ほとぼりが冷めるまで潜伏するしかない……くそ!! これまでの努力が!!」
彼が通路側へと辿り着くと、そこには見慣れたエルフが立っていた。
「ラゴル様! 無事でしたか!」
「リスラか! どうなっている!?」
「音楽堂が攻撃を受けていますが同胞達が何とか耐えています!」
リスラのひっ迫した顔を見て、ラゴルは素早くどう動くべきか計算する。
「すぐに上に戻って、音楽堂の包囲網を突破、トリオサイラスを脱出する!」
「はい! あ、商品達は?」
「捨て置け! ……いや、あのダークウッドのガキだけ連れていく。あれは金塊に等しい価値がある。今後の資金源になるかもしれん。俺が連れて行くからお前は先に上にいけ!」
「……分かりました」
リスラが先を行くのをみて、ラゴルが商品を放り込んでいた部屋へと向かう。襲撃のタイミング的に、まだ売りに出されていないはずだ。
「ひっ!」
「邪魔だ!!」
ラゴルの姿を見て、驚いた難民を蹴飛ばし、オークション会場へ続く扉の近くで待機していた瑠璃色の髪の少女を見付けると、その細い腕を掴んだ。
「来い!」
「いや! もう地獄はたくさん!」
少女が反射的に抵抗するも、ラゴルがその首を掴んで持ち上げた。
「抵抗するなクソガキが!!」
「あ……がっ……息が……」
少女――シルは黒く染まりつつある視界の中で、まるで走馬灯のようにこれまでの地獄のような日々が脳内を駆け巡った。
生きていたところで、この後も地獄しかない。そう諦観していた彼女はむしろ早く殺してくれと願った。
どうせ自分は、五年前のあの日に死んだのだから。
だから早く。
少女は抵抗するのをやめて目を閉じた。否、閉じようとした。だがその時、脳裏にあの少年の言葉がよぎったのだった。
希望は――叶うと。
「……嘘つき」
だから、シルは涙を流しながらそう呟いたのだった。
その最後の呟きに、しかし応える声があった。
「目を閉じるな――シル」
そんな、聞き覚えがあるようなないような声と共に、浮遊感。
「ぎゃああああ!? 腕が!! 腕があああああ!!」
暖かい液体が自身に掛かるのを感じると同時に、誰かが自分を再び抱える感覚。目の前で、両腕がまるでボロ雑巾のようにズタズタに引き裂かれたエルフの男が悲鳴を上げている。
そして抱えられたシルは返り血を浴びてなお美しい紫色の瞳で、自分を抱えている存在を見上げた。
それは彼女の知らない男性だったけれど――すぐにそれが誰か分かったのだった。
だから確信を持って、その名前を呼んだ。数分にも満たない時間の中でのやり取りしかしていないのに――なぜかそれが妙に印象に残っていたあの少年の名を……。
「……ブレイグ」
「おう。助けにきたぞ――シル」
そう言って、ブレイグはニカッと歯を見せて笑ったのだった。
ラゴルさんもこうなるともう終わりですね。
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ドラキュラ公、異世界へ行く ~ニンニクも銀も十字架もない世界だけど、相変わらず日光はアウトなので日の差さないダンジョンに潜ることにした。弱点が消えるダンジョン内では無敵なので気付けばまた英雄扱い~
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