線香花火
初めての投稿となります
よろしくお願いします。
「花火しに行かん?」
高校三年生の八月、本来なら学生は夏休みの期間だが、受験を控えていることから課外授業があるということで学校にいた俺は教室前の廊下にて彼女からそう言われた。
「花火?」
俺は少し困ったような彼女の顔を見て、少しだけ怪しい雰囲気を感じていた。
「うん、同じクラスの佐藤くんから誘われてさ、断ろうと思ったんやけど、ちょっとしつこかったけ仕方なくオッケーしてしまったんよね。」
「二人で行けばいいやん。」
「二人きりでいくのはちょっとね…」
「お前何でオッケーしたんや…」
「しょうがないやん、しつこかったんやけ。」
身長165㎝と、女子にしては高めで、綺麗な整った顔立ちをしている彼女は、大きな瞳を細くして言った。
「めんどくさ…大体、佐藤は絶対お前のこと好きでさそっとるんやろ?」
「うん。」
「自分ではっきり言いやがった...じゃあそれに俺が付いていくのおかしくない?」
「いいやん別に。あ、もうすぐ授業始まるけ行くね、後で詳しい日時とか送っとく。」
そう言って彼女は自身のクラスの教室内に戻っていった。
「いや俺行くとか一言も言ってないんやけど。」
そう言った俺の声は彼女に届いてなかったらしい、放課後にメッセージアプリに詳しい日時や場所が送られてきていた。どうやら彼女の中で俺が花火に参加することは決定事項のようだ。
「行くしかねえか、嫌やなあ…」
了解。
とだけ彼女に返信して、俺はメッセージアプリを閉じた。
俺が彼女と初めて出会ったのは中学一年生の時である。俺たちの中学校は田舎の方の学校で二クラスしか無く人数が少なかったため、比較的男女の仲が良かった。
俺は当時クラスの中心にいるような存在でも無く、だからといってぼっちというわけでも無く、そこそこに友達はいた。まあ、普通の中学校生活を送っていたと思う。
彼女と初めて話したのは入学してから1ヶ月ほど経った後で、特に印象に残る会話をしたわけでもない。
せいぜい自己紹介程度である。
中学一年生の時は彼女とは別々のクラスということもあってか、体育祭や文化祭などイベントがあるときに、見かけた際に少し話すことはあったが、仲が良いというわけでもなかった。
2年生にあがって、俺と彼女は一緒のクラスになった。一年生の時はそれほど顔をじっくりと見たことはなかったが、よく見ると整った顔立ちをしている。彼女は、その整った容姿や明るく素直な性格から、先生やクラスメイトに人気があった。
俺がそんな彼女のことを好きになったのは二年生にあがってすぐのことである。当時まだ女子と付き合った経験もなく、あまり話し慣れなかった俺は、誰にでも優しく、同じ態度で話す彼女に惹かれ、気づけば彼女のことを目で追うようになってしまっていた。
だが、彼女に告白する勇気もなく、それどころかアプローチする勇気もなかった俺は、片思い特有の胸の奥が苦しくなるような思いを、抑え込み悶々とした日々を送っていた。
十二月のことである。もうすぐ修学旅行を控えた女子たち、また男子たちは昼休みに教室内にて、恋バナで盛り上がっていた。
俺もその恋バナに参加していたが、自分の好きな人を友達に話すのは恥ずかしく、いつも恋バナの際には好きな人はいないと言っていた。
その時、教室内で彼女とその友達がいる方向から彼女の声が聞こえてきた。
「私修学旅行で、告白しようと思っとるんよね。」
と言うと彼女の友達がその言葉に反応して
「え!?まじ?好きな人おったん?誰なん!?」
「えっとね…田原くん、うわっはずい…」
彼女はそう言って少し頬を染めた。
