10:黒市場
ブレイグが目覚めると、そこは狭い暗い部屋の中だった。奥にある扉の下からは、声と明かりが漏れている。
周囲には、手錠が掛けられた難民達が七人ほど、絶望したような顔で俯いていた。そしてブレイグはようやく自分も手錠が掛けられていることに気付いた。
「……案の定、魔力錠か」
それは――持ち主の魔力を吸い取って錠を硬くする魔術が込められており、魔力のあるものほど手錠を自力で外すのが困難になる仕組みだ。
少年形態でなければ簡単に引き裂けるのだが、それを解除する為の魔力が使えない。
「参ったな……ま、なるようになるか」
ブレイグが諦めて、手錠の掛かった手を頭の後ろにやって壁にもたれかかると――隣から声が掛かった。
「あの……君は……?」
それは珍しい瑠璃色の髪に、紫色の瞳を持った少女だった。
それを見たブレイグがおそらくこの街に来て初めて――素で驚きの表情を浮かべた。
「っ!? エルザ!?」
「え?」
「……いや、ごめん。人違いだった。おれ……じゃなかった僕はブレイグ。見ての通り、あのクソボケエルフ共に嵌められたのさ」
ブレイグがそう言うと、少女が笑った。
「……ふふふ。私はシル、見ての通りダークウッドの出身だよ。ねえ、ブレイグは怖くないの?」
「何が?」
「だってこれから私達――売られちゃうんだから。あの扉の先はオークション会場。誰に競り落とされたところで……待っているのは地獄」
その言葉に、周囲の難民達が嗚咽を漏らす。
「……そういう君こそ、怖がっているように見えない」
「これまでも地獄だったからね。今さらだよ。願わくば――安寧なる死を」
その少女の紫色の瞳には光はない。
「……なあ、シル。君は助かったら何をしたい?」
そんなブレイグの言葉に、シルが首を横に振った。
「やめて。叶わない希望を見せるのは残酷だし……口にしたら覚悟が消えちゃいそうで怖い」
「俺は――煙草が吸いてえ」
「え?」
その言葉に、疑問を抱いたシルだったが――
「おい、次はお前だ! 精々愛想良くしろよ? じゃねえと……肉屋行きだからな」
やってきたエルフ――ブレイグは見覚えがあったのでおそらく【ラ・エスメラルダ】の一員――がブレイグの体を掴むと、そのまま引きずっていく。
「さようならシル。君の希望が何か分からないが――きっと叶う」
ブレイグは引きずられながら――そうシルへと言葉を残し、扉の向こうへと消えたのだった。
☆☆☆
トリオサイラス地下――〝黒市場〟
「さあさあ次は本日の目玉その一!! あの竜に呪われた土地からやってきた……美少年!」
そこは薄暗い会場であり、座っている客達は全員が仮面を被っていた。
そして舞台の脇で進行役が声を張り上げていた。
「そう! かの亡国ダキアスの民です!」
その言葉に会場が盛り上がり、その最高潮で――舞台の上に、エルフに連れられて黒髪の少年が現れた。
「素晴らしい仕上がりです! 心身ともに健康であり、出品者であるエルフ達からは、〝狩りたてほやほやであるため反発心がある〟、とのコメントもあり、調教好きにとってはかなりの上品かと思われます! さてこの商品にはついては、特別品であるため、最低価格五百万エドからスタートします!」
会場では十数人の客達が値をつり上げていく。
それを見ていた痩せぎすで背の高い男が、隣に座る肥えた男性へと声を掛けた。彼らはカラスを象った仮面を被っており、体には聖職者が纏うといわれる聖衣を着ていた。
「司教。よろしいのですか? ダキアスの民であれば……例の供物にうってつけですが」
「分かっている。どうせもっと上がる。今は静観だ」
その言葉は冷静だが、目は暗く濁っており、まっすぐに舞台の上に立つ少年を見つめていた。
「はあ。しかし、出品者がラゴル達なら直接買い取れば良かったのでは?」
「あいつらに借りを作るのは好かん」
