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桜子、異世界へ行く【其の四】

【Sister Cherry!特別編】

挿絵(By みてみん)

【桜子、異世界へ行く……(4/4)】

 思い掛けない桜子の攻撃に、コトレットさんは手を上げて身をかばった。



 桜子の拳がコトレットさんの手のひらを叩くと、バチッ、電気の走るような奇妙な感覚がした。コトレットさんは、人狼のように吹っ飛ばされはしなかったけれど、足が床を擦りながら数メートルは押し退けられた。

「うーぷす! アタシの“権限”をも弾き飛ばすのか! 此花桜子、やはりお前の世界観は、この世界にとって危険だ……!」

愕然としたコトレットさんを無視し、桜子は遼太郎に目を向けた。


「お兄ちゃん、眠って!」


 桜子がそう言った途端、遼太郎は膝からくずおれて、埃っぽい床に昏倒した。ぎょっとするコトレットさん。言葉の出ないユマ。桜子は立ち尽くして呟く。

「……これが、アタシの“力”なんだ……」

そう呟いて、桜子はコトレットさんに向かって言った。



「お兄ちゃんが眠っている間に、あたしを独りの世界に連れていってください」



 身構えていたコトレットさんは、すっと手を下ろし、

「……いいのか?」

半ば呆然としたように呟いた。桜子は目に涙を浮かべ、笑って頷く。

「お兄ちゃんは、目を覚ましてたら、絶対あたしを助けてくれようとするんだ。あたしが独りの世界に行こうとしたら、きっと一緒に来てくれようとするんだ……」


 桜子の笑顔から、頬に涙が伝う。

「だから、あたしは……お兄ちゃんが眠っている間に、行かなくちゃ……お兄ちゃんにバイバイ言えないのは寂しいけど……でも、そうじゃないと……」

「桜子……」

桜子が泣き笑いで言うと、コトレットさんの冷酷さの仮面も壊れた。


 と同時に、二人の耳に“パキン”と何かが割れるような音が聞こえた。



「ヤメろ、ルシウ……!」



 ユマだった。コトレットさんの魔法の呪縛を破ったのか、ユマは言葉を取り戻して、引きずるように足を一歩前に踏み出した。

「ユーマ……?!」

「ルシウ……桜子ちゃんを“封鎖区”に行かせてみろ……俺はお前を絶対に許さないからな……」

ユマが燃えるような目で、コトレットさんへ向かって己の体を運んでいく。ユマの言葉を聞いたコトレットさんに、一瞬浮かんだ表情を見て……桜子はユマに駆け寄り、押し止めるようその胸に両手を置いた。


「それ以上は……言っちゃダメ……!」


 ユマとコトレットさんの、両方が呆気に取られた。がくっと力の抜けたユマに、桜子は訴えるように叫ぶ。

「ルシウちゃんは、ユマさんのことが好きなんだよ!」

「るあっ?!」

「へっ……?」

明後日からの桜子の主張に、コトレットさんとユマは顔を見合わせる。



 だが、桜子の言葉は中学二年の少女には精一杯の、真剣なものだった。

「ルシウちゃんはね、したくてこんなことしてるんじゃないよ。辛くて悲しくて、それでもしなくちゃいけない人なんでしょう……?」

「桜子ちゃん……」

ユマが見ると、桜子は微笑みながら、がくがくと膝を震わせている。


「こ……怖いよ、たった一人の世界に閉じ込められるなんて。お兄ちゃんとずっと会えない場所に行くなんて。でも、そんなところに、お兄ちゃんを連れて行けないよ。その方が、ずっとイヤだよ……」


「ルシウちゃんは、本当はそんなことをしたいはずないよ。あんなに綺麗な赤い目をしたルシウちゃんが、そんなことしたいはずはないよ」


 桜子の目から、笑顔のまま、涙が溢れて流れている。

「だからっ、ユマさんはルシウちゃんのこと、好きでいてあげて! 世界中がルシウちゃんのことキライになっても、ユマさんだけは好きでいてあげて!」


「あたしには、そういう人がいるからっ! だから、独りの世界でも生ぎでいげるからっ! でも、ユマさんがルシウちゃん、ギライになったら、ルシウぢゃん独りぼっぢになっぢゃうう……そんなのイヤだああ……ひぃぃぃん……」



 何かぐだぐだに泣き出した桜子を見て、コトレットさんは頭巾をうなじに落として、銀色の髪に指をつっ込んでわしわしとかき回した。

「ユマ、こいつはどういう奴なんだ?」

「俺も会ったばかりだけど、そういう子みたいだよ」

コトレットさんはふうとため息をつき、それから二ッと笑った。ユマは、コトレットさんとはそこそこの付き合いだが、これほど晴れ晴れした笑顔は初めて見るかもしれないと思った。


