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22.映画を観るのに最高の相手

挿絵(By みてみん)

【恋人ごっこ(3/6)】

 目的地の駅に着き、ぴょんとジャンプするように電車を降りた桜子を、遼太郎はクスッと笑って追い掛ける。


 車内での出来事はともあれ、桜子がゴキゲンで遼太郎もひと安心だ。

「♪痴漢の兄を捕ぁ―まえてー、今すぐに行こお、拘束―のー場―所―! 変態無念、いざブチ込―めーぇ、クサーイ・メーシー! イージャンイージャンスゲージャン!」

「人聞きの悪い替え歌を歌うな」

「行くぜ行くぜ行くぜえ、遼太郎ォ」

「低い声で人の名前を連呼するな。また結構似てるな」



 いや……ゴキゲン過ぎるのも不安かな、この妹の場合……




 **********


 目指す大型ショッピングモールは、駅と連絡通路で直接つながっている。遊歩道のモザイク模様を踏みつつ、桜子が遼太郎を振り返った。

「そう言えば、遼君って手ぇおっきいよね? ちょっと手ぇ出して」

手の大きさ比べか。小さい頃はよくやったな、と遼太郎が手を差し出すと、桜子は手を合わせるかと思いきや、

「えーと、こうやって、こうやるでしょ……」

遼太郎の親指と人差し指の間に桜子の親指、人差し指と中指の間に人差し指と順番に差し込んでいき、


「よし」

「よし、じゃねえ。何やってんだ」


 ぎゅっと遼太郎の手を捕まえて、下ろすとまんまと“恋人つなぎ”に……

「ならねえ! いたた!」

「なるか。腕ひねってんじゃねえか」

肩が変な方向に曲がり、遼太郎は桜子の手を振り解くと、

「バカ、正面から来るんじゃねえ。“恋人つなぎ”ってのは、こうやって」

腕を下ろさせて、手の内側から指を絡めた。

「こうつなぐんだよ」

「なるほど」

感心した桜子の手を引いて、遼太郎は遊歩道を歩き出す。



(……あれ?)



 気がつけば、妹と“恋人つなぎ”で歩いている。

「ちょ、これは違う……」

「遼君?」

手を離そうとした途端、ぎゅっと予想外の握力で逃げられなくなる。桜子が、薄笑いを浮かべて遼太郎を見上げた。


「“フリ”だよ、“フリ”? まさか、“恋人つなぎ”も恥ずかしくてできないなんて、そんな甘い考えで“このゲーム”を始めたワケじゃあないよねえ……?」

(怖えっ!)


 桜子とつないだ手のひらが、じわっと汗ばんだ。


 これ、知人に見られたら億倍ヤベえ。



 遼太郎は遅ればせながらやっと、己の始めたことの本末転倒さに気づいたが、言うまでもなく後の祭りであった。




 **********


 休日ともなればショッピングにグルメ、家族連れや本物の(・・・)カップルで賑わうショッピングモールであるが、9時台の映画目当てに来たのでまだ客足はちらほらだった。

 手をつないで(・・・・・・)エスカレーターで4階まで上がると、そこがシネマコンプレックスのフロアだ。ポップコーンの匂いがふわり、映画へのワクワクを持ち上げる。



 さて、遼太郎が今日観ようとしているのは、例によってアメコミ物の、悪役の過去に焦点を当てた、いわゆるスピンオフ的な作品だった。

「けど、桜子。本当にこれで良かったのか? 他のが良かったんじゃないか?」

確かに女の子向けの映画ではないかも、だ。

「ううん。あたし、遼君が観たい映画がいいよ?」

桜子が可愛らしく笑ってけなげなことを言うが、

「プリキュアの方が良かったら、それでもいいんだぞ」

遼太郎はニヤリとして妹をからかう。


 すると桜子は真顔になって、

「ホントにプリキュアのシアターに入ったら、中で”お兄ちゃん“って100回呼んで、お前に”実の妹連れてプリキュア観に来た兄“の烙印を捺してやる」

(不名誉の烙印……!)

