♯1♪
遠方から歩いてきた少年が一人。
水の張られた掘りと高い壁に外周を覆われた街と外を繋ぐ、跳ね橋の前に建てられた衛兵の詰め所で立ち止まった少年に、衛兵らしき制服を着たした少女は決められた言葉を口にする。
「長旅ご苦労さまです。サンデッキでは、全ての利用者に対し身分証の提示を協力頂いて手おります。身分証のない方や提示を拒否した方は、サンデッキへの立ち入りに数日かかるか、簡易許可証の発行に銀三枚の費用がかかります。」
「あります身分証あります」
街にたどり着き気が抜けていた少年は少女の言葉にワタワタと自らの体を探り出した。
百円玉ていどの大きさの小銀貨三十枚、五百円玉サイズの銀貨なら三枚、日本円の価値にしておよそ三万円程で発行される許可証は簡易の身分証になっているが、これをこのまま街中で提示する者はあまりいない。
素行の悪い破落戸が洒落でていじをするくらいしかなく、まともな神経の人間なら、役所でやギルドで速やかに身分証の本証と交換する。
記録が記入した名しか残らないので、浮気やお忍びの貴族などは敢えてそのまま使う事もあるらしいが、だいたいの利用者が指名手配などで追われる身で名を隠したい者が、厳しい契約と規制を押し付けられてでも街に入る必要がある場合に使う奴隷証程に規制が厳しい仮の身分証なのである。因みに、役所にいけば手数料を引いた小銀貨二十五枚が返金される。
で少年なのだが、ポケットをひっくり返したりしながら、だんだんと顔色が悪くなっていく。基本的に首から下げて置かなければならない身分証をどこへしまいこんでしまったのだろうかと彼の背負ったリュックを淡々と見つめていた、少女は少しばかり助言する。
「着ている物にないのなら、荷物の中にで移したのではありませんか?」
「は、はい。多分あります」
―多分って何ぞ?
開きかけた口を噤み少女は冷や汗を浮かべる。
無いと困る物だし普通にありませんとはいわないだろうが“メイビー多分”を混ぜてくるような冒険を彼はしたのだろうか?
リュックの中でごしゃかごしゃかと荷物をかき回す少年。
中身はもうぐしゃぐしゃ何だろうが、最低限の金属音すらしない。
少女は落ち着くように促す意味で少年に声をかける。
「時間はありますから、落ち着いて探してくれてかまいませんよ」
少女兵はゴソゴソと荷物を探り始めた少年をあまり抑揚のない表情で見つめている。
だが、小さく「なぜだ!?どこへしまった」と、悲壮感漂うセリフなのになぜか尊大そうに呟く少年の姿に少なからず思う事あるようで、あまり厚みのない唇のハシを僅かにヒクつかせ笑いをこらえているいるようだった。
物を探すときに“ボールペンどこいった?”とか誰もいないのに聞く人も居ますからねと少女は納得させた。
杖を手にしている事から、魔法を使う冒険者で身を立てているようだが、まだ“冒険者”と呼ぶにはまだ頼りなさげな少年で、物見櫓の上から盛大に笑う同僚の声が聞こえてくる。
「やった!ありましたっ!」
全ての荷物を跳ね橋に広げた少年が嬉々として声を上げた。
「では、身分証を確認させていただきます」
「はいっ!アトレーと言います。火系魔法使いで、魔法学園を卒業した時に魔法使いが少ない街だと聞いていたのでやってきました」
「……そうですか、お預かりします」
身分証を渡した少年は、上目遣いに質問され顔を赤くしながら律義にも自己紹介をする。
渡されたのは冒険者カードと呼ばれる冒険者だけに支給されるネックレスのような鎖がついたタグだった。
「身分証は身につけるようにして下さい。金銭や荷物と一緒にしておくと野党や盗難などにあった場合に街にはいれなくなってしまうので気をつけてください」
そして、旅人が野党に出くわした場合はほとんどが二度と街に入る必要がなくなるパターンが多く、死んでいても首に付けていれば誰のモノなのか判別してもらえて此方としては便利ですからと少女は口には出来なかった。過去冗談で口にしようとし上司に不謹慎だとたしなめられていたので口に出すのを辞めた。
彼女の上司は空気を読む術にたけていて不謹慎な発言する前に的確に釘をさしていく。
「鎖とか体に合わないですけどなんで、わざわざ首にさげなきゃならないんですかね?」
「…私は街の衛兵ですから答えかねます。冒険者ギルドの人に聞いてみては如何ですか?それでは、街に入る前に自筆で名前だけ記入してください」
