第3話 招待
転校生歓迎会も終わり、適当に一時間程狩りでもしようかとシャルはブラブラと森の中を歩いていた。
空おも覆う木々により薄暗い森の中。足元には植物の蔓が伸びており、一歩間違うと転んでしまいそうだった。何処からともなく聴こえる鳥達の囀り。怪しげに揺れる淡い翠の光。
だがそんな幻想的な森の中に似つかわしくない電子音が響く。
ジジジジジジジジジジジジ、ブーブー。
そしてシャルの目の前にシステムウィンドウが現れた。
『 新着メールが1件あります 』
シャルは顔をしかめる。メールの送り主は、誰だろうか。
家族か、従兄弟か、はたまたセールスの類か。それとも運営からか。
しかし、その予想はどれも当たっていない。
送り主は〈ティーネ〉。シャルの知らない名前であった。
『 お久しぶりです。元気でしたか? ティーネです。
えーっと、ティーネって言っても分かんないよね。如月 加代です。
あなたがこのメールを見てるってことはブルエルケと会ったことでしょう。
ブルエルケはあなたと似た境遇の子の集団です。
たぶん、気が合うんじゃないかな。話してみると面白いかもよ?
あ、話が逸れちゃったね。
ブルエルケとあなたが接触したってことは、これだけ覚えていてほしいの。
《 あなたも【Grenze】へのアクセス権を持っている。》
じゃ、頑張って。
ティーネ 』
このメールを見てシャルは首を傾げる。解らないことだらけだった。
何故、かつて助けてくれたこの人からメールが届くのか。何故、ブルエルケが出てくるのか。
そして、【Grenze】とは一体何なのか。
また、電子音が響く。
『 新着メールが一件あります 』
連続して鳴った電子音に対し、眉をひそめるシャルだったが、送り主を見て固まった 。
〈ブルート・エルケーニヒ〉。例のサーバー最強ギルドであった。
『 ブルエルケのギルドホームまで来てほしい。 』
とても短い文面だった。ただ簡潔に用件以外はなにも書かれていない。
来てほしい、と言う割にはギルドホームの場所すらない。
「な……、なに……こ、れ……」
シャルは小さく呟くと、視界の端にある時計を見た。夕飯の時間までまだ一時間ほどある。
あまり時間はかからない筈。
こうしてシャルはブルート・エルケーニヒのギルドホームに行くこととなった。
◼︎ ◼︎ ◼︎
「う……うわぁ……」
思わずシャルはそう呟いた。
色々な情報をネットで調べ、分かったのは巨大な浮遊島群だということだった。
いくつかのクエストが用意されており、ちょっとした観光地になっているらしい。
さらに、行くには専用の飛行船に乗る必要があるときた。
「え……っと、乗れば……いいっ……の?」
崖のような場所にある乗り場のゲートをくぐり、まるでクジラのような形の飛行船に入る。
クジラの口の中に入り、辺りを見回した。
暗かった。
しかし、入り口近くの壁のランプだけが光っている。そこには小さな妖精がいた。
「えいっ。」
可愛らしい掛け声と共に軽く手を振るい、自らの身長程もある火をランプへと点灯していく。
明るくなった室内には、木で出来た長椅子がいくつも置いてあり、シャルは電車の中みたいだと思った。いつの間にか壁の一部が窓になっていて、景色が見える。
シャルが座ってから他の客も乗り込んできた。それから間も無くして、音もなく飛行船が飛び立った。少し揺れる度に速さが上がる。………もっともシャルはその度具合を悪くしたのだが。
「………うぷ。」
シャルの三半規管が限界に達する直前に、飛行船は止まった。目的地に到着したようだ。
僅か五分程の時間だったにも拘わらず、すっかりグロッキーになったシャルはフラフラとした足取りで歩く。
そして……。
「な……、なに……こ、れ……」
