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04 旅支度。





 落ちる。落ちる。落ちる。

 紅い月の空から、落ちた。


 そんな夢を、見続けている。

 記憶喪失の私の、最初の記憶だからだろうか。

 記憶? なのだろうか。空から落ちるなんて、ありえない。

 ただの夢だろう。空から落ちてただですむわけがない。

 夜になれば、紅い月が照らす。そんな世界だ。

 知っているようで知らない。それが現状。

 私はベッドで朝を迎えて、ぼんやりと天井を見つめた。


「よう、アリス」

「ヨル……おはよう」


 ドアを開いて入って来たのは、ヨール。

 私は起き上がって、笑みで挨拶を返す。


「考えたんだけどさ……」


 とヨールは丸椅子を持って、私のそばに来ると座った。

 私は首を傾げて言葉の続きを待つ。


「オレ達と旅しねーか?」


 素敵な笑顔だなと思った。まだあどけなさが残っている。

 そんな笑みにまたトクン、と胸の奥が疼く。


「……アリス?」

「え?」

「返事は?」


 パチクリと目を瞬いて、私はオロッとした。


「へっ? た、旅? 私が……? あなた達と旅に?」

「そう!!」


 次にドアを開けて入ってきたディールが答える。

 後ろには、クロさんとノウスさんが立っていた。


「“純黒の闇を封印する”旅に、アリスも加わろう!!」


 私は口をあんぐりと開ける。ノウスさんは笑うけれど、クロさんは浮かない顔をしていることに気が付く。


「でも……私は近衛隊でもなければ、素性すらわからない者だよ。ヨルと関わってもいいかどうかもわからないのに……大事な旅に同行してもいいだなんて思えないよ……」


 俯いて視線を落とす。

 うん、行く。と言えないことがすごく悲しい。

 悲しみで満たされてしまった胸を押さえた。


「そんなのいいんだよ。オレ達がいいって言ってるんだから」


 ポンッと私の肩にヨールの手が弾んだ。


「チッチッチッ! 近衛隊を務めるオレ達の見る目も疑わないでほしいな! アリスは悪い人間なんかじゃないよ! それはオレ達が保証する!」


 ディールはドンッと胸を叩いた。


「でも……何故私を旅に誘うの?」

「そりゃアリスをこのまま放っておけないからだ。アリス、狩人だったかもしれないんだろう? オレ達と旅をしながら狩っていたら、記憶を取り戻すかもしれないじゃないか」


 ヨールがそう答える。


「それにアリスを探していたり知っている人にも会えるかもしれないだろう。ちょうど紅一点の花がいて欲しいと思っていた頃だったんだ」


 なんてノウスさんが冗談を言って、ニッと笑いかける。


「だけど……クロさんは反対なのでしょう?」


 私はクロさんに視線を送った。


「え、私ですか? 私は別に反対というわけでは……」


 クロさんが驚いた様子で、ゴニョゴニョと言葉を濁す。


「ただ、危険だからアリスが心配で……」

「だーいじょうぶだって!」


 安全は保証出来ない旅だろう。

 魔獣と戦うことは、十分危険だ。

 ヘラヘラするディールを見て、クロさんは鋭い眼差しを向ける。


「責任持ってちゃんと世話するって!」

「うんうん、絶対世話するから!」

「そんな捨て猫を拾ったように言わなくても」


 ヨールとディールの発言に、私は苦笑を零してしまう。

 クロさんがお母さんポジションだけあって、私は拾われた子猫気分だ。


「アリスの気持ちはどうなのですか? どうしたいのですか?」

「私は……」


 一息ついたクロさんが、私を真っ直ぐに見つめる。


「……い、行きたい……な」


 呟くと、シーンと病室が静まり返った。


「……え? 何々? 聞こえなかった!」


 ディールは満面の笑みになって、ベッドの頬杖をつく。

 絶対に聞こえていたに違いない。


「……仲間に、なりたいっ……」


 恥ずかしさを覚えつつも、私は告げる。

 ジュワッと耳まで熱くなった。


「仲間にしてくださいっ!」


 手を合わせて、頼んだ。

 目を瞑り、祈るようにした。


「はい、また敬語使った! 罰が三つー」


 ディールが口を開く。明るい声。

 目を開けば、ヨール達は笑顔だった。承諾の笑み。

 ホッとして、私も笑みになる。じんわりと胸の奥が熱くなる。とろとろに溶けてしまいそうなほど、あたたかい。


「決まりだ。行こうぜ、アリス」


 ヨールは手を差し出した。その手を掴んだ。

 そうすれば、引っ張り立たされる。

 グリフィンさんにしっかりお礼を伝えて、私達は病院をあとにした。


「先ずはショッピングですね」


 クロさんが私を見下ろす。私の服装は、白と赤のタンクトップを重ね着。その上に襟の広いジャケットを着ている。黒のズボンとロングブーツ。初めて会ってから、この服のままだ。


「服屋か。こっちだったか?」


 ヨールが歩き出す。そのあとを歩いた。

 王子だと言っても、別に囲まれたりしない。それも気付いていないからみたいだ。あまり顔を知られていないのだろう。ヨールは整った顔立ちをしているけれど、王子オーラというか王族オーラというかなんというか、それがない。テレビに出ている芸能人のキラキラなオーラってやつ。

 でもこの一行は目立つ。大柄なノウスさんも長身のクロさんも、ディールもヨールも黒いジャケットを着ている。これが背広だったら、私を取り囲むボディーガードって感じだ。ちょっとおかしく思えて、こっそりと笑った。