「お似合いやん!絶対いけるよ!頑張って!」
「うん… 緊張する〜…」
それは俺の名前ではなかった。当時の俺は相当にショックを受けたが、彼女に好かれるような努力をしなかった自分が悪いと考え、それほど長く引きずることはなかった。こうして俺の片思いはフラれることもなく終わった。
彼女の気持ちを知ってからも俺はいつも変わらない学校生活を送った。
その後彼女は修学旅行の際に告白を実行し、その告白を受けた田原と付き合うことになった。中学生の間、彼女と田原は周囲からお似合いのカップルといわれ、仲の良い、理想のカップルだった。二人の関係は中学卒業まで続いていたが、卒業と同時に別々の高校に行くことから、二人で話し合い、円満に別れる方向で決まったらしい。
卒業式の日に彼女と田原が二人で笑顔でツーショットの写真を撮っていたのを俺は遠くから見ていた。
その頃にはもう俺は彼女のことを好きとは思っていなかったがその光景を見て胸に何か、チクリと刺さるような感覚があった。
俺と彼女は同じ高校に進学した。別に彼女を追いかけてきたとかそういうわけではない。
合格発表の時に初めて彼女が俺と同じ進学することを知った。俺が合格発表の結果を見てホッとしている時に彼女は俺に話しかけてきた。
「受かった?」
いきなり話しかけられた俺は一瞬戸惑ったがそれを顔に出すことはなかった。
「受かったよ。お前は?」
俺の結果を聞いて安心したのか、彼女は笑顔でこう言った。
「私も受かった。良かった〜、知り合いがおって、ずっと一人かと思いよった。」
通っていた中学校から高校はかなり離れており同じ中学校から進学したのは俺と彼女の二人だけだった。俺はその事実に何か起こることを期待するわけでもなく、社交辞令といった感じで彼女にこう言った。
「高校でもよろしく。」
「うん、よろしく!」
彼女は初めて会った時から変わらない、大きな瞳を細めた笑顔でこう答えた。
俺と彼女は高校生になってからは中学生の時より仲が良くなった。お互いに好きな人がいることを相談したり、高校でできたお互いの恋人の誕生日プレゼントを選ぶのを手伝いに出かけたり、テスト終わりに一緒にカラオケに行ったりもした。今考えれば友達以上の関係だったと思う。
そんな俺と彼女の様子を見てクラスメイトからは度々少し冷やかすような感じで
「お前ら付き合いよん?」
とか言われていたが、俺はそれを言われるたびに
「いや、中学が同じなだけ。」
と答えていた。それを聞いていた彼女はいつも何か言いたげな表情だったが、特に何かいうことはなかった。
俺は高校で何人か彼女ができたがその全員から振られてしまった。理由を聞いてみたところ全員口を揃えてこう言った。
「別に私のことそんなに好きでもないやろ?」
俺はそれが分からなかった。ちゃんと全員好きと思っていたし、一番大切な人として接していたはずだった。自分の何が原因で振られるのか、一生懸命その原因を探しても見つけることはできなかった。
「次の日曜日に花火の買い出しいこうや!」
机に伏せて寝ていた俺を揺らして起こした彼女は目が合った瞬間こう言った。
「佐藤と行けばいいやん。佐藤がお前のこと誘ったわけやし。」
俺はその誘いに嬉しさを感じつつも、いかにも面倒くさいといった感じで言った。
「佐藤くんも行くよ。ただ二人きりになるのがきついけ付いてきてほしい。」
彼女は俺に手を合わせてお願い!と言いながら上目遣いで俺を見上げていた。
俺がお前の頼みを断ったことがないのを知っているくせに。
「わかった、わかった、付いていくわ。」
「やった!お願いね!」
そうして彼女は俺のクラスの教室から出て行った。