「まあ、金ならいくらでもどうにでもなりますしね……」
そんな会話の間にも、金額はどんどんつり上がっていく。
「さー、ついに一千万に到達しました! 他にいらっしゃいませんか!? 亡国ダキアスの民ですよ!?」
司会進行役の言葉に、ついに座っていた男が手を伸ばして、低く通る声でこう宣言した。
「――二千万だ」
その言葉に、ここまで金額を争っていた客達がため息と共に沈黙する。
「おおっと!! ついに動いたか! 二千万! 二千万エド! 他にいらっしゃいませんか!? では――落札!」
会場に、木槌の軽快な音が響き渡った。
そして少年は、舞台袖へと消えていった。
「さて……次の目玉商品です! なんともう既に絶滅したと言われるあのダークウッド出身の少女です! その美しい髪色と瞳は生きている宝石とも言われ――」
オークションが進むなか、少年を落札した男が立ち上がった。
「すぐに手続きを行って引き取るぞ。帰ったら――早速使う」
「はい……もちろんです」
二人が後ろの扉からオークション会場を抜けると、手続きを行う部屋へと向かった。
「お待ちしておりました……ベスティ司教」
そこで待っていたのは、手錠を掛けられた黒髪の少年と――その出品者であるラゴルだった。
「ふん、どこで見付けてきた。まさか偽物というわけではあるまいな?」
「流石の我らでも髪色はともかく瞳の色までは誤魔化せません。この茶色の瞳はダキアス唯一無二ですから」
「ふむ。すぐにバレる嘘をつくほど、愚かではないか」
カラスの仮面を脱いだ肥えた男――ベスティが欲望と闇が入り交じった視線を少年へと送った。
「ふふふ……素晴らしいな。まるで芸術品だ。これを壊すのは……あまりに惜しい。さっさと手錠を外して付け替えろ。すぐに連れて帰る」
「……一応、冒険者もどきなので、噛み付かれないように注意して下さいよ? 責任は負いませんから」
「ふん、こんなガキに遅れを取るか」
ベスティがそう言って、ラゴルから受け取った鍵で、手錠を外すと、持ってきていた別の手錠を掛けた。
「さて……逆らおうなんて考えないことだ。ニルイス、支払いを済ませろ」
「はい」
ベスティが痩せぎすな部下――ニルイスへとそう命じている間に、少年は掛けられた手錠を見てため息をつくと、隣にいるラゴルへとこう言葉を発した。
「……僕は貴方のパーティのメンバーのはずです。こんなことは……許されません」
「この期に及んで何を言うかと思えば……貴様なんぞ最初からメンバーだなんて思ってない」
「少なくとも……リスラさんはそう接してくれていましたよ?」
少年の言葉に、ラゴルが表情を歪めた。
「リスラ……? お前、あいつに殴られたのを覚えていないのか!? 馬鹿が! 誰も最初からお前をメンバーなんて思っちゃいない!」
「……それはつまり僕はもう【ラ・エスメラルダ】から、追放されたということですか?」
「そうだ!」
その言葉を聞いて……少年がにやりと笑った。
「であれば――査定は終了です」
「は? お前は何を言っている」
「おい、ラゴル、こいつちょっと頭がおかしいんじゃな――なんだ!?」
ベスティの言葉の途中で、爆発音と共に部屋が揺れた。遠くに聞こえるのは悲鳴と叫喚だ。
「やっとかよ……じゃあ、もういいか――これが、魔力錠じゃなかったのが、あんたらの運の尽きだよ」
少年がそう言って、手を動かすと――黒いオーラに包まれた。
「なんだ!? 何が起こっている!?」
「しまった――お前魔術師か!?」
ベスティとラゴルの言葉と同時に、目の前に現れたのは黒髪の男性――ブレイグだった。
彼は、いとも簡単に手錠を引き裂くと懐から煙草を取り出し、それに火を付けた。
「さて……査定結果を伝えるまでもなく――お前ら全員失格だ。覚悟は……良いな?」
【ラ・エスメラルダ】編も終盤です。ざまあ、そしてブレイグさんの正体が明らかに?