05 初の狩り。
鼻歌しながら、私はアリスと唱える。
出しては、消え去るリボルバー。
「魔力消費しちゃうから、もうやめなよ」
ディールがケタケタ笑う。
「それは早く言ってほしかった」
私は召喚をやめた。
「武器召喚に使う魔力は少量です。心配しなくても疲弊しません」
クロさんも教えてくれるものだら、安心しておく。
キャンピングカーに乗れば、私のスペースを開けてくれたクローゼットの中に買った服をハンガーにかけた。
「ここがバスルームとトイレです。それから、ベッドは交替でアリスに譲ります」
「あ、ありがとう。でもソファーでも大丈夫だよ」
「そんなわけにはいけねぇよ。男がベッドを譲らずに、女の子をソファーに寝かせられないさ」
クロさんの案内のあとに、ノウスさんがニッカリと笑いかけてくる。
ありがとう、ともう一度言う。
「さぁ座ってアリス!」
ディールに肩を掴まれて、ソファーに座るように促された。
「まさか、字の読み書きまで忘れてるなんてな。教えてやるよ」
そう言って、ヨールが隣に腰を下ろす。
クロさんが用意してくれたペンと紙にヨールは、字を書き込んだ。
これから読み書きを教えてくれるらしい。
ディールは反対側に座った。
運転はクロさんがして、助手席にノウスさんがいる。
「変な字を覚えさせるなよ」
なんてノウスさんが釘をさすものだから「そんなことしねーって」とヨールが返す。
「そうそう、真面目に教えるから! 安心して!」
ディールはまたもや胸を張って見せた。
キャンピングカーが動き出す。次の街に移動するみたいだ。
私はヨールとディールに、字の読み方を一つ一つを教わって、真似て書いてみた。
「うんうん、字上手いね」とディールが褒めて伸ばしてくれる。
三十分ほど経つと、キャンピングカーが止まった。
「うん、よし、覚えた!」
「ええ!? もう!?」
「え? 覚えたよ?」
ディールにギョッとされるものだから、私はキョトンとする。
「言葉を覚えるのってさー、もっとさー、時間かからない!?」
「え、でも、文字を覚えるくらい、真剣にやればいけた」
「アリス、すごいね!!」
「皆の名前も書けるよ!」
「アリス、すげぇ!!」
グッと親指を立ててみせれば、ディールも親指を立てた。
少し多い模様の意味を覚えたことのだけ。簡単に思える。
「じゃあ、私の本を読んでみますか?」
「ありがとう! クロさん」
クロさんは、二段べッドの上から一冊の本を取り出して渡してくれる。
ちょっとした解読作業って感じで楽しいかも。
「あ。読書の前に、仕事しようよ」
「そうだな、狩りしようぜ」
おお? 早速実践か。
私は開いた本を閉じた。
キャンピングカーから降りると、別の街の景色がある。
白い壁にオレンジ色の屋根の建物が並ぶ街。前方には坂があって、聳えていた。道路は灰色の煉瓦が敷き詰められていて、美しい街並みだと思う。
「素敵な街……名前はなんて言うの?」
「ビアンカコニリア、だっけか」
ヨールが答えてくれた。
「観光、するか?」
「ううん! 先ずは狩りをしよう」
「張り切ってんなー」
私は両手で拳を作る。だって買ってもらったリボルバー、早く使ってみたいのだもの。ヨール達には笑われてしまう。私の目は、爛々と輝いているに違いない。
「じゃあ依頼を受けよう」
「依頼?」
「そ!」
「普通はギルドの受付で依頼を受けてから、魔獣狩りをします」
ディールとクロさんが歩き出す。
キャンピングカーを止めた駐車場から歩いて三分のところで、ギルドとデカデカと看板が書かれた店に到着した。
ほーっと息を漏らしながら、周りを見る。店の中には、強面大柄な男性が数人立っていた。まさに狩人って感じだ。私もそれになるのかと思うと緊張と高揚感で、胸が一杯になる。
クロさんが代表して、受け付け窓口の女性に話し掛けた。
「初心者向けの依頼はありますか?」
「それなら街の南部に蔓延る魔獣退治をお勧めします。魔獣の形状はこれです」
差し出された紙を覗いてみれば、スケッチされた魔獣の姿がある。
大型の犬のような体型だけれど、もふもふしていそうにない。全身黒に塗り潰されていて、マンモスのような牙が描かれている。これまた獰猛そう。
「ではそれで」とクロさんは引き受けた。
「狩った証拠に牙を持ち帰ってください」と女性は伝える。
これで依頼を受けたことになったらしい。
「さぁ、行きますよ」
「準備はいいか? アリス」
クロさんが踵を返して店の出口に向かえば、それに続くヨールが腕を組みながらニヤリと尋ねてきた。
私は一度自分の胸に尋ねてみる。
「先ずは弾が欲しいかな」
「それなら魔法で作れるよー。教えてあげる」
「なら準備は大丈夫! 行こう!」
ディールに教わって、魔法の弾丸の作り方を教わった。リボルバーだから、弾は六発だということをしっかり頭に入れておかなくちゃ。
武器召喚と同じく、弾の作り方も至極簡単なものだった。
魔力を込めるというか、手の上に集中をしてみる。
弾丸のイメージをするのだという。ただそれだけで、七色の光を集めて弾丸が現れた。
「簡単だけれど、これ戦闘中にするのはなかなか難しいよね……。ディール……すごいね」
