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ミス国ワヨモという街にある高級ホテル「ムタニビ」で開かれていたのは、一代でワヨモでも指折りの貿易会社「ベプ貿易」を築いたという名物社長テトツ・ムヨの還暦記念パーティーだった。
「私は今日をもって社長を引退、会社を息子のヌカメーに譲ろうと思う。ただ、その前に1つだけ、最後の花道を飾らせてほしい」
話声が響いていた会場が、テトツの言葉で、驚きの声に変わった。テトツの左脇に座る息子のヌカメーも驚いているところを見ると、彼も初耳のようだ。百人近く集まった宴会場の中で、落ち着いていたのは専務のキビくらいだったが、そのキビは、これまでに見たことがないほどの渋い顔をしていた。
「実はな、私は引退前に、この会社の有志と最後の社員旅行に行きたいと思うんだ」
社員たちから漏れたのは、驚きとも安堵とも違う複雑な声だ。
「行き先は、ミス湾に浮かぶ我が国固有の領土ジャレメ島だ。島に上陸し、釣りを楽しみたいと思うのだが、どうだろう」
その言葉の後、場内に響いたのは、どよめきだった。その中で言葉を発したのは、人事部長のゼベバだ。
「ちょっと待ってください。ジャレメ島って、あのジャレメ島ですよね。あそこは随分前からゾモ国が実効支配していて、軍隊も駐留しているって話ですよ。そこに上陸なんて」
「そうですよ。島に近づいただけで、下手をすると攻撃されて、殺されますよ」
続いて言葉を添えたのは、営業部長のグメタオだ。
「第一、外務省の渡航許可が出ないでしょ。そんな暴挙」
そう言ったのは、総務部長エヅである。
「自国の島に遊びに行くのに、何故、外務省なのか分からんが、みなの心配が分からんでもない。そこでだ、おい、入りなさい」
テトツが部屋の入口に声をかけると誰かが中に入って来た。
「キテプテチ部長・・・」
数名から声が漏れた。それは以前は技術部長、その後、半年前まで嘱託で働いていたが、突然、姿を消したキテプテチだった。
「苦節50年、社長の指示で様々なミッションをやらせてもらった、キテプテチです。この度、社長への最後のご奉公で、半年間、わが社所有の船舶第1号ガグの改造に取り組みました。今やガグ号は、ジャレメ島どころか世界一周も可能な船に生まれ変わりました」
キテプテチがそう言うと、大きくうなづいてテトツが続けた。
「万が一のため息子ヌカメーには残ってもらう。渡航するのは、キテプテチら技術部の古参数名、そして、この中の希望者、加えて、船の操縦は船舶部のアメラモ船長以下数名だ」
そこで声を上げたのが、場内後方にいたアメラモだった。
「実は、社長から行き先までは聞いてなかったのだが、社長の命令があれば、そこに行くのが私の仕事だ。安全には万全を期す」
場内の反応はバラバラだった。参加表明をする社員もいれば、訝しい顔を崩さない者もいた。テトツは、あちこちで繰り広げられる会話を、しばらくの間、むしろ楽しむように聞いていた。
「思えば、私は幸運に恵まれた。ボロ船一艘で開業した、このベブ貿易が、これだけの企業に発展したのは、このミス国の高度成長のお蔭だ。私は、この国の未来に禍根を残さないため、長年の懸案事項に自ら終止符を打つことを、私の最後の仕事にしたいと思う」
テトツの言葉で、その日のパーティーはお開きになった。




