第4話 集合
「えーっと………、わっ、……私がなんでよばれたの?」
シャルがシュリュッセルに問い掛けた。
ただただ続く螺旋階段を昇り、時には狐耳っ娘や包帯でグルグル巻きににされたミイラ人間モドキの横を通り抜けつつ二人は歩いていた。
「それはあなたが、血の魔王の加護を受けたから。まぁ、詳しくはティーネ様にお訊ね下さい。きっと答えて下さることでしょう。」
歩く速度を全く緩めないまま、シュリュッセルは答えた。先程までの自然な仕草とは異なり、NPCらしい決まった受け答えのようだった。シャルはこてんと首を傾げ、シュリュッセルの後ろを歩く。
やがて階段を昇り終えると、突如として巨大な扉が現れた。細かなレリーフが刻まれたそれは、妙に威圧感を感じさせる代物であった。
シュリュッセルがその扉をノックすると、 中から少女の声がした。
程なくして扉が開き、純白のローブに身を包んだ少女・リリーが顔をだした。
「おっ、シュリュッセル乙!シャルちゃんようこそ〜!」
シャルの手がリリーに掴まれ、そのまま扉の向こうに入っていった。
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普通の家と全く変わらない内装。世界観をまるで無視した電化製品の数々にシャルは文句の一つでも言いたくなったが、小学生にそこを求めてはいけない。
平然と冷凍庫から取り出したアイスを口にしている姿を見てしまうと、世界観がどうのというのはひどく些細なことに思えた。……もっともアイスが美味しそうで、だが。
「ほら、せっかくシャルちゃんが来てくれたんだから!注目!」
手を叩き、リリーが注意を集める。
その場にいた全員の視線が集まったのを確認すると、おもむろにシャルを前に出した。
シャルは困ったようにリリーに目を向けたが、リリーは小さくウィンクしてみせただけであった。
「これで全員揃ったね!拍手!」
「「「わー………(パチパチ)」」」
リリーが盛り上げようと声を掛けたが、他の三人の反応はパッとしないものであった。
そんな仲間たちの様子にリリーは抗議する。
「ノリ悪ッ!?折角最後の一人が来たんだよ?もっと盛り上がって!」
アイスを取り出して食べていた少年・ニートゥは、シャルを指差して言った。
「まず、そいつ自身リリーに引いてねぇ?」
シャルは内心で同意する。招待されて来てみれば、やたらとハイテンションな同級生。オマケに名実共にサーバー最強ギルドのブルエルケ……だなんてなんの冗談だと言いたかった。
さらにいえば、シャルはあまり人付き合いが得意ではない所謂コミュ障だ。
リリーのテンションは空回るばかりで、シャルだけでなくギルドメンバーにも引かれていた。
「はいはい、わかりましたよっ!まともにやりまさーね!」
その言葉に胡乱げな目を向けたシャルだったが、次の瞬間には目を見開いた。
突如として現れた紅い光球が、部屋を照らし出していた。数はちょうど、この場にいる人数と同じ、五つ。それぞれがばらばらに宙を舞っている。淡い色や濃い色、大きさも形もどれをとっても同じものがない。
ーーそしてぼんやりと浮かぶ、《Blut Erlkönig》の文字。
「じゃあ、あらためてだね。ようこそ、シャル。虚ろ姫に導かれし最後の一人を、我らブルート・エルケーニヒは歓迎します。」
▪️ ▪️
「はぁ……?えっと………、ほ、本物っ?」
呆れたような困ったような、何とも言えぬ顔でシャルがギルドの面々を見る。
それも無理がなかった。
普通、ゲームの上位ランカーというのは社会人やゲームに人生を捧げる廃人達が多い。それなのに、どうして小学生がランカーになれるのか、シャルには皆目見当がつかなかった。
「はぁ……。なんだブルエルケのニセモノが居るとでも言いたいのか?」
やれやれとレリアが溜息をついた。その隣でリリーが面白いものを見たと言わんばかりの満面の笑みで、シャルに言う。
「レリアはちょっと黙って。ええと、シャルちゃん。小学生だからこそ心からこの世界を楽しめるんだよ?」
リリーの蒼い眼が、シャルを真っ直ぐに見つめた。その奥でブルエルケのメンバーは笑って見せた。
「この世界はまだ知らないことが溢れてる。くだんない固定観念でガッチガチの大人なんかより好奇心旺盛な子供の方が楽しめるよ。遊び場が、世界が、自分が、もう一つあるんだもん。遊び尽くした方が勝ちなんだよ?」
心の底から楽しそうに語るその姿が、シャルには少しだけ懐かしく思えた。引っ越す前の友人達……或いは、かつて救ってくれたあの人に重なって見えた。
馬鹿みたいに笑って、遊んで、喧嘩したり、良いことも悪いこともいろんなことがあった。
「…………いいっ、な……」
また、あんな楽しい毎日を送りたい。前みたいにいじめに怯える毎日はもう嫌だ。
惨めな自分が嫌で、違う日々を送りたくて……このゲームの世界に飛び込んだ。なら、存分に遊び尽くすべきなんじゃないか。
「シャル!私達と一緒にこの世界を遊び尽くそうよ!」
差し出された手を直ぐにとることは出来なかった。手が震えて、どうしようもなかった。
信じた人に裏切られたことがあったから。
いつもそうやってうまくいかなくって、ずっと悩んで。
でも、信じたかった。信じてもいいって思いたいけど、やっぱり怖くって。
「だからさ、一緒にブルエルケにならない?」
仄かに漂う紅い光。その一つにシャルはかつての恩人のような温かな光を見つけた。
優しい声が、穏やかな雰囲気が、芯のある強さが、人に手を差し伸べられる思いやりの温かさが。その全てが今のシャルの元になった憧れを、ふと彼女は見つけたのだ。
ーーーここへ導いた如月加代という人物の面影を。
「わた……、わたしっ、はっ………。」
吃りながらも、シャルは言葉を紡ぐ。あまり人と話さないからか言葉を探しながら、それでも、シャルは自らの考えを口にする。
「………このギルド……にっ、………」
ギルドメンバー全員の視線がシャルに集まっていた。赤い眼が、蒼い眼が、黒い眼が、茶色の眼が向けられる。それぞれの想いと、温かい光が交錯した。
「……入り……っ、……たいっ………!!」
その瞬間、願いを聞き届けたとでも言わんばかりにーーーーーーー世界は紅く染まった。