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21.恋人ゲーム

挿絵(By みてみん)

【恋人ごっこ(2/6)】

 桜子のつねる指から逃れ、遼太郎は赤くなった頬を撫でた。

「わかったよ。一応、桜子の提案を訊こう。“彼氏彼女(カレカノ)のフリ”って、具体的に何をするってんだ?」

そう問うと、桜子はきょろきょろあちこちに目を泳がせ、上目遣いになって遼太郎を見た。


「あ、あのね、あたしがお兄ちゃんのこと、“遼君”って言う……///」


 遼太郎は思わず吹き出した。まったく、何を言い出すかと思って焦ったら、所詮は中学生の考えることか。遼太郎に笑われ、桜子は顔を赤くして、

「それで、お兄ちゃんがあたしのこと、“桜子”って言う!」

「それはいつも通りだ」

「ホントだ!」

その時、遼太郎は電車が減速するのを感じた。



 うーっとなってる桜子に、遼太郎はクスっと笑いながら言った。

「なるほど、桜子の言い分はわかった。折角遊びに行くんだ。兄もイベントにエンタメ性を持たせるのはキライじゃない」

ぱっと顔を輝かせた桜子を、遼太郎は微笑ましく思いつつ、

「じゃあ、次の駅から、俺のこと“お兄ちゃん”と呼ぶの禁止な」

「ええっ?」

桜子がちょっと困った顔をしたが、

「桜子が言い出したことだろ? その代わり、3時まで“お兄ちゃん”って言わなかったら、スタバでケーキ奢ってやろう」


 遼太郎がそう言うと、途端に目をキラキラさせる。

「本当?!」

「約束だ」

“妹とお出掛け”を知り合いに見られるより、“妹と恋人ごっこ”をしているのを見られる方が数百倍ヤバい……変なスイッチの入った遼太郎は、そのことに気づいていない。

「それじゃあ、今から……」

ガタン、電車が揺れ、プシュー、二人のいる反対側のドアが開いた。


「“恋人ゲーム”、スタート」

「うんっ、お兄……遼君っ/// 」



 駅では遼太郎の予想通り、かなりの学生が乗り込み、電車は一気に混んだ。


 毎朝電車通学の自分と違い、妹は満員電車に不慣れな上、頭をぶつけて記憶が戻っていない。桜子をかばい、遼太郎はごく自然にドアに手をついて、スペースを確保する。気遣って桜子の様子を確かめると……


 桜子は、両手で胸を抱くようにして、耳まで真っ赤で縮こまっていた。

「……どうした?」

「遼君……いきなり“壁ドン”なの……?」

遼太郎はブフッと鼻から息が漏れた。

「フリが本気過ぎるよお……? 桜子、サレちゃうの……?」

お前こそ本気過ぎるわ。遼太郎は周囲の耳を気にしつつ、桜子に囁く。

「するか、バカ。それより、お前こそルール忘れんなよ」

「わかってるよ、“遼君”……///」


「遼君……///」

「…………」

「遼君///」

「……何だよ?」

「クスッ。遼君のこと、呼びたかっただけだよーだっ///」


 賭けとか言い出した手前、ヤメろとは言えなかったが、遼太郎は既に自分がゲームマスターではなく、プレイヤーの一人であることを薄々感じている。

(周りの奴らに聞こえてないだろうな……?)



 当然聞こえている。

(バカップルだ……バカップルだよ……)

(でも、めっちゃイケメンと美少女だよ……赦されちゃうよ……)

(いいなー……俺も……私も……彼女……彼氏……欲しいなー……)


 もはや車両丸ごと生きるか死ぬか、残り6駅の密室デスゲームであった。



 **********



 そして仕掛けるのは当然、ゲームの真の支配者・桜子だ。いまだ壁ドンの体勢に甘んじる遼太郎に向かい、

「ねえ、遼君?」

「……何?」

「何か“俺様っぽい”こと言って?」

遼太郎は持ち堪えたが、周りの学生は何人か死んだ。


 自分を見上げる桜子が、ニヤッとした。うーむ、高校生である兄が、中学生の妹にこうも弄ばれていて良いものか。

(否、兄より優れた妹なぞ存在しねえ!)

既に主旨から離れつつあることに気づかず、遼太郎は一生懸命“俺様っぽい”ことを考える。


「遼君……」

「うるさいな」



 調子に乗って呼び掛けて、遼太郎にジロリと睨まれ、桜子はビクッとした。

(えっ……お兄ちゃん、怒らせちゃった……?)

「よくしゃべるな、桜子。いい加減に黙らないと……」

身をすくめた桜子に、遼太郎はニヤリとして、すっと顔を近づけた。

(えっ……えっ、えっ、えっ……?)

「その生意気な口、塞いじまうぞ……?」


(兄がノッて来たー! しかも予想以上に“俺様っぽい”!)