何気なく不満を口にした少年に対し、少女は“決して口には出さんぞ”と貝のように心を閉ざし波打つ鍋に蓋をした。
「そうですね一度聞いてみます。ヒラ語で大丈夫ですか?」
「大丈夫です。記入してください」
「はいっ!!」
この後、ギルドからちょっとした現実を突きつけられるであろう少年は元気よく答える。
なぜこの街に魔法使いがこないのか。
そして、なぜギルドカードはクビからさげるのか。
ギルドカードの利便性は登録時に聞いているはずなんですが…と思い、少年のある意味火系魔術師らしい真っ直ぐな生き方に少女は肩を落とす。
「規約により冒険者の立ち寄った記録は翌日にギルドに送られますが構いませんか?一度足跡が刻まれた人は今後自由に出入り出来る仕組みになってます。」
こうした記録(足跡)を辿る事により、万が一捜索依頼がでた冒険者などの行きさきが辿られやすいという。
「はい、お願いします。待ってる間荷物片付けていいですか?」
「どうぞ」
沈みかけた夕日を気にしながら少年は荷物の片付けを始めた。
どこの街も日が落ちてしまえば、門の横にある物見台から、人の姿が確認されなければ、跳ね橋を上げてしまう決まりなのでそれを気にしているのだろう。
少女兵と少年がいるのは跳ね橋の手前の小屋なので、いつ閉まってしまうのか気が気でないのかも知れない。
少女は気にした様子もなくタグにかかれた内容を確認し記入していく。
少女は出入りを管理する側の人間であるし、小屋の入口に置かれた紐付きの結界石が門を潜ると自動で鎖が巻き上げられるようにされているから今更の話なのである。
最悪、人が取り残されても、門の中に投げ込むか、向こうから引っ張っりこめば跳ね橋が閉まる仕様になっているのだ。
少女は少年が街中に入るのを確認しながらかんたんな報告書をまとめ、小屋の戸締まりをしてから門の中に事務所に入っていった。
暗くなった空にジャラジャラと鎖が巻き上げられる大きな音が響き、危険な夜の世界から人々の安寧を守るため強固に閉じられた。
◇ある魔法学園生徒の事情◇
新しい人生をおくりたくてひとつの研究に没頭した。
おとぎ話のように外見を変えるような薬ならなんでも良かったが、ある朝妖精の秘薬と呼ばれレシピが合わない薬が完成していた。
言ってしまえば、ただ一人の賢者が生涯一度だけ完成させ二度とつくれなかった賢者の石のように、人にはなし得ない偉業を神や妖精が奇跡を材料に、作成者の望むものを一度だけ作らせてくれるとされる錬金術の奥義とされている。
出来ていた魔法薬の効能を試した私はその日の朝、生徒手帳であり許可証である゛玉゛を要石に叩きつけ学園を自主退学してきた。
通常は魔法陣の中で手続きをして送ってもらう仕組みになっているが、八つ当たり気味に魔法陣の外側から投げつけた反動で、部外者としてどことも知れぬ荒野に飛ばされてしまったが、秘薬により容姿すら棄てた私は、私とは全くの“他人”となり、責任から解き放たれ自由の身となった。
まぁ、学園祭の予算会議が始まる前に放り出してきたからわからないが、魔法使いの少年を捜索しに訪れる冒険者がたまにいる。
依頼そのものは生徒会から出されているようだ。これまで仕事を押し付けていた人間がいなくなった腹いせに賞金をかけたのではないだろうか。
貴族や金持ちは、概ね理不尽な生き物だ。
イケメン揃いでありながら、こぞいも揃ってひとりの女性に懸想した挙げ句に女性(呼称マリア)に危害を加えた女の子達を家の権力でもって次々断罪し、婚約者にすら一方的に婚約破棄を言い渡した、リア充呆けした馬鹿野郎共である。生徒会役員を次々に籠絡したマリアとの面識はあまりないが、時折生徒会室を訪れていた彼らの婚約者達と比べ美人ではなかったと記憶している。だが、ブリッコと呼称されるその態度で生徒会役員に接触し、耳に優しい言葉を言祝いで、名誉ある家柄の御子息を見事骨抜きにし、ハーレムを築いてみせた。すわ隣国の工作員かと疑ったものである。
生徒会唯一かわいい系と呼称された私には接触すらなく、盛大に嫌煙されていたよう節すらある私は、彼女の何気ない一言で生徒会の仕事が押し付けられ、ひとり日の暮れた生徒会室で終わらない書類整理と戦い、翌日には必要な判を押してもらうために朝早くから、野性的なクマと愛でられぬ兎を引っさげて門の前で彼らを待ち伏せした。
