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33.兄と妹のエロ漫画談義

挿絵(By みてみん) 【兄と妹の漫画談義(1/2)】

 お兄ちゃんの部屋でこっそりイケナイことをしてるところを、見つかってしまう……それはまさに、今読んでいる漫画と全く同じシチュエーションだった。

 それも、兄妹モノのエッチな漫画を読み耽り、主人公を自分になぞらえて大興奮していたのだから、もはや何の言い逃れもできない。


 実際のところ、帰宅したら妹が秘蔵のお宝を読んでいるという状況に遼太郎の方も脳がフリーズしていて、妹の心身の状態などに考えが及ぶはずもない。が、それ以上のパニック下にある桜子は、最悪の事態しか想定できない。


(これは……“ユウちゃんと同じこと”になっちゃうってこと……??)


 そんなことを考えた挙句、桜子の頭は湯気を上げて機能を停止した。



 深刻なエラーが発生しました……深刻なエラーが発生しました……(CV.初音ミク)



 エッチな漫画を手にした中学生の妹に、カバンを肩に掛けたままの遼太郎が、

「おい、ダメだよ、お前がそういうの読んじゃ……」

そう言うのを、頭に血の昇り過ぎた桜子が、ぼうっとした目で見上げた。顔も真っ赤で熱いけど、体の芯にもよくわからない熱さがある。何だか、まるで自分の体じゃないみたいだ。


(怖い……助けて……)


 そう思って見つめる遼太郎の顔に、桜子はぼんやりと考える。

(お兄ちゃんなら、助けてくれる……?)


 病院で転びそうになった時も。


 思わず頬にキスして泣き出した時も。


 恋人ゲームがサナとチーに見つかった時も。


 指輪が抜けなくなった時だって。


 いつだって、お兄ちゃんは桜子を助けてくれた。桜子が助けを求めて手を伸ばせば、お兄ちゃんはいつだってちゃんとつかんでくれる。

(お兄ちゃんなら、今のあたしも、どうにかしてくれる(・・・・・・・・・)……?)

桜子は少し開いた唇から吐息を漏らし、熱っぽくうるんだ瞳でぼうっと遼太郎の顔を見つめて、そろそろと手を伸ばすと――……



「何こんなエロい本を隠し持ってんだーっ!」



 ギリギリで我に返り、遼太郎に抱き締めていた枕を投げつけた。

「桜子の少コミ、エロいってバカにして、自分は何てモノ持ってんのさー! このエロ! ヘンタイ! “ユウちゃんのお兄ちゃん”!」

「誰、“ユウちゃんのお兄ちゃん”?!」

耳新しい罵倒語に目を白黒させる遼太郎に、桜子は勢い任せに詰め寄りながら、超赤面は怒っているからではなかった。


(アブねええええっ! 何を“その気”になってんだ、あたし?!)


 “その気”が“どの気”であるのか、頭にエッチな漫画の知識が入ったばかりの桜子にはアヤフヤだが、少なくとも一瞬、その漫画みたいな事態を想定したことは間違いない。実の兄に“どうにか”されてどうすんだ?!

「あんなエロい漫画、あたしというものがありながらー!」

「落ちつけ。妹とこういう漫画は、同じカテゴリーのモノではない」



 しかしエッチな本を発掘され、枕を顔面に被弾しながらも、それでもやはり遼太郎は桜子よりはいくらか冷静であった。

 当初の衝撃を何とか乗り越えた遼太郎は、カバンを下ろし、部屋を横切って、椅子にぎしっと腰掛けて平静を装いつつ足を組んだ。

「確かに……その漫画の内容はエロい。中学生のお前には、さぞ刺激が強かったことだろう」

「そ、そうだよ! あんなの、あたし、全然知らなかったのに……もう、お兄ちゃんに無理やり純潔を奪われたような気持ちだよ……」

「勝手に人の部屋を漁っておいて、人聞きの悪いにもほどがある」


 桜子のメチャクチャな言い分に少し怯んだが、

「お前のショックもわからないでもない。だが、妹よ、よく考えろ」

遼太郎が左手で右の肘を支え、中指で眼鏡をクイッと押し上げると、レンズが照明を反射して白く光った。



「それは絵だ!」

「絵か!」


「兄がインクと線に興奮する、特殊な変態だと思ってか!」

「思わねえ!」



 遼太郎が組織の司令官のような顔で押し込むと、桜子はうーんと唸った。

「確かに、萌えられる文房具なんて、戦場ヶ原さんくらいのものだよね……」

「いいところを突く。桜子、お兄ちゃんが無類の漫画なのは知っているな?」

妹がこくんと頷くのを見て、遼太郎は一気呵成に仕掛けた。このまま勢いで押し切らねば、兄の尊厳が死ぬ。


「一般紙と比べ、いわゆるエロ漫画というのは比較的縛りが少ない。エロを抜きにして読んだ場合、意外と設定や表現がキレていて面白い物も多いんだ。まあ、エロ漫画である以上 “そーゆーシーン”は必然的にあるが、ほら、仮面ライダーもストーリー重視の回でも、申し訳程度にはバトルシーンを挟むだろ? それと同じだ」

「な……なるほど……」


 桜子は兄の長台詞に、半分くらいわからないまま頷いた。


 遼太郎は当惑顔の桜子に向かって、

「それにさ、“食戟”とか“黄昏少女”とか“か”ばくおん!“とかも、作者エロ出身だぞ?」

「へえ……そーなんだ……?」

「元々が女キャラを魅力的に描けなきゃ売れないてないし、裸を描き慣れている分デッサン力があって画力も高い。未来のヒット作を占う意味でも、お兄ちゃんはこういう雑誌もチェックしているわけだ。理解(わか)るな?」