 街の唯一の服店は、病院よりも広かった。

 レディースからメンズものまで取り揃えている。クロさんは、私の手を引いてレディースコーナーに連れて行ってくれた。


「とりあえず三着買っておきましょう」

「本当に何から何まで、ありがとう」


「そういうのなし!」とディール。


「これから働いてもらいますから。ほら、これならどうですか?」

「うん。頑張る」


 クロさんは一着の服を私に合わせて尋ねた。

 狩人の仕事を頑張って稼がないといけない。

 気合いを入れよっと。


「これなんてどうだ?」

「オレ、これ似合うと思うなー」


 ノウスさんとディールが積極的に選んでくれた。

 あれ。ヨルはどこだ。

 探してキョロキョロして見れば、靴コーナーに設置してあるベンチに座っている姿を見付けた。女性の買い物に付き合えないタイプだろう。苦笑い。


「ヨール。ちょっとは興味を示しなよ、良くないよそういう態度!」

「そうですよ。もう仲間なんですから。世話すると先に言ったのは誰ですか?」

「わかったよ!」

「だから捨て猫拾ったみたいに言わなくても……」


 言質を取られたヨールは、仕方なく腰を上げた。

 苦笑が漏れてしまう。


「いいよ? 無理に付き合わなくても」

「いいや、仲間だし」


 首を摩りながら、ヨールも服を選び始める。

 私達は笑ってしまった。

 クロさんが選んでくれた服を一着、試着してみる。

 上は黒のハイネックニット。下は白のフリルスカートと短パン。スリットが入っていて、動きやすい。


「素敵です」

「いいじゃねーか」

「うんうん! 女の子らしくていいじゃん!」

「まー……似合ってる」


 クロさん、ノウスさん、ディール、ヨールの順番でそう感想をくれた。

 次はノウスさんが選んでくれた一着。オフショルダーの白に、黒の革ズボン。革ズボンはピッチピチで、少々恥ずかしい。


「いいじゃねーか! セクシーだぜ、アリス!」


 これ、ノウスさんの好みかしら。


「かっこ可愛いってやつですね」


 そう褒めてくれるクロさん。


「うんうん! セクシーでかつかっこいいよ!」

「うん、似合ってる」


 グッと親指を立てるディールと、コクンッと頷くヨール。

 続いてディールが選んだ一着。それは胸元に大きなリボンがついた黒のノースリーブ。そして、赤いチェック柄が入ったミニスカート。


「おうおう、可愛いじゃねーか」

「でもスカート短すぎませんか?」

「いいんだよ! これくらいがさ! 可愛いよね!?」

「ああ、似合ってる」


 それぞれが感想を言ったところで、ヨールに注目が集まる。


「ヨル、さっきから“似合ってる”しか言ってないー」

「え、だって似合ってるじゃん」

「それだけ!? 普通もっとあるでしょー」

「可愛いとかな」

「素敵、とかですね」

「ええっ?」


 ダメ出しを食らうヨールは困った。


「それに全然アリスの服決めてあげてないじゃん!」

「だって、女の服って言われてもさ……」


 ヨールは首を摩る。癖みたいだ。


「いいよ、私は気にしないから。そういう気遣いはいいから」

「ほら、アリスが落ち込んでる!」

「落ち込んでないよ!?」


 ディールが大袈裟に言う。

 私の服選びで、そんな揉めないでほしい。


「あ、じゃあこれ」

「いい加減はだめだよ!? ヨール!」

「いい加減じゃねーよ」


 ディールをまぁまぁと宥めていたら、ヨルは一着を取った。

 それを私に差し出す。それは紅いワンピース。


「綺麗……」


 鮮やかな色のワンピースを撫でて、私はそれを試着することにした。

 試着室の鏡に映る自分を見る。短い髪はボブで、赤みかかっていた。顔立ちは、言われた通り中性的。覚えがあるようでない顔。瞳はブラウン。健康的な肌色。桜色の唇。顎のラインを撫でて、そっと自分だと言うことを確かめる。

 紅いワンピースは、キュッとウエストをほどよく締め付けた。Aラインのワンピースだ。膝上の丈。少しスリットが入っていて、さっきの革ズボンに合わせたら、クールでいいかもしれない。


