14 愛の街。
何故に、こうなった。
右を見ても、左を見ても、カップルが目立つ。
私は白と黒の重ね着タンクトップと、ジャケットを着ている。それに白のフレアスカートとロングブーツ。
赤い屋根の愛の街、クオレジーナをヨールと肩を並べて歩いた。
クロさんと洗濯に行くはずが、何故かヨールに誘われて観光。
多分、気を遣ってくれているのだろう。
昨夜は泣いているところを見せてしまったから。
見て見ぬ振りをしてくれてもよかったのにな。
もう、優しいんだから。
「観光って言っても、よく知らねーんだよな。この街」
「空から見るとハート型になってるんだって」
「ハート、か。空に行かなきゃ見れねーじゃん」
そうだねー。と相槌を打つ。
「とりあえず、適当にフラついてみるか」
ということで、二人並んで街を歩いた。
時にはショーウィンドウを覗いてみたり、悪戯に猫を追いかけて入り組んだ路地裏に入ってみたりする。
「猫さん、猫さん、写真を撮らせて。ああ、逃げちゃった」
「ぷっ。おまえ、猫に話し掛けるんだな」
「ヨルだってやるでしょう?」
「オレ? どうだったかなぁ」
私を笑う彼にむくれて見せる。とぼけるヨール。
知ってるんだからね。ゲームでも、猫に挨拶していたのだから。
頭を掻いてそっぽを向くヨールを、カシャリと撮った。
「なんだよ、オレは勝手に撮っていいのかよ」
「どうだったかなぁ」
「おい」
ヨールは私からカメラを取り上げようとしたから、避ける。
それから、大通りに出た。
「そう言えば、私ってちゃんと病院代返せた?」
「ああ、もうとっくに返したって」
病院と書かれた看板が目に入って思い出して問う。
それなら良かった。
「アリスと会ってから何日目だっけ? まだ記憶は戻らないんだろう?」
「さぁ、何日目だっけ」
私はあとの質問には答えない。嘘をつくのは、嫌だったからだ。
「早く記憶を取り戻せるといいな」
そう言って、ヨールは先を歩く。
もう取り戻している。ごめんね、黙ってて。
「戻らなくても安心しろよ。オレ達がついてる」
振り返って、無邪気に笑いかけてきた。
眩しくて、私は目が眩みそうだ。
カシャリ、とその笑顔を撮る。
「またオレを撮りやがったな。貸せよ、アリスのことも撮る」
「さぁ! 先に進もう!」
「こら、アリス!」
私はヨールが伸ばす手を軽やかに避けて、先を歩く。ヨールはなんとかカメラを奪い取ろうと、私の後ろをそわそわと移動し続けた。おかしくて笑う。
すると、ヨールは微笑みを零した。どこか安心したような笑み。
なんでそんな顔をするのかと首を傾げつつも、カメラを守る。
辿り着いたのは、街の中の展望台。
赤い屋根の街並みを眺められた。
「おお」
声を漏らして、写真を撮る。鮮やかな綺麗な赤い屋根ばかりだ。
「せっかくだし、二人で撮ろうぜ」
ヨールが提案した。
またヨールとツーショットか。
ドキドキと浮かれたのだけれど、私はすぐに沈む。
3つ目の封印が壊された翌日なのに、こんな幸せ気分になるのはよくない。
それにヨールとのツーショットを、万が一ハナが見てしまったら、傷付いてしまうかもしれない。それは嫌なものだ。
「いいよ。ヨル、一人で映ったら?」
「オレばっか撮るなって」
ヨールがまたカメラに手を伸ばす。私はポーチに隠した。
でも強行突破してヨールは、カメラを奪い取ってしまう。
「ああ、ヨル!」
「ほら、笑え」
カシャリ、とシャッターを押すヨールに撮られた。
私は片手で隠して、顔を背ける。
「こっち向けって、アリス」
トクン、と胸の奥が熱くなった。
手摺りに腕を置いて、顔を隠す。
泣きたくなってしまった。
「アリス?」
好きな人の命を救いたいだけなのに、上手くいかない。
まだ何も変えられていない。
ごめん。ごめん。ごめんなさい。
「アリスのせいじゃねーよ」
