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36.“此花桜子”、大いなる復活

挿絵(By みてみん)

【バイバイ、お兄ちゃん……(3/3)】

 しばし、リビングで遼太郎と桜子は寄り添うように抱き合っていた。

「お兄ちゃん……大好きだよ、お兄ちゃん……」

桜子は遼太郎の胸に甘えて、うっとりと同じ言葉を繰り返していた……が、やがて唐突に我に返った。



「お兄ちゃん、大好き……なワケないだろっ! 離れろ!」

「何?!」



 両手で遼太郎の胸をドンと突き飛ばした……が、長身で意外と引き締まった遼太郎の体に、反動で自分の方が二三歩よろめいた。

「だ、大丈夫か? てか、突然どーした?」

驚いた遼太郎を、桜子は真っ赤になって睨む。その目つきには、遼太郎は見覚えがあった。

「どーしたじゃねー! 何、妹抱き締めてんだ、このヘンタイ!」

「いや、抱きついてたのは、どちらかと言うとお前……」

「止めろよ、兄なら! “ユウちゃんのお兄ちゃん”か!」

「そこまでの受け入れ態勢はねえよ」


 何か記憶の変なところにあったエッチな漫画にネタを振ってしまい、桜子はますます真っ赤になる。

「と、とにかく調子ん乗んな。あたしがりょーにぃのことなんか、好きなワケがないだろ、こんなダサオタク」

そう言われた遼太郎は、二日前に切って来たばかりの前髪をスッとかき上げた。

「それが、最近じゃそこまでダサくもないんだな。誰かさんのお陰で」

これには桜子もぐっと言葉に詰まった。


(ホントだ……ちょっとカッコイイ……何で……?)


 あのダサくてカッコかまわないお兄ちゃんが、急に……



(“旧桜子(あたし)”じゃねーか!)



 どうやらさっきまで自分から、まだちゃんと記憶の引継ぎができていないらしい。

(そういうの、申し送りして行けよ、“旧桜子(あたし)”……)

心の中で自分自身に文句を言う桜子に、遼太郎はニヤッと笑った。

「それにそもそも、さっきから大好きを連呼しているのは、お前だが」

「んあっ?!」

思わぬ反撃に、桜子はまた怯む。

(うええ?! りょーにぃ、こんなに強かったっけぇ……?)

自分が振り回して鍛えまくった挙句、眠っていたドSの片鱗を覚醒させたことも、今の桜子には覚えがない。


 とにかく、遼太郎は自分の知っていた遼太郎じゃないらしい。分の悪さを悟り、桜子は慌てて守勢に入る。

「それは……しょーがねーじゃん。急に記憶が戻ってさ、すぐに元通りになるわけないし。いろいろ、混乱してんだよ……」

そう逃げると、遼太郎はすっと真面目な顔になって、

「そうだな、からかって悪かった。母さん帰ってきたら俺が説明しとくから、お前は部屋で休んでろ。あ、何かした方がいいことあったら言えよ?」

「うあっ?!」


(や……さしいじゃねーか……何だ? 何なんだ、りょーにぃ(コイツ)……?)



 全ては記憶のない間の自分が事故ってきた結果なのだが、今の桜子は知る由もなく、ワケもわからず全弾被弾している。

「わ、わかった……部屋で休む(そうする)……」

「部屋まで一人で行ける?」

「大丈夫……」

まさかの完全敗北。桜子はヨロヨロとリビングを立ち去ろうとして、戸口のところで振り返り……


「お兄ちゃんのことを好きな妹なんて、いないんだからねっ!」


 自爆気味な捨て台詞を残し、階段を駆け上がっていった。



 それを見送り、遼太郎は思った。

(ああ……“記憶失くす前の桜子”だ、アレは)

あの態度、口の利き方……まあ、完全に元に戻ったのではなく、変な属性(ツンデレ)が新たに実装されているような気がするが。


 何はともあれ、桜子に記憶が戻ったのは遼太郎にとっても喜ぶべきことだ。これからも今まで通り仲良くやっていけるかはわからないが、そこはなるようになるだろうし、今の様子を見る限り、

(何か、大丈夫そうな気がするな)

遼太郎は鼻の下を人差し指で擦った。


「お帰り、桜子……」



 それから遼太郎は、いつものクセで冷蔵庫の牛乳を直飲みしたが、そこに“記憶のない桜子”が最後の間接キスを仕掛けていったことは知らないし、たぶん今の桜子も覚えてはいないだろう。




 **********


 部屋に戻り、ドアを閉めると、桜子はその場に崩れ落ちた。

(んああああああああっ!)

事故っ(やらかし)た。記憶喪失からの復帰早々、一発目から事故っ(やらかし)たった。

(めっちゃくちゃ残ってるじゃねーかよう、“旧桜子(あいつ)”!)