「どうかな?」


 ちょっと恥ずかしく思いながらも、カーテンを開ける。

「おー!」とディールが声を漏らす。


「いいじゃん。似合ってる」


 腕を組んだヨールは、褒めてくれた。


「それだけ?」


 クロさんがもっと言えと言わんばかりに肩を小突く。


「それだけって、他に何を言えば……」


 ノウスさんがヨールに耳打ちする。


「あー……その、綺麗だ」


 ヨールは頭を掻きつつも、照れたように言ってくれた。

 トクン、と胸の奥が熱を帯びる。


「ありがとう」


 そう笑みを零す。

 ミニスカートは、戦いの時不便ということで却下。ヨールとクロさんとノウスさんの選んだ服を買ってもらった。

 それに下着も。流石に下着は選ぶようなことはなかった。皆そっとしてくれたので、私は一人で選んだ。


「はーい、じゃあ次は武器を買おう!! 今度はオレが選んだものを買ってもらうからね!」

「武器まで買ってくれるのっ?」


 むくれていたディールがコロッと笑顔に戻って、背中を押す。荷物はノウスさんが持ってくれた。見た目通り、力持ちだ。


「必要経費ですよ」


 クロさんは微笑む。

 確かに武器がなくては、戦えない。必要経費だ。

 本当に気合いを入れて働かなくちゃ。

 武器屋に入った。ショーケースにはズラリと武器が並んでいる。ナイフから銃まで。どれも高そうだ。


「アリスには、銃がいいと思うな! だって撃ち抜いて何か思い出したんでしょ? じゃあやっぱり銃だよ! オレが教えるし!」


 頻りに銃を勧めるディールが指差すのは、昨日持った銃よりも一回り小さなものだった。


「拳銃は片手で撃てるデザインだから、女性でも片手で撃てるものがいいと思いますよ」


 クロさんも、銃に賛成みたいだ。


「ナイフでもよくね?」

「そうだ、剣だって戦いやすいさ」


 ヨールとノウスさんが剣を勧める。

 持ってみろ、とノウスさんに差し出された剣を持ったけれど、両手でも重くて上げにくかった。柄を差し出して、返す。


「先ずは中距離戦で戦ってみた方がいいでしょう」

「確かに、近距離戦は自信ないな……」


 あの獰猛な魔獣を目の前にして動けるかどうか。

 援護射撃からお願いしたい。


「……?」


 ふと、ショーケースの中の拳銃の横に説明文らしいきカードが置いてあることに気が付く。厳密に言うと、その説明文が読めないことに気が付いた。

 意味不明な模様にしか見えず、私は首を傾げてしまう。

 字の読み方まで、忘れてしまったのだろうか。

 でも値札の数字はわかる。おかしな記憶喪失だ。


「お嬢ちゃん、初心者かい? ならこの拳銃がお勧めだ」


 ショーケースの向こうに立つ男前な店員さんが話し掛けて、一つの銃を取った。渡されたのは、回転式拳銃、通称リボルバーだ。

 持ってみれば、うん、片手で持てた。


「ここでシリンダーを出して、弾を込めるんだよ」


 シリンダーと呼ばれる弾弾を入れる部位を出す方法を、ディールは教えてくれる。私はシリンダーを戻して、構えてみた。


「お、かっこいいじゃん」


 様になるらしくて、ヨールが感想を漏らす。


「そうかな……」

「ええ、似合ってもいますし、反動も軽いでしょう。試し撃ちさせてもらってもいいですか?」

「こっちだ」


 とりあえず試し撃ちをしてみようとクロさんが、店員さんにお願いした。