あれだ、一人一人別々に登校してくるのが、その時“養生しろよ”なんて無責任ないたわりの言葉をかけられる度に誰のせいかと叫びたくなるのを笑顔隠してきた。
生徒会の4人は家格が違いすぎて口答えしただけで“他” から非難もしくは報復されるから恐ろしすぎて笑えない。
彼らが悪いとは言わないが、それまで男としての人生全てを投げ出してでもそこから逃げ出したいと願い実行出来てしまった私も決して悪くないと思う。
無責任かもしれないが、学園を自主退学し就職ができた私には、学園で起こっているらしき噂など、もはやどーでもいい事である。
♯門衛の少女アーティアよりくそったれ共に愛を込めてララ♪
穏やかな昼下がり、アーティアは片肘をつきパラリパラリと図書館から借りてきた本めくっていく。
荒野と呼ばれる未開拓地入口にあるこの都市では個人商人や旅人が訪れる事はあまりない。
大規模なキャラバンが来ない限り忙しくなることもない。
『敵影未だ無し、オーヴァー』
「この辺じゃ敵影もクソもないと思いますよ」
アーティア曰わく、ここは夢見し者達の掃き溜めにして、厨二を煩わせた冒険者の最終処分場である。
時折聞こえる弓士のマチャに辛辣に答える。
見張り台からだだっ広い荒野をひたすら見渡すだけの簡単だけど難しいお仕事だそうです。
「本を読んでる人に急に声かけたらビックリするじゃありませんか。
私は周りに気を使ってますから、そんな事ありませんでしたが、眠気覚ましに話をしたいなら他の伝声管を当たってください」
「つまらん奴だな~。もう少しのってくれよ」
「面白いのは先輩の生き方だけで十分です」
「ヒドいな!?これでもわりと真面目に仕事してきてんだぞ!!」
物流がないから盗賊は寄り付かない、森をひと月歩き一度魔物に邂逅デキればマシという地にどんな敵がいるというのか。
大国が望む肥沃さはないが、緑そのものは豊かな方で、食うに困らない比較的平和で住み良い大地であるのだが、魔法が発達し魔石で動く魔法道具に依存しているといっていい時代に、それを動かすための魔石がこの辺りでは穫れない。
魔法道具が普及しない故に、ランプは油が使われ年に数回ボヤ騒ぎが起こる。
このあたりは、火魔法使いよりも水魔法使いのほうが需要が高く、先日の魔法使い君などは数日滞在した後に無言で門を出たきり帰って来ない。
「護衛した五才の上級貴族の娘さんのハートを射止めて夜逃げしてきたとかワロスなんですが?」
「ワロスじゃねぇよ。逃げなきゃ今頃ペット扱いで檻に入れられてらぁ」
アチャさんは食事に誘われノコノコと貴族の館へ出向き、気がつけば檻に入れられていたそうだ。
ボルトで結束されていたから檻の一部を解体し脱出出来たそうだが、溶接ではどうにもならなかったと語る。
きっと、食事に眠り薬が盛られていたんだろうが、誰かが目が覚めたら逃げられるように檻を手配してくれていたんだろうとアチャさんは語る。
あれです。十年も前の話しなので今頃ご令嬢の中では、ありきたりな鳥が籠から逃げ出した的なエピソードにでもなってるハズだそうです。
「子供の無邪気さって本当に怖いですよね」
「シャレにならねーよ。貴族なんかと知り合ってのし上がろうなんて考えたのが間違いだったんだ」
「だからって、こんな辺境に逃げなくてもいいと思いますが?」
「バカ、あの国の上級貴族ってのは不敬罪で簡単に犯罪奴隷にできちまうんだよ。そうなったら一生飼い殺しにされて終わりだったんだからな」
「そのご令嬢に似たような女なら知ってますから、わからないでもないですが、ご令嬢じゃ飼われてる理由を大人になる頃にはコロッと忘れてたりとかありそうですよね」
「あの年頃の子供じゃ、本当にありそうで怖いな」
因みにアレは鳥に餌やらずに死なせるタイプみたいでしたから逆ハーは今頃どうなってるんだ?
そして、誰でもない私の白い指でパラリと本の最後のページを捲ると、余白部分にそれまでとは文面の違う挿し絵付きの小説がかかれていた。
「…所で、アチャさんって受けのタイプじゃないですよね?」
「狩りなら待ち伏せくらいやるがなんの話だ?」
「まぁ、そうですよね」
紙は高いし図書館を使う男がいないからだろうか、余白部分の数ページ、弓使いの少年がなぜか屈強な男達に背後から蹂躙されていた。
♯俺達が立場をわからせてやるよ♪