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15.桜子の”お兄ちゃん改造計画”

挿絵(By みてみん)

【お兄ちゃん改造計画(1/5)】

 朝は遼太郎と登校した道を、帰りはチーと二人で歩く。放課後チーが学校を案内してくれたので、いつもより下校時間は遅い。サナは陸上部の練習があって、

「朝練もしてるから、行き帰りはあまり一緒にならないよ」

とチーは言う。

 桜子とチーも、幹線道路を渡った辺りで別になる。その場所で、明日の朝も待ち合わせることを約束し、二人は別れた。



 一人になった帰り道を、桜子は鞄を振り振り、ゴキゲンに歌を歌っている。しかも割と声がデカい。

(行く前は結構不安だったけど、学校、行って良かったなあ)

アズマ君とも、サナとチーとも仲良くなれて、例のゴミ箱シュートの後はちょっとクラスのみんなとも距離が縮まって。ゆっきー先輩は強烈だったけど……


(帰ったら、お兄ちゃんにいっぱいいっぱい、学校のこと聞いてもらおう///)


 桜子はデレッと表情を崩すと、さらに声を張り上げて歩く。ご近所の、小さい頃から桜子を知っているおばさんが振り返り、

(あら、事故で記憶がないって聞いてるけど、元気そうで良かったわ)

歌いながら通り過ぎる桜子を、生温かい目で見送った。



 玄関のノブを捻ると、鍵は開いていた。今日はお母さん、確かパートのない日だって言ってたっけ。

「ただいまあ……♪愛せるって言うのですかあ、進む先があ、ぜーつーぼーおでも、これも一興ぉじゃないかー、消えるう、見えるう……」

「おかえり。それってご機嫌で片づけていいテンションなのか?」


 ドアを開けると、ちょうど遼太郎がモッサリジャージ姿で階段を下りてくるところだった。チーと放課後残ってた分、遼太郎の帰宅が先になったようだ。

「てか、お前、それヒデえ替え歌の方じゃねーか。それ、ご近所デカい声で歌いながら帰って来ちゃったの?」

「大丈夫、ところどころ歌にモザイク入れてるから」

「歌にモザイク……」



 遼太郎の横をすり抜け、

「♪『それでもー好―きー』とか(笑)」

“好き”のところでチラッと流し目をくれた桜子を、階段の下から見上げた遼太郎は、チラッと”見てはいけないモノ“が目に入り、慌てて視線をそらした。


 学校、上手くいったようだな。一日ずっと気になって仕方なかったが、ともあれ遼太郎も胸を撫で下ろし、リビングへと入っていった。

(ふむ……“縞”か……)

お兄ちゃんは、割とサイテーだった。




 **********


 部屋着に着替えた桜子がリビングに来ると、おかーさんはソファにいて、お兄ちゃんは冷蔵庫を物色していた。

「♪“妹”的なものだから―、嗚呼、それでもしっぽりお前ら……?」

「俺に振るな。ヤラないわ」

「アナタもかい?」

「そりゃ僕は違うけど……」

しっかり乗ってくれる、お兄ちゃん大好き///



 おかーさんはソファから、アルティメットにハイな桜子を見上げ、

「ご機嫌ね、桜子……ちょっと、遼君、牛乳パックに直接口つけるのヤメなさいっていつも言ってるでしょう?」

桜子が見ると、お兄ちゃんは牛乳を片手にヤベッという顔をしていた。

「桜子が嫌がるじゃない」

「いえ、あたしは気にしませんよ、むしろ」

「むしろ?」

おかーさんは怪訝な顔をしたが、

「それで、学校はどうだった? 大丈夫だった?」

優しく笑って、桜子にそう訊ねた。


 それから10分間おかーさんと遼太郎は、桜子が学校であったことを身振り手振り、こと細やかに母と兄に報告するのを見て、何だか小学生みたいだと微笑ましく聞いた。


 さて、桜子独演会が終わると、

「ところで、桜子。あなたの入院のお話なんだけど……」

おかーさんがそう切り出した。

「事故の相手さんからね、お見舞いという形でお金を頂いているの」



 桜子と交通事故を起こした自転車の高校生とは、入院中に保護者同伴で一度会っている。見た感じちょっとヤンチャそうな男の子だったが、自分のやらかしたこと、結果中学生の女の子の記憶喪失が残ったことに、被害者である桜子が可哀そうに思えるくらい憔悴していた。


「あの、お兄さん。あたしは大丈夫だから、あまり気に病まないでくださいね?」


 事故そのものを覚えていないし、すごく反省しているようだし、桜子に彼に対する怒りはなかった。可愛らしい少女に逆に優しくされ、高校生は涙目で謝り、両親と何度も頭を下げて帰っていった。



