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12.桜子、“初めて”の学校(新しい友達編)

挿絵(By みてみん)

【学校へ行こう!(3/5)】

 “隣の席”君は、やや小太りの男子。時折捲っているのは、文庫版の“ジョジョの奇妙な冒険”。

(あ、“戦闘潮流”だ。あたし、二部ってゆーか、やっぱジョセフ一番好きなんだよなあ。次は四部の川尻しのぶが可愛くなってくとこすごく好きで……)


 そこで桜子は、自分が“ジョジョの奇妙な冒険”を割としっかり読んだことがあることに気づいた。

(お兄ちゃんが、漫画持ってるのかな……?)

自分の名前さえ憶えていないのに、

(♪空、零れ落ちた二つの星が~……だよね)

漫画の内容なんかを覚えているのだから、記憶喪失って時々冗談みたいに思える。



 さて、その小太り君は、黒縁の眼鏡をしていて、妙に良い姿勢で黙々と漫画を読んでいる。その雰囲気からするに、

(まあ、オタクって感じの男子よね……)

しかし桜子は、あらゆる判定基準を遼太郎に設定してあるがゆえに、“オタクっぽい”というだけで即マイナス判定につながらない。


 偏見を持たずに見てみると、“隣の席”君は、少々太ってはいるけれど、不潔感があるわけでも不器量でもなく、顔立ちも人が良さそうな感じだ。

 パッと見の印象として、アニメとかでよくいる、味のあるデブキャラ君。眼鏡を掛けていることも、桜子的には好感度が高い。

(シュタゲの、ダルみたいな感じかな……そこまでは太ってはないけど)

それも桜子の好きなキャラだった。って……


(あえ? あたし、シュタゲやったこともあるんだ……?)


 あのガードレールに触ったからだろうか、何だかしょーもない記憶のフタが、時折パカパカと開いてくる。肝心の遼太郎の記憶も、まだ闇の中なのに。


 もしかして、とんでもないパンドラの箱だったりして……?



 そおっと覗くと、学生服の胸の名札は“東小橋”。桜子は、自らの直感と第一印象と、お隣の席のご縁に、ファーストコンタクトの相手を彼に決めた。

「あの……東小橋(ひがしこばし)君……東小橋(ひがしこばし)君……?」




 **********


 何度か、小声で”隣の席“君に声を掛けたが、漫画に夢中なのか、反応がかんばしくない。やがて桜子は業を煮やし、

東小橋(ひがしこばし)君ってば!」

周囲のクラスメートが目を向けると同時に、東小橋(ひがしこばし)君がビクッと漫画を伏せて、慌てたように桜子を振り返った。


「せ、拙者でござるかっ?!」


 東小橋(ひがしこばし)君は、どうやら武士(もののふ)であるらしかった。



 思わぬ一人称に少々面食らいつつ、桜子は上半身を傾け、

「さっきから、そう呼んでるじゃないですかあ……」

“隣の席”君に咎めるような視線を送ると、東小橋(ひがしこばし)君は人の好さげな顔を、さらに申し訳なさそうにして、

「いや、拙者、実は東小橋(ひがしこばし)と書いて“あずまおばせ”と読むもので……」

東小橋博之あずまおばせひろゆきはしどろもどろに弁解する。


 桜子は慌てて、伏し目がちに東小橋(あずまおばせ)君を見た。

「ご、ごめんなさい! クラスの人のこと全然覚えてなくて……」

「いやいや! 元々が珍名のたぐいでありまして、拙者の方こそ申し訳なく!」

普段から女子に話し掛けられることとて、そうはない東小橋君は、クラスの女子でもポイントの高さで一二を争う此花さんを前に、それ以上に慌ててしまう。



 さて、尖ったオタクながら割と好漢の東小橋君、中学校に入ってアマガミ以外では初めてに近い女子との会話に、己の全恋愛シミュ能力を総動員して臨む。

「して、拙者に何か御用でござるかな?」

だが、前提として口調は改めない。


 桜子の方も、この程度の困惑は、この頃の人生では物の数に入らない。

「あの……その、あたし、ご存知のように、記憶が全然なくてですね……このクラスで今まで自分がどんな感じだったか、誰かに聞きたいのですけど、東小橋君は席も隣ですし、優しそうな感じがしたから……」

優しそう……ですと? 東小橋博之、人生の女子評価最高記録、更新っ!