「う、うん? わかる……かな、うん」

勢いに任せ過ぎ、途中割とキモイ感じでしゃべっていて、若干桜子が引いていることを察する余裕は遼太郎にもない。



 いっそ清々しいまでの詭弁であったが、遼太郎の装う理路整然さと自分自身の素直さ、加えて心身の混乱もあって、桜子はまんまと言いくるめられた。

「そーか……じゃあ、お兄ちゃんはエロくないや。ゴメンなさい」

「うむ。理解してくれて兄も嬉しい」

純真な目でぺこりと頭を下げた桜子に、遼太郎は表向き平静な顔で頷くが、罪悪感はないでもない。妹の素直アホさが少々心配でもある。


(うーん……“そんな桜子”に、“余計な知識”が入ってしまった……)


 多大な悪影響が懸念された。



 しばし、兄妹揃ってエッチな漫画の表紙を見下ろしているという異常な状態が続いたが、ふと桜子が顔を上げて、

「時にお兄ちゃん」

「何だろう?」


「妹モノというものについては、如何お考えでしょうか?」


 またどうしようもなくインコースぎりぎりインセストな速球を投げ込んできた桜子に、遼太郎は再び眼鏡を白く光らせた。

「ジャンルとしてはアリだ!」

「何か男らしい!」

否定も誤魔化しもせず言い放った遼太郎に、桜子は妙な感銘を受けた。遼太郎がジャンルという言葉で、巧妙に主旨をスライドさせたことには気づいていない。


 本当のところ、自分に妹がいるというところから、遼太郎は意図的にそのジャンルは遠ざけることにしている。何か、後ろめたいのだ。




 **********


 ともあれ、遼太郎決死の軌道修正で、事態は表面上は沈静化した。結局何だかんだで、今日もみーんな救われた、サンキュー、お兄ちゃん!


 漫画の内容にあまりの衝撃を受けたとは言え、一瞬の気の迷いでも、“そーゆーこと”の対象にお兄ちゃんを求めかけた自分に桜子は慄然としている。

(もしお兄ちゃんが、“ユウちゃんのお兄ちゃん”だったら……)

今頃どうなっていたことか……


 桜子は、たぶん拒めなかった。


 またオカシナ方向に行きそうになる自分に、慌てて頭を振り、桜子は少し頬の赤いままツンとして立ち上がった。手にはまだ雑誌を持っている。

「ま、お兄ちゃんの主張は理解しました。だったら、これ、あたしが借りてっても問題ないよね? 少コミとトレードということで」

澄まして部屋を出ようとする桜子に、遼太郎は声を掛ける。


「ああ。使い終わったら返せよ」

「わかった、使い終わったら返――……」



 分厚い雑誌が遼太郎の顔面を直撃した。



 椅子で仰け反り天井を向く遼太郎に、真っ赤な桜子が怒鳴る。

「死ねっ! バカ! ヘンタイ! お兄ちゃんのマザーファッカー!」

「お兄ちゃん、そのジャンルはナシよ?」

外のネームプレートが傾く勢いで、ドアが閉められた。


 もう一度同じ音が隣の部屋から響くのを聞いてから、遼太郎はズレた眼鏡を中指で掛け直し、おもむろに床の雑誌を拾い上げた。

(……――計画通り)

無事、回収成功。遼太郎は某漫画の、“黒いノート”を取り戻した時の主人公の顔になっている。

 ああは言ったものの、中学生の妹にやっぱり“こういう内容”は早い。女の子でもあるし、間違った知識を身につけては良からぬことにもなりかねない。



 遼太郎はため息をついて、拾った雑誌を何の気なしにパラパラと捲った。そして“ユウちゃんのお兄ちゃん”が誰なのかを知り、顔をひきつらせた。




 **********


 足音高く部屋に戻った桜子だったが、ベッドに腰を下ろすと、頭の中にさっき読んだ漫画の内容がよみがえってきて、また耳まで真っ赤になった。


(あ……“あんなこと”するんだ……男の人と‥‥///)


 桜子の頭には、大量の情報(データ)が一気に入力された。ただし処理する桜子OSは未アップデートであり、エラー&フリーズの状態である。まさしく“不埒なデータ”(CV.ニノ)だ。

 自分の心と体に起きている変な感じに、どう対処すればいいのかもわからない。

(♪“あんなこと”いいなー、できたらいいなー)

頭の中でグルグル回る漫画のシーンの、女の子の顔が、いつのまにか桜子自身になっている。そして、男の子の顔は……


 ♪あンあンあン、とっても大好き――……


 久しぶりに、桜子の右ストレートが桜子の右頬を打ち抜いた。

(あぁん……パーンチ……)



 ベッドに殴り倒された桜子は、“ベッドに寝ている”ということに、またビクッとした。何だかもう、考えれば何もかもがエロい。

(……ちんすこう……マチュピチュ……マンホール……ペイズリー……)


 これ、今夜たぶん寝れねー。絶対、変な夢見るわ。



 その夜、桜子は夕食の付け合わせのウインナーにドキドキし、お風呂で体を洗うのも変に意識し、遼太郎の顔は見られず、ベッドで布団に包まっているのも何だかエッチな気がして、体を丸めてモンモンとして眠った。そして――……


 なぜか、ヌイグルミのクマさんと一緒に温泉に浸かりながら、チョコレートパフェを食べている夢を見た。




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