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第九が嫌いな理由

「いや違うって。交際を申し込んだんじゃなくて、これから行くところに付き合って欲しいってこと」


「なんだー」


「紛らわしい言い方しないでよー」


 他の四人は口々に文句を言う。


 詩織が文句を言われる筋合いはないだろう。どう考えても交際の申し込みなわけがない。初対面なんだ

しな。


 全く。


これだから恋愛のことしか頭にない女子高生は困る。


「ま、俺はそんな勘違いしないけどな」


「えー」


「本当ですかぁ? 先輩?」


 なんだこいつら。二年生の先輩を煽るとはいい度胸だ。


「本当だ。貴様らとは違って俺は音楽に青春を、いや、この人生を懸ける所存だからな」


「さ、さすがは硬派ですね」


「そこまでの覚悟をお持ちだとは……」


「はいはいみんなそこまで。先輩は私と付き合ってもらうんですから」


 詩織が俺の腕を取って引っ張ろうとする。


「おい、気安く触るな。そもそも、楽器はちゃんと拭いてからしまったんだろうな?」


「これからいっぱい弾くんで、拭かなくても大丈夫です」


「どこに連れて行く気だ?」


「カラオケです」


 カラオケだと?


 生まれてこの方行ったことなどない。そもそも、俺が歌えるのはモーツァルトの『魔笛』より『俺は鳥刺し』と、プッチーニの『トゥーランドット』より『誰も寝てはならぬ』くらいだ。


 カラオケにそんな曲が入っているとは到底思えない。どうすればいい?


 そんなことを考えていると、学校の最寄り駅近くのカラオケ店に着いてしまった。

「さて、弾きますか」


 部屋に入るなり詩織は興奮気味に言った。


「なんだ、歌わないのか」


「カラオケに来て最近流行りの曲歌うなんて普通でつまらないですからねぇ。ここで思いっきり二重奏曲を奏でましょう!」

「はぁ……」


 だが何を弾けばいいのだろうか。ヴァイオリンとヴィオラのデュエット曲に関しては、正直あまり詳しくない。


「これを弾きましょう!」

 

嬉々としてタブレット端末を操作し、楽譜を表示させる詩織を見ながら、俺は考えを巡らせる。


なぜ、こんなにも積極的なのだ? 


もしや、弦楽合奏部の幹部から、俺が部に戻るよう説得するように指示されているのかもしれない。そもそも会って数十分なのだし、詩織のことを信用するわけにはいかない。


「言っておくが……」


 ―俺が弦楽合奏部に戻るよう篭絡しようという魂胆なら、その手には乗らないぞ―

 

と言いかけたがやめた。

 

そんなことを言わずとも、自ら奏でる音楽で魅了し、そんな気を起こさせないのがあるべき姿だろう。

 

それができないのなら、音楽の言葉に対する敗北を認めたことになる。あの曲のように。

 

第九こと、ベートーヴェン作曲交響曲第九番。

 

俺の最も嫌いな曲だ。

 

その最終楽章冒頭では、それまで第一、第二、第三楽章で提示されてきた旋律が再現される。だが、そのどれもが、コントラバスの旋律によって否定されるかの如く打ち消される。

 

そして立ち現れるのが、あの有名な「喜びの歌」のメロディだ。それはやがて、ソリストの歌声として響き、最終的には合唱団によって歌詞付きで歌われる。


 つまり、この曲は積み上げてきた主題の提示も展開も全部ぶち壊し、あの単純なメロディをあろうことか歌詞付きで歌わせるというわけだ。これを言葉に対する音楽の敗北と言わずして何と言おうか。


 結局、音を奏でるより言った方が早いということだ。その事実を再認識させられるから、この合唱付き交響曲は嫌いなのだ。


俺は、純粋な器楽こそが至高の芸術だと信じていたい。


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