 案内されたのは、奥の部屋。防音室になっていそうな分厚く黒い壁。射撃の部屋だ。

 金色の弾丸が、渡される。それをシリンダーに込めた。

 先ずは両手で、構える。十メートルほど先にある的に狙いを定めて、引き金を絞った。銃声が轟いた瞬間に、目を閉じる。ジーンッと両腕に痺れが走った。けれども、昨日ほどではない。だから目を開いた。

 的の真ん中の赤の端っこに穴が空いている。


「おお!」


 ディール達は、拍手した。

 んーもっと真ん中に命中させたい。

 私は満足出来ずに、もう一度構えた。今度は右手だけ。

 バンッと響く銃声。反動がどのくらいかわかっていたから、痺れには驚かなかった。二つ目の穴は、赤い中心近くに出来る。

 うん、上々だ。


「おお!!」


 更に大きな拍手をされた。

 私は残りの四発を放つ。全て赤の中心に、穴が開く。


「決まり! 銃で決まり!! オレが教えるほどでもないね!」

「実践でどうなるかが心配だけどね」

「大丈夫! オレ達がついてるよ!」


 はしゃぐディールとハイタッチをした。


「じゃあ購入しましょう」


 射撃室を出て、店内に戻る。お金を支払う。

 すると黄ばんだ紙を差し出された。もちろん、書いてあることは、私にはちんぷんかんぷんだ。ペンまで差し出されたけれども、私はそれを持って立ち尽くしてしまう。


「どうした、お嬢さん」


 店員さんが不思議がる。


「召喚の契約書作成ですよ。名前を書けば完了です。“アリス”でも効果はありますよ」

「あの……それが……」


 親切に教えてくれるクロさんに、羞恥心を覚えながらも耳打ちした。


「え? 文字が書けないし読めない? それは不憫ですね……」


 クロさんは同情の眼差しを向ける。


「すみません、この娘、記憶喪失で……紙を一枚ください」


 怪訝な顔になると店員さんに説明してくれて、一枚紙をもらうとそこにペンを走らせた。


「これがアリスっていう字ですよ。真似して書いてください」

「……うん。ありがとう、クロさん」


 これは本人が書かなくてはいけないらしい。

 私はクロさんの字を真似て、指差された箇所に書いた。

 記憶喪失でも銃を売ってくれるなんて、なんかすごいと思う。

 

「よーしそれじゃ次はリボルバーを持って。アリス、と心の中で唱える」


 ディールに言われて、両手に乗せたリボルバーを見下ろして借り物の名前を心の中で唱えた。

 アリス。

 すると、砕け散るように弾けて消えた。

 昨日のヨール達の武器と同じ現象だ。


「お、おお……。それで、だ、出す時は?」


 感動しつつも、出し方を教えてもらおうと急かした。


「アリス、ともう一度唱えればいいのですよ。名前で契約したものなので、名前で召喚出来るのです」

「名前ならバカでも忘れないからねー……あっ。いてっ」


 クロさんのあとにおどけて言ったディールは失言してしまったと気が付く。クロさんには小突かれて、ヨールには肩を叩かれ、ノウスさんには頭に拳骨を落とされた。

 名前すら忘れたバカがここにいる。というか私だ。

 でも今はつけてもらった名前がある。

 アリス。

 唱えれば、七色の光が集まってリボルバーの形を作り上げた。

 私は魔法を使えている。それが嬉しくて、笑みが溢れた。




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