次の日曜日俺は彼女と佐藤と三人で買い出しをするために高校の近くのショッピングモールに来ていた。
手持ち花火はもちろん、噴射式の花火や打ち上げ花火なども買っていった。
ある程度買い出しが済んだところで彼女がお手洗いに行ってくる、と言い席を外した。俺と佐藤が残され、少し気まずい雰囲気を感じていたところ、佐藤が口を開いた。
「俺"彼女"のこと好きなんよね。」
「え?そうなん?」
俺は内心そんなん知っとるわ、と思いつつも驚いたような様子で答えた。
「"俺"はさ、別に彼女のことを好きとかそういうわけじゃないよね?他の奴らが付き合っているのか聞いても、同じ中学校出身なだけっていいよるし。」
「…ないない、本当に中学校が同じで腐れ縁ってだけ。」
俺はそう答えた。
「じゃあ、俺と彼女が付き合えるように協力してくれんやか?」
佐藤は少し安心した様子で俺に尋ねてきた。
「…分かった。」
「よっしゃ!じゃあさ―――」
佐藤は彼女と二人きりになるために花火をする当日に俺に仮病を使って欲しいとのことだった。俺は中学校の卒業式でも感じたチクリとした胸の痛みを少し我慢しつつ"分かった"と返事をしたのだった。
少し時間が経って、走ったのだろうか、彼女が息を少し切らして戻ってきた。
「ごめん遅くなった〜」
「いいよ、じゃあ買い出しも終わったけ今日はこの辺で解散するか。」
と言うと今日はこの場で解散となり、俺は駅の方に向かって歩くのだった。
俺と彼女は家までの方向が同じなため、一緒に電車に乗っていた。
「花火楽しみやね。」
と彼女は嬉しそうに俺に話しかけた。
「…そうやね。」
「えー?なんか全然楽しみにしてそうにないんやけど。」
彼女は俺を少し睨むようにして言った。
「はいはい、楽しみ楽しみ。」
「全然心がこもってない!」
彼女はふざけた調子で俺のことを怒っていたが、俺にはどこか、少しだけ悲しげな様子であるように見えた。そうして俺たちはたわいもない会話をしながら家に帰った。
花火当日、俺は予定時間である18時の1時間前に、彼女に発熱して行けなくなったこと、俺のことは気にせず二人で花火を楽しんでほしいことをメッセージアプリで伝えた。
彼女からは"分かった"とだけ返信が来た。
18時15分、俺は時計を確認して
「佐藤のやつうまくいきよるかな…」
と呟いた。
「でも彼女は全然佐藤に興味ない感じやったけなあ。大丈夫かね…」
と現在花火をしているであろう二人の様子が気になってしょうがなかった。
「大体、なんで二人きりになりたくないとか言いよって遊ぶ誘い受けるかな…しかも、仮病とはいえ熱があるっていいよるのに"分かった"としか返してこんかったし。あ〜なんかイライラしてきた。」
彼女と佐藤の二人のことを考えれば考えるほどイライラしてきた。ブツブツと文句を言いつつ、俺は頬に上から何かが通る感覚を感じていることに気づいた。
「ん?何これ?何で?」
涙だった。気づけば大粒の涙が一滴、また一滴と眼から流れ出していた。
「…意味わからん」
分からなかった、なぜ涙が出るのか、なぜこんなにもイライラしているのか。
「…寝よう。」
俺はこの涙とイライラをどうにかして抑えるために横になり目をつぶった。だがいつまでたっても眠れるような気配はない。風呂入るか、でも何もしたくない。と無駄な葛藤を繰り返していたところ、ノックもなく自室のドアが母によって開かれた。
「"彼女"ちゃん来とるよ。なんかすごい心配しとった。あんたなんかしたん?」
「…は?」
何でだ?時間は18時30分、まだ解散するような時間ではないはずだ…じゃあ何でここに彼女がいる?
