これもまた一つの関係
「紹介しようペルシア。彼女が将来、僕の側室に入る人だ。メア、挨拶を」
「メア・フェル・バークトンと申します、ペルシア様」
ペルシアの婚約者である殿下に連れられてきた、子爵令嬢がそう緊張を隠しきれない様子で挨拶する。
対して殿下の方は終始何時も通りの笑顔。
「そうですか。メア様は知ってると思いますが、私はペルシア・フェル・リバーヘルツ。そこで笑ってらっしゃる殿下の婚約者です」
ニッコリと笑って挨拶すると子爵令嬢は怯えるネコの様な雰囲気を出すが、気丈にも引きつらせた笑顔で堪えた。
下級貴族の令嬢にしてはタフの様子で、何も分かってない頭がホイップクリームな娘という訳でもなさそうだとペルシアは子爵令嬢の評価を少し上げる。
今現在居るのはペルシア達三人が通う学園ではなく、王宮にある茶会用の庭。
この広い庭にはその季節に合わせた花々が美しく咲き誇っているが、それを見るのはこの三人と王宮に勤める事が許された最高位のメイド達。
この場に呼び出した本人である王子はともかく、ペルシアとメイド達が表には出してないけども子爵令嬢に良い感情を持ってないのは理解しており、その上でこの席に着いてる子爵令嬢にかかるストレスのほどは想像に難くない。
それでも婚約者と向かい合う事にしたのだからこういう場でなければ拍手の一つも送ってあげても良い位だった。
「して殿下、側室というのは?」
「僕はメアを愛した。けど、彼女に王妃は階級的にも能力的にも厳しいし、何よりリバーヘルツの後ろ盾を失うわけにはいかないからね。なら側室にするのが一番の解決法だ。そう決めたからには、将来僕の伴侶となるペルシアに黙っておくわけにもいかないだろう?」
殿下は優雅にお茶を飲みながら応えるその様子は、逆に苛立つぐらいに絵になっている。
「御気遣いありがとうございます、殿下。ですが、結婚前から側室を探すのは婚約者に対しての無礼と承知で?」
「屁理屈になるけど、探したわけじゃなくて見つけてしまったんだよ。なら手に入れない選択肢は僕にはない。大丈夫、メアに声をかける前にきちんとリバーヘルツ公爵に話は通してあるからね」
初耳である。
だが、父であるリバーヘルツ公爵に話しが通っていると言われてるにも関わらず、ペルシアがこれ以上反対の言葉を紡げばそれは殿下のみならず父に対しての苦言になってしまう。
父の名を騙っている可能性も無くはないが、この殿下がばれた時のリスクはただ婚約解消に留まらず王太子の地位をも揺るがすものだと分かっていないとは思えない。
これ以上ないペルシアへの反論封じに内心の苛立ちを隠しす為にペルシアも優雅にお茶に口を付ける。
「父が許してるのであれば私の方から言う事はありませんわ」
「でも内心は面白くないだろう?僕としては正妻と側室の間で争いが起きたりしたら悲しいからね。出来たら二人に仲良くして欲しいからこのお茶会を開いたんだよ。あ、メアも爵位を気にせずに話してね」
この時の心情としてはペルシアも子爵令嬢も同じような事を思っただろう。
余計なお世話だと。
「あの、殿下。ペルシア様に対して、あまりに失礼なのでは……」
子爵令嬢の言葉は当然の事だった。
突然、側室候補を連れられてきて仲良くしろと言われたら余程の力関係の差があったり特別な事情がなければ、平手打ちを食らって婚約解消どころか一方的な婚約破棄の騒ぎになってもおかしくない。
だが、悲しい事に相手は王位継承権一位の王子であり、また婚約者の父にも話を通して一応の筋は通してあるのだ。
「後々の擦れ違いが起こる可能性を潰す為だよ。けど確かに考え無しの行動ではあったね」
殿下が子爵令嬢の言葉を認めペルシアに頭を下げるが、心からの謝罪ではなくこの場の流れを円滑にするための社交辞令に近いものだと、誰が見ても分かる。
