退部
「私は楽器の値段など重要視していません。ですが引退した部長が私を使用者に指名しているのなら、その言葉を何より重要視すべきかと思われます」
百二十人余りの部員が一堂に会する弦楽合奏部の全体集会。階段状教室の檀上で、俺こと西条睦月は、堂々と意見を述べた。
「一年生ごときが何を……」
「玲香先輩の手紙を勝手に書き換えたのでは?」
「少し楽器が上手いからって調子に乗るなよ?」
三年の先輩方からの悪口雑言が続く。だが、そんなことで俺が怯むとでも思ったら大間違いだ。
議題は、先月転校していった、元部長の谷川先輩が部費で購入し使っていた楽器【ストラディバリウス・バロンヌープ】を誰が受け継ぐかということだった。
ストラディバリウスとは、言わずと知れたヴァイオリンの名器だ。数億円で取引されることもある。
本来であれば、現三年生が楽器を受け継ぐべきなのだが、谷川先輩は手紙で使用者を俺に指定してきたので、揉めている。
「私は何もやましいことなどしておりません。ましてや、手紙を書き換えたなどとあらぬ疑いをかけるのは止めて頂きたい!」
「さっきからその態度はなんだ! 一年生のくせに生意気だぞ! 後輩は後輩らしく大人しく従え!」
「ッ!」
思わず激昂しそうになるが、グッとこらえる。ここで傷害事件など起こしたら、将来のヴァイオリニストとしての経歴に傷がつくことになる。抑えねば。
だがおかしい。
これはあくまでも部の楽器を誰が使うかという問題に過ぎない。なにも所有者を決めるわけではないのだ。
それなのになぜここまで議論がこじれる?
「なんにせよ、この楽器は現部長の斎藤が受け継ぐ。それで決定だ」
顧問の一声で、議論は終了となった。
俺は、この部を去ることを決めた。