第1話 転校生歓迎会
「まったく、弱すぎじゃないの?」
そう呟いた少女は、手に持っていたいかにも魔術師の杖といった見た目の杖をしまった。
腰近くまで伸ばしたブロンドの髪に澄んだ蒼の眼。純白のローブに身を包み、奇妙な赤い印のついた手袋をしていた。その印は、まるで悪魔の羽根のようであり、飛び散った血のようでもあった。
少女の近くにいた少年は深くため息をついた。
「おい、リリー。ほどほどにしとけよ。リアルで文句言われるぞ?」
焦げ茶色の髪に白のターバンをしていた。目付きは少し悪い。鱗のある生き物の皮で作ったと思われる皮鎧。口元を覆うようなマフラーには少女と同じ奇妙な印があった。その手には、無骨な斧が握られている。
この二人の前には沢山の人が倒れていた。また、少し離れた所でも同じようなことが起きていた。
「でもさーニートゥ、ブルエルケ以外のクラス全員でこれでしょ?6の1弱すぎるじゃん。レリアもギルマスもそう思うよね?」
少女は振り返り、少し離れた所にいる二人の人物に問う。
片方は、腰の下まで伸ばした金髪を三つ編みにした少女だった。皮の胸当てに、飾り気のないシンプルな服。腰のベルトには、三つほどのポーチと奇妙な印が鞘に彫られた双剣が下げられている。
もう片方は、騎士の鎧と武士の鎧を合わせたような鎧を着て、黒髪黒目のいかにも日本人といった顔立ちをした少年。奇妙な印が刻まれた大剣を持っていた。
「それは、リリーが広範囲の攻撃魔法ばかり使うからだろう……?ギルマスはどう思う?」
レリアと呼ばれた金髪の少女が呆れたというふうにため息をつく。ギルマスと呼ばれた少年・アルネスタは、
「確かに6の1は弱いけどね……。でも今回のリリーはやりすぎだと思う。」
と答えた。
そして、目の前の光景に目を向ける。広いパーティー会場は戦いのせいなのかまるで廃墟のようになっていた。『転校生歓迎会』と書かれた看板には焦げた跡があり、床のタイルは粉々、所々クレーターになり、元々はテーブルであったであろう物が散らばっている。
リリー達四人以外はほぼ全員ボロボロの状態で倒れていたが、例外として一人の少女が残っていた。この少女はシャルといい、今回のパーティーの主役たる転校生だった。和風の装備に刀。長い黒髪を赤い印のついた白のリボンで纏めていた。今は半透明なドームの中の椅子に座っている。
「そーかな?じゃ、直すわ。レパラトゥーア。」
リリーがそう言うと、まるで時間を戻したかのように広いパーティー会場が傷ひとつ無い状態になった。焦げていた看板も、粉々になったタイルも……全て。
「凄い……。これが……ギルドランキング1位に3年以上君臨するギルドの実力なんだ……。」
半透明のドームの中にいたシャルが思わずといったふうに呟く。一体どれほどの時間をこのゲームに費やしたのだろう?という思いは口に出さず、飲み込んだようだった。
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ヴァルキリア・ラグナロク。
北欧神話をモチーフにしたVRゲームーーバーチャルリアリティゲームーーで現在日本中で大ブームを巻き起こしている。
専用の機械を使い、まるで現実であるかのような仮想世界を冒険するのだ。自由度の高いキャラクターメイク、現実と比べても遜色のないグラフィック、(痛覚を除き)完全に再現された感覚。
それにより、まったく別の人間としてもうひとつの現実を楽しむことができるのだ。
もちろんこのゲームには現実の運動神経の有無は関係ないので、アニメや漫画などである無茶な動きも可能になる。
そう、プレイヤーは、もう一人の別の自分として、七つのサーバーが繋がり、地球の面積にも劣らないほどの広大過ぎるマップを旅するのだ。
このゲームは発売するやいなや、瞬く間にブームとなった。
さて、このヴァルキリア・ラグナロクことヴァルラグだったが、東北の田舎のとある小学校でも流行っていた。特に、6年1組ーー1組までしか無いがーーでは、クラスの全員がプレイしている程であった。そのため、何かあるとすぐにゲームの中で集まった。
これが、オフ会ならぬ、オン会である。
このクラスにヴァルラグをプレイしている者が、転校してきたら……それが今のオン会を開催するまでの経緯だ。
パーティーの始めは自己紹介など、いたって普通の転校生歓迎会だったのだが、途中から腕試し大会のようになり、現在の惨状になっていた。
6年1組にはヴァルラグの中で絶対に勝つことができないと言われるプレイヤーが4人いる。それが、サーバー最強ギルドたる『ブルート・エルケーニヒ』こと通称『ブルエルケ』。6年1組のクラス内では、権力を持たずいじめられる側の人間だが、ゲーム内では違っていた。サーバーの個人ランキングで1〜4位のプレイヤーが集まっているのだ。
ギルドマスターのアルネスタは、サーバーの個人ランキングで1位の大剣使いである。2位のレリアに、3位のリリー、4位のニートゥ……と、このようなメンバーに挑んだため、転校生以外は負けたのだ。
「えーっと、シャルちゃん、だっけ?大丈夫?ダメージはある?」
リリーが半透明のドームの魔法を解除しながら、シャルに問う。シャルは椅子から立ち上がると、首を横に振った。
「無い……。……平気。」
そのことを確認したリリーは、にっこりと笑う。
「そっか。ならよし!」
といってから、椅子を元の場所に戻すと、何かを思い出したのか、振り返った。
「あっ、そーいやさー」
「ん?」
「戦ってみる?ニートゥとかと。うちでもいいけどねー。」
シャルは迷った。クラス全員をたったの4人で相手取り、勝つようなプレイヤーと戦っても勝ち目はない。しかし、サーバー最強ギルドのプレイヤーと戦える機会なんてもう二度とないだろう。
少しばかり悩んでから口を開いた。
「……戦ってみたい。」
「オッケー。……で、誰と?」
「誰でもいい。」
だって誰と戦っても勝ち目ないし。心の中でそう付け足すとシャルは、刀に目をやった。シャルとてサーバーの中では割と強い方だ。対人戦の大会では、十位にランクインしたほどだった。
しかし、ブルエルケのような無茶苦茶な強さではない。
「そんじゃ、うちと戦おっか。」
シャルはリリーの言葉に頷いた。
こうして、シャルはリリーと戦うことになったのだった。