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24.恋人ゲームの行方

挿絵(By みてみん)

【恋人ごっこ(5/6)】

 “いろいろ”あったけど、桜子と遼太郎の“デート”は続く。


 書店やオモチャ屋さん(トイザらス)なんかをひやかしながら、二人は並んで、前になったり後ろになったりしながら、モールをそぞろ歩く。このフロアのどこかに“遭遇してはいけない敵キャラ(エネミー)”が徘徊していることは頭にはあったが、隅っこに追いやられ、桜子のウキウキに水を差すことはない。


 自然、足も軽くなり、遼太郎を追い越して振り返ると……



 そこに遼太郎の姿はなかった。



 ぎょっとして立ち止まり、辺りを見回したが、行き交う買い物客達の間に遼太郎の姿は見つけられなかった。

(お兄ちゃんがいない……)

そう思った瞬間、自分でもビックリするくらい悲しい気持ちが、一気に胸の奥から込み上げてきた。

「お兄ちゃん……?」


「お兄ちゃーん! お兄ぢゃあああん!」

「一発で3回使い切るなよ」



 桜子が叫ぶと、遼太郎が雑貨屋さん(ビレバン)からヒョコっと顔を出した。

「ちょっと気になる物があって、店の入り口に入っただけだ。ほら、さっきの映画のフィギュア……」

アメコミの悪役フィギュアの箱を手にした遼太郎を見て、桜子の頬にぐんぐんと血が昇っていった。


「ズルだー!」

「ええっ?!」


 面食らった遼太郎に向かい、桜子はその場に突っ立ったまま、両手を握り締めて真っ赤になって叫んだ。

「お兄ちゃんはズルい! 桜子にケーキ奢りたくないから、そうやって隠れたり、電車の中でチューしたりするんだあ!」

「ちょ、おまっ、デカい声で何言って……!」

「お兄ちゃんがズルするから悪いんでしょー!」

「わかった。わかったから、落ち着け……」




 **********


 ケーキは奢ってもらえました。



 ニューヨークチーズケーキにダークモカチップクリームフラペチーノを並べてホクホク顔の桜子を、ドリップコーヒーだけ注文した遼太郎がゲンナリした顔で眺めている。

「お前、よくそんな甘いもんで甘いもんを食えるな」

「えー? 甘いものは別腹って言うじゃん。英語でも“別腹”って“Cake hole”って言うらしいよ」

「両方同じ穴に入れてるだろ」

(“同じ穴に入れる”……?)

桜子は一瞬ぴくっと引っ掛かったが、甘いもので心が浄化されている今、しょーもないことはすぐ流れていく。


「美味しいなあ、嬉しいなあ。お兄ちゃん、ありがとー」

「ったく……ゲームは俺の勝ちのはずなんだがな……」


 呆れ顔の遼太郎に満面の笑みを向ける桜子は、心の中で、割と冷や汗をかいている。“しょーもなくないこと”は、流れていってくれないのだ。



 さっきの醜態のことである。



 あの“チューして泣いた夜”もそうだが、桜子はこの頃、自分の中に二人の自分がいることに気づいている。

 二重人格というワケではないのだが、記憶を失って遼太郎に恋をしている“女の子”と、今を忘れて幼児か女児のようにお兄ちゃんに甘えてしまう“妹”――二つの性格が、ふとした瞬間代わる代わるに顔を出す。


 さっき遼太郎の姿が見えなくなった時、桜子が真っ先に思ったことは、

「あたし、迷子になった」

であった。


 何が迷子だ。別に、本当に遼太郎とはぐれてしまっても、館内放送で呼び出してもらうなり、一人で帰るなり、そもそもスマホを持ってるって話だ。

(やっぱ、感情の振れ幅がオカシイよな……)

桜子はフラペチーノを啜った。普段はそーでもないんだ。こと遼太郎に関わる場合だけ、“女の子”と“妹”が好き勝手に暴れ出す。

 記憶喪失が分断した、二つの自分。いつか記憶が戻ったら、二人はまたひとつになって、”本当の自分“が帰って来るんだろうか……?



 そんなことを思っていたら、不意に遼太郎の手が桜子に伸び、

「おいおい。お前、クリーム……」

そう言って、桜子の鼻先を指でスッと拭うと、

「子どもかアニメキャラじゃないんだからさ、普通つかないだろ、鼻に」

無意識にだろう、そのまま口元に運んでペロッと舐めた。


「……あーっ!」


 店内に響き渡る声に、遼太郎は首をすくめ、周りを見回した。

「急……にっ、叫ぶな! 店の中だぞ」

「お、お、お兄ちゃんこそ、人前で何やってんだ?!」

桜子が泡を食って小声で叫ぶと、遼太郎がぽかんとする。

「俺、何かやった……?」

「なろう主人公か! 今、あたしの鼻に付いたクリーム、指で舐めたじゃん! 人前で何やってんだ、このお外系ヘンタイ!」


 桜子が耳を熱くして言うと、遼太郎もぎょっとして自分の指を見つめた。

「マジ? あー……完璧に無意識だわ」

「無意識に妹の鼻のクリーム舐めるな! 絶対何パーセントか桜子成分舐めたじゃん! そんなん、桜子舐めたのと一緒じゃん!」

「それは一緒じゃないだろ。お前成分とか、あったとしても1%未満だろ」

「繰り上げたら100%だろー! もうこれは桜子が食べられたのと同義だよ。カニバリズムか! この東京グール!」

「繰り上げ過ぎだろ。そこまでガッツリ食ってねえわ」

遼太郎もさすがに顔を赤くする、桜子は腕組みしてそっぽを向く。ああ、自分の中の“女の子”が、あの映画の “階段のダンスシーン”のように踊ってる。



 そう意識しつつ、桜子は弱っている遼太郎をジロッと睨んだ。

「もう……お外でコレだったら、遼太郎さん、家であたしの鼻にクリーム付いてたら直にペロッてするんじゃないですかー?」

「しねーよ!」

赤くなって慌ててる遼太郎を見て、桜子はちょっと楽しくなってくる。


「例えばさ、夏とかに裸でアイスとか食べてるとするじゃないですか?」

「前提条件オカシクない?!」

「それでアイスが溶けて胸に垂れたら、お兄ちゃん、無意識に“パクッ”て…」

「何をだよ?!」


 遼太郎がツッコむと、桜子は妙に色っぽく上目遣いに笑う。

「それ、桜子に言わせる気……///」

「い、いや、その、言わなくていい……」

「チ」

「言うな―!」

遼太郎が抑え声で叫ぶ。ナニコレ、超楽しー。



 桜子はクスッとフラペチーノのクリームを指で掬い、ちょんと頬につけた。

「お兄ちゃん、また付いちゃったあ」

「そこは舐めないよ?」

遼太郎に睨まれ、桜子はシャツの襟を中指で少し引き下げた。

「こっち?」

「いい加減にしろ」

さすがに、こつん、と頭を叩かれた。


 ああ、あたしの中の“女の子”、気持ち良さそうに踊ってるなあ。


 さあさあ、狂ったように踊りましょう。きっと10年後のあたしは“お兄ちゃんのお嫁さん”なってるはずだから――……


「ゴメンね、お兄ちゃん。それは、お家でだよね……」

「とりあえず母さんに言って、家から乳製品撤去してもらうわ……」




挿絵(By みてみん)

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