3人で四重奏
演奏が中断しない間一髪のタイミングで、俺は続く第一ヴァイオリンのメロディを弾き始めた。
それにしても、実に伸びやかな旋律だった。ヴィオラは縁の下の力持ち扱いされることが多いので、こんなにヴィオラの音が印象残ることは珍しい(俺の中では)。
すると、さっきの眼鏡女子がヴァイオリンを取り出し、第二ヴァイオリンの伴奏を始める。これでチェロ担当も居れば完璧だが、そう上手くはいかないだろう。
残る女生徒三人は、唖然として俺たちの演奏を見つめていた。
即席の三重奏だが、ギリギリのところで形になっている。俺は事前練習なしでも技術的なミスはしない。だが、無事合わせられているのは、ヴィオラ女子の力によるところが大きい。彼女の音が、羅針盤のように俺たちを導いてくれる。
なんとも楽しい。
俺はオーケストラを率い、聴衆を圧倒することばかり考えがちだったが、こういうのもたまにはいいな。
「あぁもうダメ! 譜面忘れちゃった!」
五分ほど弾くと、眼鏡女子が音を上げてへたり込んだ。さすがにいきなり振られた曲を完璧に暗譜しているわけもないか。
ま、俺はこんなこともあろうかと、『アメリカ』の第一ヴァイオリンパートは暗譜していたがな。
「さすがですね、西条先輩」
ヴィオラ女子は、爽やかな笑顔を向けてくる。
「お前こそ大したものだ。こんなにヴィオラの音に感心したのは久しぶりだ。お前の名前は?」
「諏訪詩織です。よろしくお願いします」
あの戦前の天才ヴァイオリニスト、諏訪根自子と同じ苗字か。
「あ、私は山口帆波と申します」
ついでに眼鏡女子も名乗りを上げる。
この二人の女子の名は、覚えておく価値がありそうだな。
一応他の三人の名も聞いたが、すぐに忘れた。
「じゃあ先輩、これから私と付き合ってくれませんか?」
詩織が唐突に誘ってきた。
「な、付き合うってそんな……」
「詩織ちゃん、いくらなんでもそれは大胆過ぎるよ……」
他の面々が驚きを隠せずにいると、詩織は高らかに笑った。