その怖ろしさに打ち震え、遼太郎は頭を垂れた。

「勘弁してください」

「良かろう。それと、今の“お兄ちゃん”は呼んだんじゃないからノーカンね」

ニッと笑った桜子を見て、遼太郎は思う。

(結局、俺はどーしたって桜子にはかなわないのかもしれない)

“妹”という属性は、萌えなど抜きにした現実でも、“兄”に対してダメージ特効を持つものなのかもしれない。


 遼太郎は“自分”という属性が、桜子に特効であることを知らない。



 桜子はそんな遼太郎の手を引いて、

「それより遼君、早くチケット買わなきゃ。いい席なくなっちゃうよ」

そう言うと、遼太郎はポケットからスマホを引き抜いて、

「あ、席は予約してあるから大丈夫」

発券機に何やら画面をかざし、さっさとチケットを2枚発行した。

(何か、スマートなことをやりおる……)

ほえーっと感心した桜子だったが、手渡されたチケットを見て慌てた。

「おに……遼君、この映画、R15? あたし、入れないよ?」

そう囁くと、遼太郎はしれっとした顔で、

「中三だって言やあいい。まあ、何も言われねえよ」

「ス、ストップ映画泥棒……」

桜子が手をくにゃくにゃさせてパントマイムをすると、遼太郎が笑った。


「お前、俺のこと忘れてるくせに、そんなのは覚えているんだな」

「え……」


 桜子の胸の中の、すごく切ない部分に触れたことに気づかないで、遼太郎は笑いながら言った。

「別に、お前が観てそんなにマズいような内容でもないと思うよ。それでも心配だったら、本当に別の映画にしてもいいし」

「ううん、大丈夫……ちょっとドキドキするけど……」

「こんなの、悪いことの内に入らないって」

遼太郎が年上風を吹かせ、桜子も笑顔を作って頷いた。遼太郎のことを覚えていない、そのことが招いた幸せと、寂しさに、ちくりと胸を刺されながら。



 ともあれ……


「あたし、ポップコーン、塩がいい!」

「えー、映画館だとキャラメルじゃね?」


「パンフ買う?」

「ネタバレがイヤだから、後にしようかな……」


 などと、映画満喫の態勢を着々と整えていく二人である。ホールで流れる次回公開作のPVなどを眺め、またあれも観に来ようかなどと話している内に、あっという間に上映時間になった。




 **********


 ジュースとポップコーンを手に、モギリの係員に近づくと、桜子は否応なくドキドキしてきた。遼太郎は平然としたもので、チケットと高校の学生証を差し出し、

「そちらの方は」

係員が問うのに、

「中三で15才です。小中学生チケットは、学生証なしで良かったですよね?」

しれっとそう言うと、それ以上は何か言われることはなかった。

 無事シアターエリアへの侵入が成功すると、遼太郎は桜子から離れて別のスタッフに近づき、何事か言って何か受け取って、

「5番シアターだ」

桜子を促して歩いていく。桜子は“お兄ちゃん”が“お兄ちゃん”らしく頼りがいがある感じなのに目を丸くし、黙ってついていく。


 チケットの数字は“J-14”、座席表ではプレミアムシート区画のすぐ後ろ、スクリーンのド正面。

「え、すごくいい席じゃない?」

桜子が耳打ちすると、

「桜子が一緒に行くって言って、すぐネット予約したからな。同じ料金なら、いい席で観るに越したことはない」

遼太郎は当然のように答え、桜子の膝にたたんだブランケットを置いた。

「一応借りといた。もし寒くなったら使えよ」


 そのさりげない気遣いに、桜子はお兄ちゃん激ラブ~……とはならずに、何かちょっと引いた。

(え、この人……ここまでめっちゃ完璧なんですけど? これでモテないとか、逆に怖い……大丈夫、お兄ちゃん? もしかして、あたしの知らない、ものっそいヤバい性癖とか持ってない……?)

弁護すると完璧なのにモテないのではなく、その完璧さが異性に対して如何なく発揮されたのが“今日・初めて・妹に対して”、なのだから少し切ない。



 とか何とかしている間に、シアターの照明が少し落ちた。


 予告編や例の映画泥棒のCMが流れるこの時間が、ぶっちゃけ遼太郎にとって映画を観に来て一番の楽しみと言っても過言ではない。

(桜子も楽しめりゃいいけど……)

映画の内容を少し懸念しつつ、遼太郎がちらっと目をやると、本編開始前にポップコーンを半分以上減らした桜子が、気づいてにこっと笑った。


 やがて照明が完全に消え、桜子の横顔は、スクリーンの光だけが僅かに照らすモノクロームになった。



 桜子の方をぶっちゃけると、映画の内容とか、それほど重要ではなかった。遼太郎の隣で観られるなら、違う作品なのに似たようなシナリオで、同じ“鐘”的な名前の女優ばっかり出るような邦画の恋愛モノでもかまわない。

(暗闇で二時間お兄ちゃんと過ごすなんて……これはエロい!)

どき……どき……どき……自分の胸の鳴る音が聞こえる。もしかして、これ、IMAXで映画館中に響いちゃってない……?