「…今行く。」
俺は混乱気味の頭で思考を巡らせつつ、玄関のドアを開いた。
「あ、きた!熱あるって言いよったけど大丈夫…なんか意外と元気そうやね?」
と、彼女は言いながら俺の額に手を伸ばしてきた。
「あれ?全然熱なくない?顔色もいいし…本当に体調悪いと?」
「…」
俺は黙っていたままだった。返す言葉がないでいると彼女が少し不思議そうな、または怒ったような様子で言った。
「ちょっと説明してくれん?」
彼女から少しばかりの怒りを感じつつ、俺は佐藤から彼女との仲を取り持つようにいわれ、仮病をつかったことを説明した。
「やっぱりね、いきなり熱が出たってなんか怪しいと思った。」
彼女はあきれた様子で言った。
「嘘ついてごめん…でもお前佐藤と花火しよるんやなかったん?」
「"俺"のことが心配やけ様子見に行ってくるって言って抜けてきた。佐藤くんには申し訳ないけどね。」
彼女は少し苦笑いを浮かべながら言った。
「そうなん…それで佐藤に何か告白とかされたん?」
「…されたよ。」
「…そっか、それでどうするん?」
「受けるつもりはないよ、今私他に好きな人おるし。」
「…誰?」
俺は自分でも驚くほど焦っていた。心臓の奥の方がきつく閉められたように苦しかった。
「教えんよ。」
と少し笑って答えながら彼女は自分のカバンを漁りだした。
「何探しよん?」
「ちょっと待って…あ、あった。これやろーや!」
それは細長い袋に何本も入っている――
線香花火だった。
「私線香花火好きやけ、これだけもらって、持ち帰ってきた!」
「何で線香花火だけ...俺は他の手持ち花火の方が派手で好きやけどな。」
「え?なんか文句ある?仮病使ったくせに?」
「やらせていただきます。」
ライターでろうそくに火をつけた後、溶けたろうを地面に垂らし、その上にろうそくを置くことで地面に固定する。それを俺がし終わった頃合いを見計らったか彼女はこう言いだした。
「どっちが長く続くか勝負ね!」
「絶対俺が勝つやろうけど、受けて立つ」
俺はその勝負に勝ち続けた。そもそも彼女は線香花火の火花が散り出すところまですらたどり着けていない。
「なんで!?ずるやん!」
「いやずるやないし。」
「最後はは絶対に勝つ!」
そう行って彼女は袋から線香花火を取り出していた。最後の二本であるようで、彼女はそのうちの一本を俺に手渡してきた。
「最後もどうせ俺が勝つよ。」
そう言って俺たちは同時に火をつけた。
先端が丸まって小さな火の玉になっていく。できるだけ揺らさないように、そっと、そっと、火花が咲くのを待つのが線香花火のコツだ。
(最後くらいは負けてやるか...)
そう思い俺は彼女の顔に目を向けた。
表情は真剣そのもので、彼女のその大きな瞳には線香花火の小さな火の玉が写っていた。
パチ…パチ…とだんだん火花が大きく、美しくなっていく。
彼女のその大きな瞳に吸い込まれるようだった。
「あっ」
俺が持っていた線香花火の小さな火の玉が落下した。
彼女が持っている線香花火の火の玉はまだ落ちておらず、更に火花が咲き誇り美しくなっている。
俺はその間ずっと彼女の瞳を見ていた。彼女の目に映った火花もまた彼女の瞳をのぞいているかのようだった。
どれくらい時間が経っただろうか。
だんだんと火花が落ち着いてきた火の玉が、ぽとりと彼女の足元に落ちた。
「私の勝ち!」
俺の方を見ながらそう言った彼女の顔は、昔から変わらない、大きな瞳を少し細めて笑っていた。
――そうか。
やっと気づいた。
俺が彼女と佐藤のことを考えて何でこんなにもイライラしたのか。
なぜ泣いてしまったのか。
なぜ自分では大切だと思っていた恋人に振られてしまうのか。
俺は――
「どうしたん?」
気づくと彼女が俺の顔を覗き込んでいた。
「なんでもな…いや、"彼女"。」
「ん?なん?」
彼女は少し期待したような目でこちらを見ていた。
「俺は、中学の時からずっとお前のことが――」
その後二人はどうなったのか。
これは僕の実話をかなり改変した作品です笑
もしこの作品を読んでくださった方がいて、少しでも記憶に残れば幸いです。
読んでくださりありがとうございます