「できれば、甘えさせてもらって、いいですかあ……///」

「是非に及ばずッ!」

もしかして今、拙者、人生の絶頂をここに迎えてない?



 桜子の方は、自身が東小橋君をいいだけ惑わしているという認識はない。

「まずなんですけど、あたし、東小橋君とよくしゃべってました……?」

「いや、滅相もない。スクールカースト最上位の此花殿からすれば、拙者など地を這う虫も同然でござろうから、ははは、目にも入ってはおりますまいよ」

笑いと取ろうと自虐に走った東小橋君は、

「それって……あたし、すごくヤな子だったってこと……?」

(なッ……恋シミュマスターの拙者、初手から選択肢をミスった?!)

桜子のショックを受けた表情に、ショックを受けた。


 桜子はちょっと泣きそうな顔で、身を縮こまらせた。

「記憶を失くす前のあたし、調子に乗ってて、ヤな子だったんですか……? バカだ、あたし、恥ずかしい……そんなんだと、お兄ちゃんにも嫌われちゃう……」

何と! 此花殿……リア充の上に、実はめっちゃいい子、だと……?! かてて加えて“妹属性”をお持ちですと(お兄さん、いらっしゃるんですかね)……?


 東小橋君、これまでの人生で、女子に泣かされたことはあっても、泣かしたことはない。

(おい、デヴ……オタの分際で此花さん相手に何やってんだ……?)

教室中の視線が集中しているのをひしひしと感じる今、既にゲームは恋シミュから殺伐としたオンラインFPSに変わっている。

「い、いや、そうではござらぬよ。確かに此花殿はいわゆるリア充で、拙者なぞは陰キャで、つまるところ住む世界が違い申したが、此花殿は拙者の知る限り、人に意地悪をしたりとか、そういう人ではなかったと思うでござるよ!」



 東小橋君が必至の弁解を試みると、此花殿は、

「本当ぅ?」

ほわあっと、その名の通り桜のつぼみの綻びるような微笑で、

「じゃあ、東小橋君は、あたしのクラスで一人目の新しいお友達ですね」

「と、友達?!」

桜子は首を傾げて、

「イヤですか?」

「滅相もない! ありがたき幸せ!」

此花殿……拙者の方もクラスで……と言うか、人生で一人目の女友達でござるよ。


(しかし……教室のあちこちから、男どもの弾丸が飛んできているような気がするのは、気のせいでござろうか……?)



 気のせいではござらん。



 **********


 桜子は東小橋君の方へ体を傾け、小声でささやいた。

「ところで、東小橋君。あたし元のクラスで、誰と仲良くしてたみたいでした?」

「そうでござるな……」

東小橋君は腕を組むと、

「此花殿はリア充ゆえ、誰からも人気者でおられたが……」

「東小橋君」

「は」

ぐっと乗り出すと、身長差で自然、桜子は上目遣いになる。


「桜子でいいですよ」


 心臓に銃弾、さらに10発ほど男子達からヘッドショットが撃ち込まれた。

(じょ、女子を下の名前で?! シナリオ展開が早過ぎるのではござらぬか?!)

もしかして拙者、運を使い果たして今日死ぬのではあるまいな?