 桜子は映画なんかそっちのけで、スクリーンに釘付けになる遼太郎の横顔を見つめていた。




 **********


 ランチに入った“お箸で食べるパスタ屋さん”で、テーブルに映画のパンフレットを広げて、

「それで、前半はとにかく画面が暗いじゃないですか? それが主人公が狂気に足を踏み入れるのとリンクして、画面に光が溢れ出すんです。つまり、それは彼にとって破滅であると同時に、救済、解放であってですね……」

桜子は遼太郎に向かって、熱弁を揮っていた。


 はっきり言って、映画はめちゃくちゃ面白かった。狂気と犯罪がテーマで暴力的なシーンもあり、桜子には少々刺激が強かったが、それだけに夢中になり、気づけば隣にいる遼太郎のことも忘れて二時間没頭していた。



 遼太郎は興奮しきりの桜子にちょっと驚きつつ、それは嬉しい驚きだった。


 結構な映画好きの遼太郎は、台詞の一言一句をなぞり、オマージュや画面の記号などの小ネタを拾い、微に入り細をうがって作品を観込む。

 できればそういうディープな話を人ともしたいのだが、例えば学校の友人(ケンタロー)などと映画を観ても「面白かったー」以上の感想は引き出せず、物足りなく感じていたのだ。


 ところが桜子はシアターを出るなり語りに語り、パンフを買ってやると大喜びして、店まで歩く間も、店に入っても、映画の感想が止まるところを知らない。しかも見てる部分が、かなり遼太郎に近い。


 正直言って、誰かと映画を観てこんなに楽しいのは、初めてだった。



 そうやって桜子が一生懸命話すのを聞いていると、

「特に、仕事をクビになって出て行く時、ドアをバーンと蹴り開けると、一気に光が差すじゃないですか。あのシーンが……遼君?」

桜子は遼太郎が自分をじっと見ているのに気づき、

「ゴ、ゴメンなさい、あたし夢中で、一人でしゃべり過ぎですよね?!」

顔を赤くして慌てた。


 遼太郎は笑いながら首を振る。

「いいや、逆だよ。今まで一緒に映画観て、こんなに語れる相手はいなかったからさ。面白かったな、桜子」

「うんっ、すっごく面白かった!」

「俺、桜子と一緒に来て良かったよ」


 遼太郎がそう言われ、桜子はボッと首から上を紅潮させ、慌ててパンブレットを立てて、その裏に逃げ込んだ。

「ズ、ズルイなー、遼君。油断すると、すぐ“恋人”仕掛けてくるもんなー」

「そうじゃないさ。これは“フリ”じゃなくてマジに本心なやつ」

照れた妹を微笑ましく思う遼太郎は……


(ほ、本心とか……何で……急に、そんな嬉しいことを言うんだよっ……!)


 パンフレットの後ろで、桜子が涙ぐんでいることを知らない。



 パスタが運ばれてきても、映画談義は尽きず、

(へー……お兄ちゃんがこんなに笑うの、初めてかもしれない……)

ちょっと驚く桜子からも、知らず自然に笑い声が出ている。


 そうしながら、遼太郎は思う。

(まあ、もしこの先“改造”の甲斐あって、彼女とか出来たとして……)

こんなふうに、映画の話とかできるだろうか?

 たぶん、無理だろう。こういうのは遼太郎(オタク)がオタクである所以の部分で、非モテたる所以の部分で、女の子に求めてはいけない部分だと思う。

(あ、でも、桜子となら“できる”のか……?)


 いつも傍にいて、笑い合えて――……


 服だって髪型だって、変えようと頑張ってくれて――……


 自分の好きなことを、好きでいてくれる――……



(あれ……何か……桜子(こいつ)で良くね……?)


(顔だって可愛いし……)


(…………)



(って、良くねーよ! 妹だよ、桜子(こいつ)は!)



 ガタン、と椅子を鳴らした遼太郎に、桜子がビクッとなった。

「ど、どーしたの、遼君?」

「いや……ちょっと蟹のハサミが刺さって……」

「スープパスタの蟹が?!」

桜子は目を丸くして、それから吹き出した。

「やだ、遼君~。ひと足先に夏の浜辺~」

ケラケラ笑う桜子に、遼太郎は……


「遼君、箸でスープパスタとか、味噌ラーメン食ってるようにしか見えねー」

「あ、桜子、タラコにしたのか。ひと口」

「えー? じゃあ、ひと口ずつ交換!」


 映画の話が合ってこんだけ変なテンションになってしまうのが、自分(オタク)がオタクである所以の部分だな、と結論づけた。



 しかし周囲の客や店員からは、互いに“ひと口ずつ食べさせ合っている”兄妹は、フツウにイチャイチャしてるバカップルにしか見えなかったという。




挿絵(By みてみん)

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