先程と同じ言葉。しかしその言葉が向けられていたのは、目の前に広がる光景だった。
そこにあったのは村だ。そのさらに先には巨大な漆黒の城がある。
他のギルドのギルドホームや敷地が建物ひとつ分だとすると、「浮遊島群丸々ひとつ」がブルエルケのものだったのだ。
大会やイベントで勝ち続けてきた結果と言えばそれまでだが、シャルからすれば常識はずれなとんでもない代物であった。
周りの人々が漆黒の城に向かっていく。シャルは我に返って、自らもまた城に向かった。
◼︎ ◼︎ ◼︎
城の入り口にはやはり門があった。しかしながらモンスターなどの姿は無く、開け放たれている。
奥へと続く道にはぼんやりと光るランタンが置かれ、人々はその明かりを頼りに進んでいった。
やがて、エントランスホールとでも呼ぶべき広間に着くと、とても異様な光景が広がっていた。
まずはその中心にNPCーーノンプレイヤーキャラクターーがリボンで磔にされていること、そして、火だるまにされているプレイヤーが大量にいること……………。
「あははははははははははっ!見てよリューゲ!あーんなに燃えてるよーっ!面白いねー!」
「こらピュロ、そんなに笑わないの。しかたがないでしょう?あんなに見境なく燃やすから。」
上から声がした。一人は幼い少女の声、もう一人は高いソプラノの澄んだ声。
シャルが咄嗟に上に見上げると二人の少女がいた。腰から生えた純白の翼で飛び、魔法や弓の攻撃は躱しつつ、二人は下を見下ろしている。
ロリボイスで、あどけない顔立ちの少女は肩口までの黒髪を揺らし、しばらくふわふわと飛んでいたが、シャルを見つけると急降下した。
「あなたが、シャルちゃん?」
青い瞳が真っ直ぐにシャルを見る。先程まで燃えていると、大笑いしていた姿とは似ても似つかない。その様子にシャルは、少しだけ後ずさる。
急いで、リューゲと呼ばれたもう一人の少女も降下した。そしてピュロと呼んだ少女に拳骨を落とすと、シャルの方を向いた。
「ピュロマーネが無礼を働いたことを、どうかお赦しくださいませ。じきに案内の者が参ります。それまではこちらでお待ち下さい。」
まるで人間のように流暢に話すNPC。表情も、仕草も、自然だった。余程細かくプログラムしたのだろう。
「リューゲ痛いよッ!なんでいつもポカスカ叩くのさ⁉︎」
「ピュロ、私は貴女を叩いた覚えが無いのだけれど。」
「じゃっ、じゃあじゃあ殴った!」
「拳骨はしたかもしれないわね。」
「うーん……、分かんないよリューゲのバカッ!」
楽しそうな会話を繰り広げていた二人のもとに、プレイヤーがひっそりと忍び寄っていた。
間も無く手にした槍が突き出され、リューゲを貫く。やった、と笑った瞬間にそのプレイヤーはHPを全損させて消滅した。
そしてその奥からさっきと同じNPC・リューゲが現れる。槍に突かれていたはずのリューゲは消えていた。
「あらあら、人間って野蛮なのね?面倒だわ、ピュロ?」
「はいはーい!燃やす?燃やす?」
シャルはエントランスホールの端に寄り、静かに眺めることにした。
もちろん、巻き込まれたくなかったからだが。
「いっくぞーっ!特大【フランメ】‼︎」
ピュロマーネの手に炎が集まり、放たれた。まるで生きているかのようにうねり、形を変えて襲いかかっていく。それをピュロマーネが、楽団の指揮をするかのように手を振り操っていた。
炎は逃げ惑うプレイヤー達を呑み込み、ポリゴン片を撒き散らす。
しかし、エントランスホールを踊る炎はすぐに消えてしまった。
炎の向こうから出てきたのは、執事服を着た中性的な人物だった。シャルを見ると一礼。
「初めまして、シャル様。今回は、このシュリュッセルがご案内させていただきます。」