 恋シミュマスター東小橋君は、それでも果敢に平静を装う。

「さ、桜子殿がいいと仰せならば。それで、仲のいい女子でござるな。だったら、桜子殿はだいたい都島殿と平野殿とつるんでおられたように記憶してござるよ」

東小橋君はくるっと教室を見回して、

「ほら、廊下側の前の方にいる二人でござる」

東小橋君に言われて見ると、教室内で桜子と一番遠い場所に、椅子に掛けている子と立っている子が話をしていた。


 そう言えば……


(病院から家に帰ったら、スマホに“チー”って名前と“サナ”って名前からのラインが入ってたな)

知らない相手からの、桜子の無事を気遣うライン。誰だかわからないまま、

『大丈夫です。ケガはたいしたことありません』

『けど、頭を打って記憶が混乱していて。何も思い出せないでいます』

そう同じ文面を返したのだった。“チー”と“サナ”が、あの都島と平野という子なんだろうか。


 立っている方は小柄で、髪を二つ括りにしている可愛らしいタイプだ。座っている子は女子にしては背が高く、ショートヘアでボーイッシュな感じだった。背丈がかなり違うので、話している顔の位置はあまり変わらない。

(あの二人が、あたしの一番仲の良かった友達……)

桜子はじっと二人の顔を見つめてみたが、残念ながら、やっぱりその子達のことを何も思い出せなかった。



 と、背の小さい子の方が、ふと振り向いて、桜子が見ていることに気づいた。



 ハッとした様子で慌てて前に向き直り、友達に何か言っている。ショートヘアの子が桜子の方を向き、二つ括りの子ももう一度桜子を振り返る。

 そのまま、三人は教室の端と端で、見つめ合う。やがて、二つ括りの子が立ち上がった。


 が、キーンコーンカーンコーン……そこでチャイムが鳴った。




 **********


 二人は顔を見合わせ、ためらうような様子だったが、結局離れて背の高い子は廊下側の後ろの方の席に戻っていった。

(今、あの子達、こっち来ようとしてた……?)

話し掛けてくれようとしたのかな……桜子はチャイムの音を恨めしく思いながら、ため息をひとつ、のろのろと次の授業の教科書を鞄から取り出す。



 そんな桜子を見て、

「桜子殿、授業が終われば、また休み時間でござる」

そう慰めると、急に顔を真っ赤にして、

「せ、拙者のような者と友達になってくれた桜子殿なら、すぐにまた、都島殿達とも元通りの仲良しになれると思うでござるよ」

心優しきオタク少年は、しどろもどろになって言う。

「でも、早く記憶を取り戻せると良いでござるな……」

そしてなぜか教科書でなく漫画を開いた。



 桜子はそれを見て、少し考えて、

「ねえ、東小橋君」

「何でござる?」

「東小橋君って、実は忍者とかなの?」

ずっと疑問に思っていたことをぶつけた。


 東小橋君は、正直クラスの誰からも引かれている己のスタイルに、あくまでも好意的な桜子殿マジ天使と思いながら、

「実は根来流の末裔でござる。秘密でござるよ?」

口に人差し指を当ててカマしておいた。



 桜子は実は忍者の末裔らしい新しい一人目の友達に、クスっと笑って、

「東小橋君」


「何でござろうか?」

「お前の次のセリフは、『桜子殿もジョジョ読むんでござるか?』、と言う」

「えっ、桜子殿もジョジョ読むんでござるか?!……ハッ!」


 にっと笑って、先生が教室に入って来て前を向いた桜子に、東小橋はあたふたと机の中からノートを取り出した。

(桜子殿は、ガチャで言えばSSレア……拙者のような者に斯様(かよう)僥倖(ぎょうこう)が訪れるとは、何かイベント(フェス)来てたんでござろうか……?)


(今回は拙者、神引きでござったな……)



 そして桜子、学校での撃墜マーク、二つ目。




挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] 何だか東小橋君が良い味出していて笑った。 で、もう私の頭の中では『ひがしこばしくん』でインプットされてしもたのである。 ごめんよ、東小橋君(ひがしこばしくん) しっかし、文章がリズムかる…
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