 お金の直接的なところはボカしつつ、おかーさんの言うことには、桜子のケガの治療費は保険だか何かで掛からないらしく、事故相手からの見舞金は、ぶっちゃけてしまうと“浮いたお金”なのだそうだ。

「桜子は記憶もまだ戻らなくて、いろいろ大変だったでしょう? だからお母さん、お父さんと相談してね、何か桜子の好きなことに使うことにしたの」


 お母さんは気遣わしげに、桜子にそう言った。

「ちょっとくらい大きなものでも、いいからね、桜子」

「お、良かったなー、桜子。俺もどっかで事故遭ってこようかな」

「遼君、冗談でもそんなこと言わないの」

茶化した遼太郎は、母にガチめのトーンで叱られ、気まずげに頬を掻いた。



 降って湧いたような話に、桜子はぽかんとした。急に言われても、

(欲しいモノ……欲しいモノなあ……?)

そもそも、桜子は自分が何に興味を持ち、何を欲しがる子なのかがわからない。服やら小物やらは家に標準装備されているし、パソコンも自転車もあるし、アクセサリーとかわかんないし……必要なものは、既に全部持っているように思える。


(しいて言えば、お兄ちゃんをあたしのモノにしたいんだけど……///)


 それさえも、フツウの意味では遼太郎はちゃんと“桜子のお兄ちゃん”なのだ。




 **********


 と、そこで桜子の頭の上に、ピコーンとLED電球が光った。

「あのね、お母さん。あたし、したいことがある」

「何々? 何でも言ってみて頂戴」


「あたし、お兄ちゃんを改造したい」

「俺を改造?!」


 妹が思いも寄らないことを言い出し、遼太郎はコップに注いだ牛乳を噴きかけた。

「お前、俺を戦闘員にでもしたいの? 手にドリル付けちゃうの?」

「あ、それもカッコイイかも……ではなくてですね」

桜子は腕組みすると、おかーさんとお兄ちゃんに熱弁を揮った。


「あのですね、遼太郎さんって顔が良くて、背が高くて、実はめちゃくちゃカッコイイのに、カッコかまわないからモッサリじゃないですかあ? あたし、それがもったいなくてずっと気になってるんですよ。もしまとまったお金使っていいなら、あたし、桜子プロデュースでお兄ちゃんをカッコ良くしてみたい」



 これを聞いたお母さんは、困ったような顔をして、

「あら……桜子がそうしたいって言うなら、お母さん、かまわないけど、桜子自身が欲しい物はないの? お兄ちゃんの服なら、お母さんが買ってあげるから」

「あたし、カッコイイお兄ちゃんが欲しい……」

「ゴメンね、カッコ悪いお兄ちゃんで?!」

遼太郎がさすがにちょっと傷ついて言うと……

「違うよお! お兄ちゃん、カッコイイって言ってるでしょーが!」

妹が、何か本気でめっちゃ怒り出した。


 タジタジする遼太郎に、桜子はプンスコとして、

「お兄ちゃんはね、素材はいいんですよ、人一倍。見た目気にしなさ過ぎなのがダメなだけで。その顔で非モテやってるとか、少子高齢化の半分はお兄ちゃんのせいですよ」

「責任比率デカ過ぎない?」

「確かに、遼君は残念なイケメンだからねー。もう少し恰好をかまえば、カノジョの二人や三人くらい、すぐにできると思うんだけど」

「まず一人目を目指そうよ。と言うか、待って。母さんも俺のこと“残念なイケメン”とか思ってたワケ?」


 褒められてるのか貶されてるのか。女二人からの思い掛けない流れ弾、忌憚なき意見に遼太郎はマジ凹みさせられる。



 そして母は、妹に大きく頷いた。


「わかったわ。お母さんも、遼君がこのまま朽ち果てるには忍びないと常々思ってたの。仮にも照一郎さんそっくりの息子だもの、モテないわけがないんだわ!」

(朽ち果てる……)

「きゃあ~、おかーさん、お父さんのことラヴラヴじゃないですか~///」

(俺、何を聞かされてるの?)

「そりゃあそうよー。じゃあ、折角のダイヤの原石、桜子にお任せするわ。実はね、お父さんも、付き合ってた頃はあまり服装とか気にしない人で、お母さん、今のカッコイイお父さんにするのに、そりゃあもう、いろいろと苦労したんだから」

(マジで、何を聞かされてるわけ?)

「男の人一人、自分色に育成するのって、女の浪漫ですよねー」

(俺、“妹色”に育成されてしまうわけ……?)


