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2.妹、ぱんつを握り締める

挿絵(By みてみん)

【はじめまして、お兄ちゃん!(2/6)】

 ……えー、こうして幕を開きました、此花桜子という少女の物語。しばしお付き合いのほど願います。


 さて、世に“氏より育ち”などと申しまして、実の兄妹でも離れて育つと、後に出会った時に恋愛感情を持つことがあるそうでございます。

 逆に血のつながらない他人でも、兄妹同様に育ったりすると、男女の仲にはなりにくいとも申しますので、人の心というのはまことに面白いものでございますな。


 さて、生まれてこの方の記憶を一切合切なくしてしまった桜子さん。主観的には初対面、全くの0ベースで出会った“お兄ちゃん”に恋心を抱くのは、フツウのことなのでしょうか、それともヘンタイなのでありましょうか――……




 **********


 頭を打って記憶を失ってから三日目、桜子はともあれ記憶以外は問題ないということで、目出度く(?)市民病院を退院した。一応、大事を取って、木曜の今日から今週いっぱいは学校を休む予定になっている。


 “お母さん”の運転する軽自動車の助手席に揺られること三十分、ほえーっとした顔で窓の外を流れる5月の町並みを眺めている間に、桜子は閑静な住宅地にある家に到着した。

(あ、戸建てだ)

ということは、あたしの家はまあまあ裕福なんだろうか、と桜子は思う。



 あまり必要なかった入院荷物を抱えた“お母さん”の後からついて、恐る恐る玄関をくぐる。

「お邪魔しまーす……」

思わず呟いた桜子に、

「何言ってるの、この子は。自分の家よ」

そう笑った“お母さん”がちょっと寂しそうで、

「うん……ただいま」

桜子は小さな声で、言い直した。


 とは言え、桜子にはこの家で暮らしていた記憶が全くない。勝手がわからず玄関できょろきょろ立ち尽くしていると、“お母さん”が階段を上って二つ目のドアが桜子の部屋だと教えてくれた。

「すぐごはんにするから、リビングにいてもいいけど、部屋でゆっくりしたら?」

と言われて、桜子はそうすることにした。



(あたしの部屋かあ……あたしの部屋なあ……)


 階段を上がって、ひとつめのドアの前を通り過ぎようとして、ふとそこに掛かった木のプレートが目に入った。


『りょうたろう』


 ぼっと顔を赤くして、桜子は慌てて『さくらこ』のプレートの下がったドアに逃げ込んだ。平仮名の名前の後ろには、さくらんぼの絵のパーツが貼ってあった。




 **********


 飛び込んだ部屋は、いかにもな、しかし見覚えのない“女の子の部屋”だった。


 パステルカラーのカーテンとベッドカバー、ベッドにはヌイグルミなんかが並んじゃったりしている。

(あたし、あれ抱いて寝てたりしたのかな?)

フローリングにラグを敷き、その上にはモノトーンの小さなテーブル。床には少女漫画と例のファッション雑誌が何冊か落ちている。デスクはライトブラウンの学習机のままで、

(あ、ノートパソコンあるんだ……)

桜子は見たことのない教科書やノートをぱらぱら捲ってみた。


 どう見ても数日前まで、“女の子が生活していた”部屋だった。しかし桜子には、その女の子の暮らしが全く見えてこない。



 桜子は物珍しげにきょろきょろ部屋を見回したが、人の部屋を物色しているようで、物に触るのも気が引ける思いだった。

 何の気なしにタンスを開けてみて、畳んだスポブラとぱんつが目に入り、完全に自分がヘンタイな気がして、居場所なげにベッドに腰を下ろす。


 そのまましばらく、桜子は〇と△で描けそうな気の抜けた顔をしていたが、ふとさっき部屋の前でみた、木製のネームプレートの思いが及んだ。


『りょうたろう』


 その途端、桜子の額からぼわっと湯気が立ち昇った。

(そ、そ、そうだった……今日からあたし、遼太郎さんとひとつ屋根の下で暮らすんだよ)