 記憶が戻る寸前の、あの心象風景の中での対話を、桜子はそうハッキリと覚えてはいない。ただ、記憶のない時の自分が去って、元の自分が帰って来た、そんなふうなことがあったようなイメージがある。

 しかし考えてみれば、記憶のない時の自分が過ごした時間も、桜子の経験であることには違いがない。

 サナやチーと仲良くなり直したことも、東小橋君と親しくなったことも、有紀先輩を“ゆっきー”と呼ぶようになったことも、桜子は自分自身がしたこととして、ちゃんと覚えている。


 家族と過ごした時間だって、何ひとつ忘れていない。



 どうやら記憶がない時の自分が消えたのでも、元のままの自分が帰ってきたのでもないらしい。二人の時間が重なって、また新しい時を刻み始めたんだ。今の桜子の中に、“旧桜子(あいつ)”が確かにいる。


(家族と過ごした時間……///)


 マズいのはそれだった。



 記憶の失くしている間、桜子は遼太郎にどんな感情を抱き、遼太郎とどんなふうに過ごしたか、客観的記憶として覚えている。


 実の兄をあんなふうに想い……

(んああああああああっ!)


 あんなことをして……

(んああああああああっ!)


 挙句、あんなことまでした……

(んああああああああっ!)


 桜子はそのひとつひとつを克明に思い出し、その都度心の中でのた打ち回る。

(アホかあっ! アホかっ、アホかっ、“旧桜子(あいつ)”ぅ~っ!)

“頬っぺにチュー”事件。“お出掛けで恋人ゲーム”事件。“指輪”事件。

(黒歴史製造機か、“旧桜子(あいつ)”う~っ!)


 そして記憶が戻って早々の、”お兄ちゃん大好き“事件。

(あ、それは“現桜子(あたし)”か)

殺してくれ。もっかい記憶を消してくれ。



「コロシテ……コロシテ……」



 桜子は床で丸くなり、”自我の残った生体兵器”みたいなことを呟き続けた。




 **********


 やがて、むっくり身を起こした桜子は、ドアに背を向けて正座した。


 やっちまったことは仕方ない。仕方ないでは済まないけど、どうしようもない。大事なのは“これまで”のことよりも、“これから”のことだ。うん。



 つまり、現在の自分が、遼太郎に対してどんな感情を持っているのか、だ。



 記憶のない時の桜子が、“お兄ちゃん”に抱いていた感情は、記憶的には理解している。では、元の自分が“りょーにぃ”をどう思ってたかと言えば……


(別にさ……ホントにキライってワケじゃあ、なかったんだよな……)


 小さい頃は、お兄ちゃんが本当に大好きだった。もちろんそれは、妹としての“好き”で、だ。いつもお兄ちゃんの後をついて回った思い出は、フツウに懐かしいものとして思い出せる。

 お互いが思春期を迎えると、桜子の方から疎遠にするようになったのだが、それも別に遼太郎を嫌ったからではなく、ある“事件”がきっかけで……


(何か、照れ臭かっただけ……なのかな?)


 記憶を失くし、昔の“妹”の感情をトレースしたからか、本当は遼太郎のことはイヤじゃなかったのに、素直になれなくて、つい憎まれ口ばかり聞いていただけなんだと、今の桜子は渋々ながら認めることができた。

(うーん……何かそっちの方が、子どもっぽいような気がする……)

桜子はそう思い、苦い顔で頬を掻く。



 まあ、わかりました。あたしは“妹”として”お兄ちゃん“が今でも好き、そこまではいいでしょう。


 問題は、自分が“お兄ちゃん”に恋愛感情を持っているのか否か、だ。


 よし、ちょっと整理してみよう。“妹”としてはお兄ちゃんが好き、じゃあ“女の子”としてのあたしは、遼太郎さんが好きなのか。



 まず、桜子は遼太郎の“頬っぺにチュー”ができるかどうかを考えた。

(うん……できるわ。我ながらイタいけど、できる、うん……)

それは今の桜子にも、“妹”モードが健在だということだ。


 次に、ちょっと……いや、かなり問題がある気もするが、“口にチュー”をするところを想像してみる。ボッと顔が赤くなる。

(でき……ちまう。イヤじゃない……できる……)

いや、でも、それって“妹”モードなんじゃない?! ちっさい頃は、お兄ちゃんにもおとーさんにも、平気で口にチューをしていた覚えがあるし。

(むしろ幼い感情なんじゃないの……?)


 そこで桜子は、旧桜子から受け継いだ、エッチな漫画に自分を当て嵌めてみた。

(当て……ハメる……)

桜子の右ストレートが桜子の右頬を打ち抜き、桜子は当惑した。

(何? 何で今、自分に殴られたの?)

わけがわからないものの、改めて思い浮かべてみる――……



 ガンっ! 桜子は勢いよく床に額を打ち付けた。

「んああああああああっ……!」

震える背中の下から、押し殺した呻き声が尾をひいた。

(アカーン! アカンでえ、桜子さん、それはあ……!)


