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11.桜子、“初めて”の学校(職員室&教室編)

挿絵(By みてみん)

【学校へ行こう!(2/5)】

 中学校の校門に着いた。久しく来ることはなかったが、遼太郎にとっては三年間通った、ちょっと懐かしい場所だ。たった一週間ぶりだけど、桜子にとっては初めて来る場所だった。


 立ち止まった二人の周りを、登校時間もピークの生徒達が門をくぐっていく。

「じゃあ、俺はここまでだ。お前はとりあえず職員室へ行って、2年2組の担任の先生を呼んでもらえ。お前のケガの話は、ちゃんと母さんから伝えてくれているからな」

「うん……ありがとう、お兄ちゃん」

こくんと頷いた桜子に、頷き返して、遼太郎は自分も学校へ行くべく立ち去ろうとした。そこへ……


「お兄ちゃん!」

「うん?」



 妹が腕の中に飛び込んできた。

「本当にありがとう。お兄ちゃんも、気をつけて行って来てね……?」

「あ……ああ、わかった……」

ものすごい数の視線が集中するのをひしひし感じて、遼太郎は石になる。桜子はしばらく遼太郎の胸に頬を埋めていたが、

「じゃあ、行ってきます!」


 ぱっと身をひるがえして、校門へ駆け込んでいった。途中、何回か振り返り、満面の笑みで手を振ってくる。

(うわあ、アホだ(カワイイ)……)

力なく手を振り返すと、遼太郎はきびすを返す。


 みんなが自分を見ているのは、わかっていた。

(手ぇつなぐものマズいっつったのに選りにも選って、最ッ高にマズいところで大事故起こしやがって……)

今朝何回目か数えきれない、一番長いため息が、遼太郎の口から尾を引いた。




 **********


 桜子が職員室で名を告げると、椅子から立った守口先生は、四十絡みのやや厳つい感じの男性教師だった。

「此花、もう大丈夫なのか?」

桜子側からは面識がないが、当然相手は自分のことを知っている。

「ご心配をお掛けしました。お陰様でケガの方は大したことなく」

(おや? 此花はこういう感じの生徒だったっけ……?)

ていねいにお辞儀をすると、守口教諭はちょっと面食らった様子だった。


 手招きして桜子が傍らに来ると、守口教諭は椅子に座り、

「それで……その、記憶の方というのは?」

デリケートなことに、言葉を選び選び問うと、

「はい。もう、自分のことも家族のことも、きれいさっぱり。友達のことも、申し訳ないんですけど、先生のことも何も覚えておりません」

気の毒な女子生徒は、少し微笑みながら首を傾げた。



 さすがのことに、ベテラン教師も掛けるべき言葉が見つからず、

「そうか。大変だな」

そんな気の利かないことしか言えなかったが、

「焦っても仕方のないことなので。幸い家族も支えてくれていますから。先生にはご迷惑をお掛けするかと思いますが、よろしくお願い致します」

女生徒は大人よりよほどしっかりとして、またペコリと頭を下げた。守口教諭は少し感動すら覚え、

「学校でもいろいろ大変とは思うが、何か困ったことがあったら、何でも先生に相談してくれればいいからな」


 まあ、中学生女子が、オッサン教師に相談もしなかろうと思いつつ。


 小学生なら「先生、先生」と、何だかんだ教師を慕ったりもするだろうが、中学生ともなれば半分オトナで、生徒に迎合するタイプの一部の教師以外は、だいたい煙たがられるか小バカにされるのは仕方がない。

 守口教諭もご多分に漏れず、嫌われてまではいないと思いたいものの、生徒の人気取りをするような器用な教師でもなかった。


 ところが、記憶喪失でただでさえ同情余りある此花桜子は、

「はい、よろしくお願いします」

オッサンの自虐をよそに、素直ににこっと笑った。


 挙句の果てに、桜子は胸の前で手を組む例のポーズで、

「ふふっ、優しそうな先生で良かったあ……」

ときたもんだ。教師生活20年、守口源之助(もりぐち げんのすけ)教諭は完全にヤラレた。


 力になってやらねばいかん、その思いを胸に、守口教諭は咳払いをした。

「ところで、此花。ひとつ訊いておきたいんだが、今朝校門のところで高校生らしい男子生徒と一緒にいたようだな……」

たまたま目にしたのだが、遠目ではあったが朝っぱらから学校の前で抱き合っているように見えたのだが……?