そりゃあ、まあ、兄妹ですから? しかし桜子にとっては由々しき問題である。

 何しろ桜子には、兄・遼太郎の記憶も一切ない。その上、記憶喪失になってからの初対面(・・・)で転びかけたところを抱き留められ、兄とは知らずにひと目惚れをしてしまっている。



 桜子の主観では、出会って二日目の、ひと目で好きになった男の子と一緒の家で暮らす生活が、今まさに唐突にスタートしたわけである。

(な……何なんだ、この展開は。エロ漫……少女漫画かよ、これは。今日から? 一緒に暮らして? 一緒にごはん食べて? 一緒にお風呂入って……)

桜子の右ストレートが桜子の右頬を打ち抜いた。

(一緒“の”! “の”だよ、“に”じゃねーよ、アホンダラ! お湯が一緒ってだけだよ、兄妹でお風呂入って許されるのは法律で小学校までだよ!)


 物理的に頬を赤くして、桜子は息を整え……また顔がにへっと緩んだ。

(……一緒のお湯かあ///)


(やっぱり、目上なんだから遼太郎さんが先のお風呂だよね。遼太郎さんの入ったお湯かあ……お風呂のお湯って、飲んだらお腹壊すかな? あっ、バスロ●ン入ってたら飲めな……)


 桜子の左ストレートが、桜子の左頬を打ち抜いた。

(バスロ●ンじゃねーよ!)

思考回路はアウト寸前、あまりにも発想が浪漫飛行。自らに両頬を打たれ、桜子は肩でぜいぜいと息をついた。

(あたしは、死んだ方がいいかもしれない……)



 桜子はごろんっとベッドに仰向けになった。

(だって……“お兄ちゃん”なんだよ、遼太郎さんは。そりゃ、あたしは、記憶失くしちゃって“カッコイイ男の子”にしか見えないけど、遼太郎さんはあたしのこと妹だってわかってるんだから、妹としか見ないよ。うん、大丈夫)

自分に言い聞かせるように、桜子は頷いた。


(妹としか……)


 見上げたシーリングライトが、不意に滲んで、桜子は横に転がった。

(なっ……んで泣いてんだよっ、あたし?!)

さっき両頬を打擲(ちょうちゃく)した両拳が、ごしごし涙を拭ってくれた。

(ア、アホか……否、アホだ。そんなの当たり前じゃん、妹以外の何物でもないじゃん。妹としてしか見なくなかったら、遼太郎さん、とんだヘンタイじゃん)


 もしも好きな人が自分を好きになってくれたら、もれなく相手はヘンタイです。それ何て地獄?



 桜子はちょっと泣いて、深呼吸して、ちょっと落ち着いた。

(そ、そうだ、明るい面を見よう。ひと目惚れした人と? 親公認で会って二日で一緒に暮らせて? 相手は(兄妹だから)基本的に好意的? ふへっ、勝ち組じゃん)

今泣いたカラスが、もう気持ち悪く笑う。

(そうだよ、妹バンザイじゃん。一緒に暮らしてるわけだし、ありのままの素の遼太郎さんが見られるわけだし、アドバンテージ(?)はあたしにアリだよ)


 “ありのままの遼太郎さん”……?


 桜子はまた、仰向けに反転した。

(ありのまま、はあたしの方もか。一緒に暮らしてるんだから、夜はパジャマ姿とか見られちゃうんだよなあ。あたし、可愛いパジャマとか持ってんのかな? それに、下着だって見ら……)


 桜子はがばっと起き上がって、タンスに駆け寄り抽斗(ひきだし)を開けた。

(あー……あんまり可愛いぱんつないじゃん! ブラだってスポブラばっかだし、何なんだよう、遼太郎さんに見せること考えてないのかよう。しょうがないなあ、買いに行くか。あたし、お小遣いどれくらい残……)



「遼君、桜子―。ごはんよー」

「ほーい、行くわ……」

「ひゃああああいっ!」

「?!」


 “お母さん”の呼ぶのに“お兄ちゃん”が応えるのに、桜子の奇声が被り、隣の部屋からガタンッと物音が立った。



 桜子はぱんつを握り締めてきっかり2分、死にたい思いを噛み締めた。




挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 迷走している桜子ちゃんに思わず笑みがこぼれました! 読んでいると元気が出てきます!
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