しかし、分かっていても受け取らざる得ないのが階級社会である。
「メア様の事を考えてというのはわかっていますわ、殿下」
「メアだけでなくペルシアの為でもあるんだけどね。先に言っておいた方が良いと思ったのは本当だし、側室ばかりを愛さず、正妻の事もきちんと愛する事を約束するよ。跡継ぎに関しても、ペルシアが先になるようにしよう」
跡継ぎの順番は重要な事ではあるけど、論点が違う。
あくまで王太子目線での気遣いである殿下に、子爵令嬢は何と言っていいか分からず、ペルシアに至ってはもう諦めたという風情でメイドに新しくお茶を入れて貰っている。
「なら、殿下の気遣いをありがたく頂戴しましょう。メア様、紅茶が冷めてしまっていますわ」
「え?あ、申し訳ありません」
スッと新たに入れ直されたカップと交替され、子爵令嬢は慎重な手つきでカップを持ってお茶を飲む。
まだ緊張が取れてない様子だが、その仕草はマナーの範囲内でギリギリ合格点と言った所。
「緊張なさらなくても大丈夫ですよ。それと殿下、メア様と交友を深めるのが目的であるなら、殿方は不要ですよね?」
「うん?」
殿下が首を傾げると同時に、左右からメイド達が殿下の脇を掴んで立ち上がらせる。
「え?待て。僕はこう乱雑に扱われちゃいけない立場なんだけど」
「婚約者からのちょっとしたイタズラと言う事で。後はよろしくお願いしますね」
「「かしこまりました。リバーハルツ様」」
「本当に?ちょっと、ペルシア、怒ってる?」
「また次にお会いしましょう、殿下。その時にどうされるのか楽しみにしてます」
「えー……」
そのままメイド達に引き摺られていく殿下。
本気で抵抗したり叱り飛ばさないのは、無礼を冗談の範囲で収めるためか、婚約者の怒りをこれ以上煽らないようにかは本人にしか分からないが、そのまま大人しくお茶会から強制退出された。
「えっと、よろしいのですか?」
「あれでも懐深い御方なのでお怒りにはならないでしょう。それよりもメア様、殿下に代わりお詫びします」
「え!?ペルシア様、お止め下さい!むしろ私がペルシア様に謝罪しなきゃいけないのに!」
頭を下げるペルシアに思わずマナーに反した大きな声を出してしまう。
けれど、それを咎める者はいない。
「いえ、メア様。殿下の不始末は私の責任でもあります。失礼ですけど、メア様は殿下を本当に好いているわけではないのでしょう?」
「そ、それは……」
即答できずに言葉を濁してしまう子爵令嬢。
それが答えでもあった。
「次代の王である殿下に乞われて拒否する事は子爵家では難しかったでしょう。特に殿下はあの様に欲しいモノはどの様な手段を用いても手に入れる方ですから。だれか婚約者の方や思い人はいませんでしたか?」
「はい、そういう方はいなかったので」
「それは幸いでした。父にも話を通してあるのなら、それ以前に他の方々にも根回しは済んでいたということでしょう。そのうえでの側室入りとなると決定事項と同義です。そうであるなら、反目するだけ互いに損になります」
「損、ですか」
「ええ。殿下の事ですから側室をメア様一人に抑えるとも思えませんし、その全員を敵視しては私の身が持ちません。どうせなら友人を増やす方が有意義でしょう」
にこやかに笑うペルシア。
そして子爵令嬢も決して空気の読めない頭が悪い娘ではない。
ああ見えて、殿下は人を見る目があるのだ。
「はい。私も許されるのなら、ペルシア様と友人となってお手伝いできたら嬉しく思います」
「ありがとうメア様。これから、よろしくお願いしますね」
とても綺麗な笑顔で言うペルシアに、最初に声をかけてきた殿下の姿が子爵令嬢の脳内で重なる。
子爵令嬢は神妙に返答しながら、内心でこう思った。
殿下とペルシア様って結構似た者同士だなと。