 遼太郎はもはや口を差し挟むことさえできず、さりとて立ち去るタイミングも逃し、牛乳のグラスを傾けるよりなかった。

(お兄ちゃん、やっぱり改造ベースは“バッタ”がいいなあ……)



 牛乳は、どこかほろ苦い味がした。




 **********


 9時を過ぎて帰宅した、此花家の家長・此花照一郎は、妻と差し向いで一人の食事を済ませ、風呂に入り、書斎で軽く持ち帰りの書類に目を通してから、晩酌をしつつ静かに書を捲って過ごす。


 これが父・照一郎の平日の、規則正しく、娘の記憶喪失が家族の日常を大きく変えてさえ、変わることのない日課であった。



 そこへ僅かながらのイレギュラーをもたらしたのが、夜更けのノックだった。


「入っていいぞ」


 そう言うとドアを開いたのは、高校生となり、あまり言葉を交わさなくなった息子だ。不仲なわけではない。父子ともに、賑やかに華のある此花家の女性陣に比べて、口数のそう多くないタチなだけだ。

「どうした?」

父がそう問うと、

「別に。久しぶりに父さんの肩でも揉もうかと思ってさ」

照一郎は内心少し驚いたが、顔には出さず、遼太郎を部屋へ招き入れた。



 何年かぶりに息子に肩を揉ませてみると、

「ふむ……手が大きくなったな、遼太郎」

なかなか力もあり、そんなことから我が子の成長が感じられた。

 娘の方は、記憶を失くす前は割と最近まで肩くらい、父の日なんかにくれる券と引き換えに叩いてくれたが、正直、女性や子どもの細い指でマッサージされても、息子の大きな手ほど効きはしない。


 もちろん、精神的にはすごく癒されるのだが。


 息子は父に、母と妹の会話の顛末を聞かせた。肩を揉むのは口実で、遼太郎がその話をしにきたのだということは、父も察している。

「まあ、そんなことになったよ。父さんも、若い頃(むかし)は大変だったみたいね」

息子の軽口に、照一郎は少し笑った。

「大事な女性(ひと)が望むよう、色を変えたように見せるのも、男の度量さ」

「はあ、そんなもんかね」

「そんなもんさ」

照一郎は、ぐ……ぐ……ぐ……と息子が伝えてくるリズムにそう答えた。



 大事な人……桜子は小さな頃から、今も変わらず遼太郎の大事な妹だ。


 お互い中高生にもなると、少しずつ二人の間に距離が開いていったが、年頃の兄妹にとってそれはごくごく自然なことだろう。

(それを今になって、ものすごい勢いで距離詰めてきやがって)

今の桜子と過ごす毎日は、正直言うと、悪くない。子どもの頃の二人に戻ったようで、遼太郎は懐かしくも楽しく感じている。

(けどな……)

遼太郎は父の肩を揉みながら、思う。


(今の桜子は、“本当の桜子”じゃない)


 桜子の記憶が戻れば、二人の距離感も元に戻るのだろうか。


 それがフツウなのだとは理解しながら、少し残念に思う自分がいる。ただ、今の日常が続けばいいと思うのは、桜子の記憶喪失が続くことを望むことだとも、遼太郎はわかっている。

(そういうわけじゃあ……ないんだけど……)

ともあれ、一番の問題は今の妹が“可愛過ぎる”ことであった。



「桜子は、本当に遼太郎のことが好きなんだな」

「はい?!」



 父さんが急に口を開き、遼太郎の声がひっくり返った。

「最近はまた、小さい頃に戻ったように仲がいい」

「そ、そうだね。けど、何か妙にベタベタしてくるから、ちょっと戸惑うよ」

遼太郎が少ししどろもどろになると、

「今だけのことさ」

父さんは静かに笑ってそう言った。

「桜子の記憶もいずれは戻る。そうすればまた、遼太郎の傍から離れていくさ」


「仲が悪くなるということじゃない。関係も成長するんだ、と言えばいいのかな。だからそれまで、遼太郎は兄として“今の桜子”に優しくしてやればいい」

「……そうだね、父さん」


 事故が思わぬ見舞金を桜子にもたらしたように、“今の桜子”との時間は、遼太郎にとっての“降って湧いたもの”なのかもしれない。

(そう言えば、急に父さんの肩を揉もうと思ったのも、桜子が俺に子どもの頃を思い出させたせいかもしれないな……)

それからはもうどちらも口を開かず、久しぶりの父子の時間が過ぎていった。



 ただ……桜子の記憶が戻った時、二人の距離が離れるのは前と違って急激なものになるのではないだろうか。そのことが、遼太郎には少し寂しいように思えた。


(うーん……俺ってもしかすると、ちょっとシスコン気味なのかもな……)




挿絵(By みてみん)

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