 “致せて”しまう。むしろ、シテみた……


 桜子はさらに立て続けに二発、床に頭突きをくれた。

(イタ過ぎる……こんなイタい上にシタいあたしなんか……)

このまま遺体か死体で発見されるべきではなかろうか。




 **********


 きっかり5分、死にたい思いを噛み締めて、桜子は赤くなった額を上げた。

(とにかく、これでハッキリした……)

自分には、お兄ちゃんへの恋愛感情が、ガッツリ残っている。


 事態は記憶が戻っても、記憶がない時と何ら変わっていない。

(いや……むしろ悪化しているよ……)

桜子はずるずると床を這い、ベッドに到達して、ぼふっと上半身を預けた。

(あたしがお兄ちゃんを好きになったのは、記憶がなくなって初めて会う人だと思ったからで……それなら、ギリわかる)

実のお兄ちゃんだと頭で理解しても、記憶と実感がないのだから、恋心を持ち続けても、まあ、仕方ないと言っていいと思う。


(けど、今のあたしはガッツリりょーにぃのことを思い出したのに……それでも、お(にい)のことが好きなら……)


(純粋に実兄ラヴの、ヘンタイ妹じゃねえかよお……)



 普通に生きていれば、記憶がなくならなければ、遼太郎と“初めて”出会わなければ、いくらお兄ちゃんが“好き”でも、“恋心”になることはなかっただろう。

(怖え……記憶喪失、取り返しがつかねえ……)

旧桜子(あいつ)”の過ごした日々は、残した気持ちは、もうあたしの中。一度リセットされて、二度とリセットできなくなっちゃった、あたしの心。


(どうすりゃいいんだ、これ……?)


 布団に顔を押しつけて、うーっと唸って、ふと桜子は顔を上げた。


(……どーもしなくていいのか)



 お兄ちゃんが好きな気持ちは消えなくても、別にそれを“どうにかしよう”としなければ、二人は仲のいい兄妹として、ずっと一緒にいられる。

(うんうん……問題ないじゃん?)

旧桜子(あいつ)”みたいに変にアプローチしなければ、今の関係を壊すことなく、あたしは“好きな人”の傍にいていいんだ。


(そりゃあ、兄妹以上になれないのは、ちょっと残念だけど……)


 なろうと望むのが、そもそも間違ってるから。許されない思いを、誰にも言いさえしなければ、あたしは居心地のいい場所で、ずっと……



『クス……』


『本当に、“桜子(あなた)”はそれでいいのかなあ……?』

『桜子は、お兄ちゃん大好きなんだぞっ』

『あたしは、妹とお兄ちゃんでも、アリだと思いますけどぉ///』


「うえっ?!」



 聞き覚えのある声が三つして、桜子は身を起こして周りを見回した。誰もいない、桜子は部屋に独りだ。当然だ、“桜子達”は元々は一人なのだから。

お前ら(・・・)あ~……」

桜子は顔をひきつらせ、また布団へと崩れ落ちた。



 こうして事故った妹の記憶は戻り、此花桜子は大いなる復活を遂げた。しかし桜子の恋も、自分自身の気持ちさえ、どうやらままなりそうにはないようだ。


 お兄ちゃんのことが好きな限り、きっと……



 事故った妹は今日も事故る――……




【Sister Cherry! ~事故った妹は今日も事故る~】

『シーズン1』,END.

 こうして――……


 “事故った妹”桜子は記憶を取り戻し、“お兄ちゃん”遼太郎への自分の気持ちを確かめた。これからも桜子は恋とタブーの間で苦悩し、事故り、困惑する遼太郎とのドタバタでラブコメな毎日は繰り返されていくのだろう。


 ここまでご愛読ありがとうございました。


 こんな桜子と遼太郎の兄妹の行く末を案じながら、このおかしな恋の物語、ひとまずはここで終わ――……




 **********


 ……――らない。



 全てを知った。想いは消えなかった。



 失った記憶、そして遼太郎が“自分の兄”であることを、はっきりと思い出した桜子。しかし“禁断の恋愛感情”はその心に残ってしまった。


 ますます募る恋心と、記憶が戻ったがゆえに裏腹に迫ってくる戸惑い。


 知らないから、笑っていられた。わかっていなかったから、無邪気でいられた。あたしは“妹”、あなたは“お兄ちゃん”……


「それでもあたしは、“お兄ちゃん”のことが……好き……!」



 記憶を失くした妹から、タブーを知ってしまった妹へ。桜子の恋の季節……“シーズン”が移り変わる。

 『シーズン1』を終えて、許されない恋はその結末へと向かって加速、否、暴走していく――……



 【Sister Cherry! ~事故った妹は今日も事故る~・シーズン2】、Cominng Soon――……


 事故った妹は、それでも事故る――……



 あ、基本ラブコメです。今までに輪を掛けて面倒臭い桜子を、お楽しみに。




挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 1stシーズンお疲れ様でした!旧桜子が完全に消えてしまわなくて良かった! [気になる点] このまま脳内で三人会議状態になるんかな?それはそれで楽しそうw [一言] 続きを楽しみに待ちますー…
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