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三滝と打越がプリントを持って教室を出たときの、二人が向かった方向とは反対の廊下の端でのことである。
「良きかな良きかな……」
そこには打越にプリントを押し付けた張本人、横川がにんまりと笑みを浮かべながら職員室へ向かう二人を見ていた。横川は打越にプリントを渡したあと、打越から預かった楽器を近くの教室の机において、七組の教室にいる二人に気づかれないよう気をつけながら廊下の橋まで移動してこうして二人を見ていたのである。
そして横川は気づいていないようだが、その後ろにはもう一人ある人物が立っていた。
「何してんだ横川」
「ぴょえっぎょっぎょっ‼」
驚きの声にしては異質すぎる奇声を上げながら横川が飛び上がった。
「こ、これは山手くんではありませんか。まったく、びっくりしたじゃあないですか」
「驚きすぎて某さかなが大好きな人みたいな声出てたな」
「誰がさか●クンですか!」
横川の後ろにいたのはクラスメイトの山手だった。整った顔立ちの彼は口数が少なくクールなことも相まって女子の間でかなりの人気がある。しかし口数が少ないためか特に仲が良い女子はいない。
そんな女子にとっては高嶺の花という風な山手と横川は面識があった。
「それより三滝見なかったか?」
「ああ、三滝くんならあそこにいますけど――」
仲がいい女子はいないが一人だけなんの共通点があるのやらいつも話している同性がいる。それが三滝だった。横川もよく三滝と話すため横川とも何度か話したことがある。
「今は話に行かないでくださいよ。超絶いいとこなんですから」
「なんだそれ…なるほど」
山手は三滝の方を見て納得したように頷く。どうやら三滝の想い人はもはや周知の事実らしい。
「それで…山手くんは何故ここに? 部活中では?」
「部室に誰もいないからお菓子買ってお茶しようと思ってな」
「それ学校ですることじゃないですよね…さすが軽音楽部」
「吹部で堂々と無断欠席するお前の方が変わってんだよなあ」
そんなことを言っているとプリントを持った二人が階段を降り始め、今の場所では見えなくなる。
「追うのか?」
「いえ、どうせこのあと期待しているような展開が起こるとは到底思えないので私は帰ります」
実際横川の言うとおりになるのだろう。あの二人の仲が急に進展することはないだろうし。
「そうか……」
ふと、山手は考え込むようにうつむき、
「なあ横川。暇なら部室でお茶しないか?」
帰ろうとしていた横川に声をかけた。横川は少し驚いたような顔をする。
「い、いえ。私はこれから用がありますので」
それでは! と階段を駆け下りていった横川を見て山手は一人、廊下に立っているのだった。
それから少し経つと、プリントを運びを終えた教室に帰ってきた。
「随分と幸せそうな顔してるな」
見るからに幸せそうな三滝に山手は言った。すると三滝は山手の顔を見て、
「そっちは少し残念そうな顔してるけど…なんかあったの?」
と聞いてきた。意外と鋭い三滝に山手は首を掻いて「いや、何も」と答える。
「それより早く帰ろうぜ。部活誰もいなかったし」
「うん。待っていま準備する」
小さなため息をついて、山手は窓から校門を通って下校していく生徒を眺めるのだった。