そっと頭の上に乗せられたのは、きっとヨールの手だろう。
トクン、と胸の中が熱く溶けてしまいそうだ。
「だから一人で泣くなよ。オレ達、仲間だろ」
仲間。優しい言葉だ。
優しくて、ちょっぴり痛い。
その仲間を救いたいんだ。
ポンポン、とヨールの手が頭の上で軽く弾む。
この温もりを守りたいんだ。
涙が溢れて、落ちた。それを拭って、顔を上げる。
「ふぅー」
息を深く吐いて、落ち着かせた。赤い屋根の街並みを眺めてから、真っ直ぐとヨールと目を合わせる。金色に縁取られた藍色の瞳。
展望台に吹く風で、夜空色の髪が靡いている。手を伸ばして触れたいけれども、私は堪えた。
「次は守るから」
君の命を守る。
ニッとヨールを真似て笑って見せた。
そうすればヨールはまた微笑みを零して、カシャリとシャッター音を鳴らす。
「いいや、オレ達で守るんだ。オレ達全員でな」
「……うん」
ヨールの言葉に頷くと、私の頭を撫でた。
私は照れすぎて、それを隠すために、ヨールの頭を掻き乱してやる。
「やめろよっ」
「ヨルこそっ」
ヨールが笑ってやり返してくるから、私も負けじとやった。
「おまえが負けず嫌いだって忘れてたわ」
やがて疲れたヨールはやめる。
へへん、私の勝ちだ。
息を整えながら、私達は自分の髪を整えた。
街を見下ろしたあと、手摺りに凭れる。
気が付けば、カップルしかいなかった。
右には抱き合っているカップル。左には熱いキスをしているカップル。
私もヨールも同じ方を見て、気まずくなって俯く。
「あー……えっと、カメラ返す」
「うん……」
空に視線を送りながら、ヨールは私にカメラを差し出す。
受け取ろうとした瞬間、カシャリと音が鳴った。ヨールが写真を撮ったのだ。どうやら、私とのツーショットを狙ったらしい。
見れば、ヨールは悪戯に成功して喜んだ笑みになっていた。
ーーそんな顔、ずるいって。
トクン、と胸の奥が疼いて、頬が熱くなった。
私はすぐにカメラを奪い取って、赤くなった顔を見られる前に来た道を歩き出す。
ずるい。ずるい。ずるいって。
私の心を簡単に動かせるんだから。
「待てよ、アリス」
ヨールの声が追いかけてくるけれど、足を止めないまま進む。
風が吹いて、頬を冷やしてくれる。
「……」
「あ、クロさんだ」
「……お、ほんとだ」
買い物をしているらしいクロさんを見付けたので、合流した。
「観光、楽しかったですか?」
「うん。展望台があってね、どの家も屋根が真っ赤で綺麗だった」
「そうですか。写真はたくさん撮りましたか?」
「うん、ちょっと待ってね」
「さっきの消すなよ、アリス」
ヨールに釘をさされる。消そうと思った最後の写真は、しっかりツーショットになっていた。ヨールはニッと笑っていて、笑みを浮かべた私はカメラに向かって手を伸ばしている。
次の写真は、私だけが映っていた。涙目な私。これは消したい。
そう思っていれば、またもやヨールが奪い取ってしまった。
「消すな」と再度釘をさして、クロさんに渡す。
涙目の私の写真を見たクロさんは、怪訝な風に私とヨールを目をやるけれど、見なかったことにして「よく撮れていますね」と他の写真を見て言った。
「買い物、手伝うよ」
「はい。お願いします」
食材の買い物をして、キャンピングカーに戻る。それから、洗濯物も回収した。ディールとノウスさんと合流。
出発するのは、翌日に決定した。
次の街は、フレッガッド。猫の多い街。
そして、封印地が洞窟の中にある。
そこが厄介なところだ。
洞窟には、魔獣ではなくモンスターがうじゃうじゃいる。
それに洞窟だから、暗い。狭い。おっかない。
けれども、次こそ封印を守ると決めた。
何が起きろうとも、守る。
私は、ベッドでゲームをしているディールを見た。
今回は、ディールを守らなくちゃいけない。
20171126