 そう言えば、いつぞやの“ゲームで泣きまくった夜”、お兄ちゃんは何やらドSの片鱗を垣間見せたような……

(そうだった……お兄ちゃんは草食恐竜でありながら、時としてティラノサウルスをも突き殺すというトリケラトプス……あたしは開いてはいけない扉を……)



 その時、電車がガタンと揺れて、遼太郎の背中によその学生の背負ったリュックが当たった。



 ガタンゴトン……ガタンゴトン……


「…………」

「…………」


 しばし、遼太郎と桜子は無言で目をそらしていたが、やがて互いに焦ったように最小音量で言葉を交わし始めた。

「お、お、お、お兄ちゃん、今っ、あた、当たった……?」

「い、いや! ギリ下に回避した……と思う!」

「お兄ちゃん、人体における唇の定義とは、赤い色の部分ということで宜しいでしょうかっ?」

「うむ、概ねその認識で正しいと思う!」

「ちなみにヒトの唇は、解剖学的には外胚葉性の皮膚ではなく、内胚葉性、つまり“粘膜”ということになりますがっ(ウィキペディア知識)」

「うん、少し黙ろう!」


 遼太郎に言われ、口を閉じた桜子だったが、顔を上げて、

「あ……」

ハッとしたように遼太郎の口の下に手を伸ばし、ゴシゴシと擦った。

「ど、どうした……?」

「実は桜子、今日色付きのリップを塗ってるんだけど……」

それはつまり、着弾点がペイントされるということ……

「で……どう……?」

桜子は恥ずかしそうに目をそらし、遼太郎はギクッとするが、すぐにニヤリとした笑みが帰って来た。



「セーフだよ、お兄ちゃん」



 遼太郎が安堵の余り脱力すると、背中にだあっと汗が流れた。

「良かったあ……」

すると桜子がリップで薄く色づいた唇を尖らせる。

「えー……お兄ちゃん、桜子とキスするの……イヤ?」

「イヤも何も……マズいでしょ、兄妹で口でキスは。桜子だってヤだろ?」

桜子は唇に人差し指を当てて、悪戯っぽく笑う。

「イヤじゃない……って言ったら、どうします?」

遼太郎はまた怯むが、こう妹にやられっぱなしも悔しいと思い直し……


 スッと顔を作ると、軽く前髪をかき上げた。

「俺は、イヤだな。電車の揺れで、偶然唇が触れるなんて」

「え……」


「俺が桜子にキスをする時は、ちゃんと俺の意思で奪いたいからな。お前もその方が嬉しいだろ?」


 フッと笑った自信たっぷりな目が、

(お兄ちゃんの、“俺様”キター!)

桜子の胸をズギュンと撃ち抜いた。



 散々自分から仕掛けておいて、いざやられると桜子は真っ赤になる。

「な、何言ってるんだよう、お兄ちゃんは/// 妹相手にさあ///」

やっと遼太郎に兄としてのアドバンテージが戻る。

「ところで、桜子。かなり前から“アウト”だぞ?」

桜子はきょとんとして、それから「あっ」と口を開いた。


「言ってた?」

「普通に」


 両手で口を押さえ、桜子は上目遣いに遼太郎を睨む。

「つまり、全てはお兄ちゃんの“孔明の罠”だったのですね……?」

「いや、それは違う」

「ケーキ惜しさに妹の唇を奪うなんて……」

「いや、未遂だろ。そもそもワザとじゃないし」

むくれる桜子に、遼太郎はふっと笑った。

「いいよ、桜子。ハプニングだったし、チャラにしよう。ここから本番ということで、そうだな……3回でアウトにしてやるよ」

「ホント?! おに……“遼君”だーい好き!」

「ははっ、その調子で頑張れ」

笑顔に戻った桜子の髪を、遼太郎がぽんと叩いた。何だか妙に自然なイチャイチャっぷり、それは“恋人のフリ”なのか、はたまた……



 そして会話の中身までは聞こえていなかったが、二人のイチャコラっぷりに、車内の乗客達の思いはひとつだった。

(リア充、爆発しろ……!)




 **********


 桜子は“遼君”に二ッと笑って、車窓を流れる景色に目をやった。遼太郎から背けた表情は、どことなく複雑だった。

(ゴメンね、お兄ちゃん……)



(あたし、ウソついたんだ――……)



 桜子はこっそりと、自分の唇に手を触れた。どんなにしたくても、自分からは決してできないこと。そんな勇気、桜子にはない。けれど、偶然があっさりともたらした、“いともたやすく行われるえげつない行為”。

 各駅停車が遼太郎と桜子を運んでいくが、桜子の気持ちはいつも特別急行、或いはD4C(ラブトレイン)。いったい桜子を、どこへ連れて行くのか。


 お兄ちゃんの口になんて、幼い頃にはたぶん平気でチューくらいしただろう。それに記憶喪失になる前に、誰かとしたことがあるかもしれない。

(……チーとか。或いは、チーとか)



 けれど“今の”桜子にとって、それは確かに“ファーストキス”だった。




挿絵(By みてみん)

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