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牛乳配達員

 夜も明けきらぬ朝靄の中を切り裂いていくライトがある。それは牛乳配達員のものに違いない。彼が配達の仕事をするようになったのは、高校を卒業した直後である。

 親戚はドラマに出てくるような悪魔の形相で彼をぶったりはしなかった。寧ろ無償の愛を注がれたと言えよう。

 成績が良くないことはなかった彼だが、

「ねえ、できたかも」

 訴えかけるような瞳に映る戸惑う自分を隠すように彼はそっと手を広げた。すっぽりと腕におさまる彼女の温もりが、これまで以上に大切なものに思えてきた。

 戸棚の参考書は横から見ると、すりきれたページと新しい部分にはっきりと分かれていて、彼はそこで夢に終わりを告げた。

 もうすぐ配達を終えようというとき、彼は一軒の借家で止まった。泣き声が聞こえ、しばらく耳をすませていた彼は、ポストに牛乳瓶を置いた。頼まれてはいないけれど、なぜか彼はそうしたかった。

 家に帰ると彼女がこたつで待っていた。作業着を脱ぐのもそこそこに、彼は膨らんだお腹にそっと寄り添った。朝の疲れがあっという間に吹き飛んでいくような気がした。

 ご飯をかきこむと、彼は建設現場に向かわねばならなかった。玄関で手を振り笑顔で出ていった彼は永遠に帰ることはなかった。

 やがて春に産声を上げた男の子は、父親の愛情を知らずに育った。しがみつく母親の腕を突き飛ばしてまで、夜な夜な街を練り歩いた。酒に飲まれて帰宅しては、昼過ぎまで寝ていた。

 いつものように泥酔した日、まだ辺りは暗い明け方にふと目を覚ました。タイヤの滑る音が軒先で止まった。そして玄関に置いた牛乳瓶を回収している男を見つけた。男もまたこちらを見た。

「すいませんねえ。配達するお宅を間違えまして、本日の分はないんです。お詫びはしますから」

 作業着の男は深くお辞儀をした。不思議と怒りの感情はなかった。そして男はバイクに跨がって行こうとする。

「待ってくれよ」

 彼は思わず叫んでいた。

 振り返った男はしかし微笑んだまま去っていく。

 ほどなく母親も驚いたことに、彼は牛乳配達の仕事を始めた。やがて新入社員の女性がやってきて、

「両親は私が幼い頃、ここの牛乳を貰って元気が出たの」

 と言い、夜泣きが酷かったと、養子に入って聞かされた。

「あのとき君の家に牛乳を届けてくれたのは親切な人だね」

「代わりに届かなかった家もあるでしょうけど」

 なぜか作業着の男を思い出す。

「お詫びどころか、最高のプレゼントだ」

 妻が涙で滲んでいた。

彼が配達したのは牛乳のみにとどまらず

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