「え!? オレ褒められてる! やったー!」
ディールは手放しで喜んだ。
「コツは“リロード”ってヨル達に教えて、ちょっと身を引くんだ」
「リロードしているうちはオレ達が引き付けるんだよ」
「なるほど。連携プレーだね」
それはそれですごい。私も足を引っ張らないように頑張ろう。
南に向かおうと煉瓦が敷きつめられる道を歩いていく。
そこですれ違った男性に、目が留める。何かがフラッシュバックするのに、その何かがまるでわからない。胸の中には、嫌な感じがある。
私は足を止めて、その男性の後ろ姿を見た。黒の革ジャケットを羽織っていて、純黒の髪を持つ男性。覚えがあるような。
「ん? どうした? アリス」
後ろを歩いていたノウスさんが、不思議がって覗き込む。
「今の人……見覚えがある気がして」
「あ? じゃあ知り合いかもしれないな」
「おい、アンタ」
「やめて!」
ヨールが引き返して呼び止めようとしたから、私は焦って腕を掴んだ。
「な、なんだよ……?」
「いいのっ。あの人私に反応してなかったから、気のせいだよ……」
あの人は私を知らないはずだ。知っていたら声をかけていたに違いない。
何故か、あの人には関わりたくないと思った。
ヨール達に関わってほしくない。
胸の中が、嫌な気持ちで一杯になった。
「わあったよ、話し掛けないから、落ち着けよアリス」
「う、うん……」
幸い、ヨールの声はあの男性には届かなくて、その姿は街の中に消えていく。
「なんか知らんが……行くか」
そうノウスさんが、促した。
私は掴んでしまったヨールの腕を放す。
「よーし、張り切って行こう!」
その場から早く逃げたくて、空元気を出して、両腕を空に突き出した。
ディールも「行こう!」と私を真似る。
街を抜けて、南へと歩いて行く。街の外は、荒地が広がっていた。
相変わらず、圧倒されてしまう景色だ。
ほげーと口をあんぐり開けながら、眺めた。
「アリス。聞いていますか? ディールと一緒にいてください。私は、後ろにつきます。ヨールとノウスは、接近戦で引きつけます」
「あ、うん」
作戦を理解して、コックンッと大きく頷く。
後ろにはクロさんがついてくれるから、目の前の敵に集中出来る。
「よろしくね、皆さん!」
「おう」
「頑張ろう!」
「任せとけ」
頼もしいヨール達に、笑みを寄越す。
「もうそろそろですよ」
私はアリスと心の中で唱えて、リボルバーを出した。
銀色に艶めくリボルバーのシリンダーに、弾を一つ一つ出して込める。
よし、準備は万端。
「見えた」
前を進むヨールとノウスさんが身を屈めた。
魔獣を目視。大型犬サイズにマンモスのような牙を持つ黒い魔獣だ。
私はリボルバーを握り締めた。
私を振り返るヨールとノウスさん。隣のディールも私を見た。振り返れば、クロさん。私は大丈夫と込めて、頷いて見せる。
「よし!」とヨールとノウスさんが飛び出した。
戦闘開始だ。
「フッ」と緊張と共に息を吐き出して、私もディールに続き飛び出す。
私はリボルバーを構えた。ヨール達が三体の魔獣を引きつける。
先ずは真ん中の魔獣の額を撃ち抜いた。
それから、ヨールが引きつけている魔獣を二発で仕留める。
次はノウスさんが引きつけている魔獣だ。でもノウスさんに弾が当たりそうで、定まらない。それを察知してくれたのか、ノウスさんは魔獣を押し退けた。
ドンッと撃ち抜く。
「ナイス! アリス!」
「上出来ですね」
「……」
戦闘は終わり。私は力を抜いて呆然と立ち尽くす。
ヨールが私に駆け寄ってハイタッチを求めてきたので、片手を重ねた。
クロさんは私の肩を撫でる。
「どうだ? 何か思い出せそうか?」
ノウスさんに問われて、ハッと我に返った。
「あ! 集中しすぎて記憶のこと全然気にしてなかった!」
「はは、うっかりだな。アリス」
「全然思い出せてない……」
「まぁ、回数こなしていけば、思い出してくるんじゃない?」
ガクリと肩を落とすけれど、気にしなくていいとディール達が笑いかけてくる。
魔獣の数だけ牙をへし折って、回収した。
「アリス、知ってたー? 魔獣の死骸から魔獣が生まれるんだよ」
「え? そうなのっ?」
「魔力のある獣。それが魔獣の由来です。魔獣をこうして狩っても、暫くすれば死んだ場所に誕生するのです」
「そうなんだ……」
「一説には、魔力を影に染み込ませて、そこから誕生すると言われています」
なんかアンデットみたいな生き物だ。
生命力がすごいな。魔獣。
「“純黒の闇”が生み出した怪物だっていう説もあるんだぜ」
「……怖い話だね」
「そうか?」
ヨールに私は思ったことを返す。
「だって、もしも“純黒の闇”が解放されたら、魔獣だらけになるってことでしょう。世界の終わりって感じだ」
「ならねーよ。大丈夫だって」
ヨールはそう笑って見せた。
けれども、私は不安を覚えてしまう。
何故だろうか。あの男性がチラつく。
「ビアンカコニリアの街に戻りましょう」
「換金しに行こう!」
「うん。……これで入院費は返せる?」
「半分ですね」
「半分かぁー。頑張る!」
「お。その粋だ」
和気あいあいと、私達は街に戻る。
そして陽が暮れるまで、観光に付き合ってもらった。