「あ、それ兄です」

「兄?!」



 守口教諭はビックリしたが、ふと思い出し、

「あー……そうか、”此花遼太郎”か。三年の時に受け持っていたんだ。あいつ、元気にしているか?」

「はい、元担任(そう)だったんですね。お兄ちゃん、あたしが一人だと不安だろうって、自分は学校に遅れるのに、送ってきてくれたんです」

嬉しそうに言う桜子に、

「そ、そうか。仲がいいんだな」

え、この子、学校でお兄さんに抱きついてたってことか?


 困惑した守口教諭に、

「そうなんですぅ。本当に、優しいお兄ちゃんで……///」

桜子は臆面もなく、ノロケた。

(ううむ……しっかりしているようだが、この生徒は少し幼いのかもしれんな)

守口教諭はそう納得して、不純異性交遊だとか、自分のうがった見方を反省した。教諭は桜子の内なる不純を知る由もない。



 ともあれ桜子、学校での撃墜マークが、まずはひとつ――……




 **********


(あたしのがっこうぐらし、すみっコぐらし……)


 本日二回目の、休み時間。窓際の一番後ろのいわゆる”主人公席“で、桜子はちょこんと座ったまま、手をお膝に置いていた。

(♪あたしは、ここにいますー……)



 2年2組のクラスメートは、桜子の事故、そして記憶を失くしたことを聞いていたが、朝のホームルームで本人を前に、また守口教諭から改めて今の桜子の状態を説明された。

 同じ学校に入って2年、小学生から一緒なら8年、それぞれが知っている此花桜子が、自分達を誰一人知らないという現実を。


 親しかった者にもそうでない者にも、桜子は同じ顔を向けて、教壇の横で左手に右手を重ねてぺこりとお辞儀をした。

「只今事情を説明して頂いた、此花桜子です。みなさんのこと、残念ながら今は思い出せないんですけど、改めてあたしと友達になってください」

と、言ってはみたものの……


 クラスメートには、やっぱりハードルの高いお願いだったようだ。


 ちら、ちらと視線は感じた。けれど、話し掛けてくる友達はいなかった。桜子サイドとしては、転校生に近いような心境なのだけど、自分が知っていて自分を知らないという相手にどう接していいのかわからない、という空気だった。

 避けられているのではなく、扱いかねているという感じ。いわゆる、腫れ物に触れるというやつだ。

(触れてもくれないけどなー……)



 桜子は、少々居心地が悪かったが、別に辛いとは思っていなかった。家族さえ覚えていない自分だけど、思い出せないながら一週間で、“おとーさん”も“おかーさん”も大好きになって、

(お兄ちゃんは、特別に好きです///)

誰も桜子を独りぼっちにはしなかった。


 居場所があったところなら、あたしは戻ることができる。居場所がないのなら、その時は新しく居場所を作ればいいだけのこと。


 家族との確かな絆は、そういう強さを桜子に与えてくれていた。



 そこで桜子は、教室の隅っこからそっとクラスの様子を窺ってみた。


 一般的な学校の教室のお決まりとして、男子も女子も幾つかの小グループがあって、何人かの渡り鳥的なタイプがあっちのグループこっちのグループにクチバシを突っ込みながら、上手くやっているようだった。


 その誰もが、声は掛けてこないながら、桜子を気にしている気配がある。特に女子の中に、ちらりちらりと視線を送ってくる子達がいる。

(今、いきなり「うわあっ」とか叫んだら、面白いことになるだろーな)

そんな危険な衝動もないではなかったが、新たに築くクラスでの”居場所”が、それでいいのか。



 更なる観察を続けると、やっぱり何人かのクラスメートは、今の桜子と同じく自分の席を根城に微動だにしていない。

(おー……いわゆる孤高(ぼっち)枠かあ……)

男子にも女子にも、教科書とか漫画を捲っている子、机に突っ伏して寝てる子は別に本当に眠っているわけではないのだろう。


 みんなのことを知っているのに、誰も自分のことを知らない。桜子とは全く真逆のあの子たちの気持ちは、いったいどういうものなんだろう?



 視線を巡らせると、桜子の隣の席の男子も、“そういう一人”のようだった。




挿絵(By みてみん)

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