「るああ。桜子、望み通り、お前をカルーシアから“追放”するよ」


 コトレットさんのその言葉を最後に、桜子の意識は深い闇の中に落ちていった。ひとつずつ部屋の灯りを消すように、薄れゆく感覚の中で桜子は、遠くに二つの声を聞いたような気がした。



「ユーマ。お前、アタシのことが好きか?」

「……そうだな。好きかな、ルシウが」




 **********


 そして桜子は、布団の中で目を覚ました。


「……夢か!」


 そりゃそうでしょ。



 何だか長編スペクタクルな夢を見たような気のする桜子は、目を覚まして寝た気がしないというか、朝からぐったり疲れたような感じだ。


 のたくたと着替え、階段を下りると、お兄ちゃんが家を出るところだった。心なしか、今朝はお兄ちゃんもいつにも増してボンヤリしてる感がある。靴の爪先をトントンしてる遼太郎に、ふと何の気なく、

「お兄ちゃん、お弁当持った?」

そう呟くと、遼太郎はカバンの中を探り、ハッと目の覚めた顔をした。

「ヤベ、忘れてた。桜子、ファインプレー」

慌てて靴を脱いでキッチンに戻り、少しシャキッとした顔で玄関を出る。

「助かったぜ、マイ・シスター。さすが武器が弁当箱なだけはあるな」

「まあねー。じゃ、行ってら」

ぽやっとした気分でお兄ちゃんを見送る。頭に引っ掛かることは何もない。



 15分も経たない内に自分も登校時になる。

(学校行くのもシンドイけど、異世界とやらも楽じゃなさそうだ……)

既に見た夢の内容も思い出せるのは断片だけど、桜子は靴を履きながらそんなことを思った。

「行ってきまーす……」

玄関を開けるとき、少し身構えたけど、扉の外は何の変哲もないいつもの家の前の通りだった。


 どこか上の空の気分で、てこてこと歩いて行く。

(あ、猫だ……)

どこかの家の塀の上で、自慢げに尻尾を振って澄ましている黒猫を横目に、桜子は通りの角を曲がる、と――……



 そこに黒い頭巾を被った少女の姿があり、桜子はギクッとして足を止めた。



 しかしよくよく見ると、向こうから歩いて来るのは黒いパーカーのフードを被った、よその学校の制服の桜子と似た年恰好の女の子だった。髪は銀色ではなく明るい金髪、よく日に焼けて、いわゆるギャル系って感じの子だ。

 女の子は歩いて来ると、突っ立って自分を見ている桜子に気づき、片方の耳からイヤホンを外し、

「何?」

怪訝そうに訊いてきた。目深に被るフードの陰で、桜子からは少女の口元くらいしか見えない。


「その……どっかで会ったことなかった?」


 桜子がそう言うと、

「いや、知らねーし。人違いじゃね?」

少女は軽く首を傾げて、いかにもゾンザイな口調でそう言った。

「そっか……ゴメンね」

謝る桜子を、少女はちらりと胡散臭そうに見て、歩き出す。桜子も頬を掻いて、自分の通学路へと戻りかける、その背後から……



「こんなとこに、監視人がいるわけねーし」



 振り向くと、少女は桜子が来た方へ角を曲がるところだった。

「……そうだよね」

桜子もまたそう呟くと、いつもの道を、いつものように歩き始めた。



 角を曲がった少女は、塀から足下に飛び降りてきた黒猫(カッツェ)を、ひょいと抱き上げた。角の向こうで桜子がしたように、少女も後ろを振り返り、ニヤッと笑う。


「はあ……また始末書書かねーとな」


 フードの下から、信じられないくらい真っ赤な瞳が覗いた。




 こうして、桜子は無事“元の世界”に戻って……いえ、どうやら異世界に行ったことも、一夜の夢だったようです。


 ……本当に夢だったのでしょうか?



 少年剣士ユマ・ビッグスロープのこと、そして赤い目の監視人コトレットさんの“不思議なお仕事”がもっと知りたい、という物好きなあなた。そんなあなたのために、このページの下の方に異世界カルーシアへの扉を用意しました。


 興味がおありなら、どうぞ覗いてみてください。



 るああ。戻ってこれるとは限らねーけどな――……

挿絵(By みてみん)

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[良い点] ∀・)一言で言えば「面白そう」で始まって「面白かった」で終わった。すごく楽しめるエンタメ作品でした。ラブコメってところではこういう感触を得るのは久しぶり、いや、もしや初めてかもしれません(…
[良い点] ちょっとーーーーーーーーーーー! もう我慢ならないんですけど! いいぞユマもっと押せ!!そこだー!いけー! ……ふぅ。たまらんいい回でした。 [気になる点] ユマとルシウはどうなるのか。…
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