ハッピーエンドのそのまえに
すべての買い物を終え、彼女とボクはアウトレット内にある案内所へとたどり着いた。
案内所には荷物を送るための宅配受付が併設されている。
そこで、ボクが抱えていた荷物を彼女の自宅へ送る手続きをした。
これでボクのお役目も終わり、あとは彼女の解散宣言を待つだけだ。
手続きを終えた彼女がボクの正面に立つ。
その表情だけで、まだなにかあるということが伺えた。
「最後に行きたい場所があるんだけど」
彼女は、ボクを連れて案内所にある地図の前まで歩いた。
アウトレットモールの全体図が描かれた地図だ。
「十五分後にこのお店に来て」
地図のなかからひとつのお店を指で示す。
彼女の指の先は『ファッションリース』のお店だった。
「服のレンタル?」
ボクの言葉に返事をすることもなく彼女は案内所を出ていった。
こういうふうにおいて行かれることにもすっかり慣れてきてしまった。
時間を確認し、案内所に有ったアウトレットのパンフレットをもらってボクも案内所を出る。 案内所の外に彼女の姿は無かった。お店の方向へ向かう後姿すらすでに見えない。
目についたあいているベンチに座り、パンフレットで彼女の指定したお店を調べる。
ちょっとした衣装やコスプレや冠婚葬祭に使用される服やを貸し出すお店で、一応、販売も行なっているようだ。
パンフレットを見ながら、そのお店から案内所までの道をなぞり、案内所から彼女と歩いたお店の道順をなぞる。
そして、これまでのことを思いだしていた。
始まりはなかば強引な荷物持ちだったとはいえ、自分だけでは行くことのなかったお店を彼女と巡ってきたことは純粋に楽しかった。良かれ悪しかれ新鮮な体験ばかりであったと思う。
しばらくひとり思い返して、時間を確認すると十分が経っていた。
これからゆっくりと歩いて行けば、五分でお店にたどり着くだろう。ちょうど指定された十五分だ。
立ち上がり、ヒトの流れに沿うようにしてボクはお店へと向かう。
お店までの五分の距離を童話について考えた。
いくつかの意見を見聞きして、彼女とも話したがどれも決め手に欠けていた。
これがあれば童話などと言えるものはないのかもしれない。
しかし彼女は、クチにはしなかったもののなにか思いついたようなそぶりを見せていた。
そしてボクも、言葉にすることのできる一応の明確な結論を出すことができた。
それを彼女に話してみようと思う。
そうこうしてお店の前についた。
入り口はロープパーテーションでさえぎられており、隣にはそれを守護するかのように、パイプ椅子に座った緑色のゴリラがいた。
ゴリラはナンバープレースの雑誌とにらめっこをしていたが、お店に近づくボクにすぐ気が付いたようだ。
雑誌をわきに置いて座ったままボクに話しかけてきた。
「おまえ」
ゴリラはボクに人差し指を向け、
「なか」
親指を立ててお店の入口へと向け、
「はいる?」
首を傾げた。
ボクは頭を下げて肯定を示した。
ゴリラは、ポールからロープのフックを外して入店をうながしてくる。
足早にはいったボクの後ろで、フックをかける音とパイプ椅子のきしむ大きな音が聞こえた。
お店のなかは、まるでお城のパーティー会場のような場所だった。
金の縁取りがされた天井絵、灯りの部分が花の形をしたシャンデリア、白い柱や壁と飾り窓、そして、真っ赤な絨毯。
そんな絢爛豪華とでもいうべき店内には多種多様な服装をしたマネキンが並べられている。
目にはいるすべてのマネキンが店の奥を指差している。
それに従い店内を歩いていくとひらけた空間が現れた。
お城の大広間をイメージしたと思われるつくりとなっている。
その中心に彼女が立っていた。
刺繍や花飾りがあしらわれた純白色のドレスを身にまとい、白いガーネットやカスミソウやほかいくつかでつくられた花の冠をかぶっている。
ドレスと合わせたレースの長手袋と百合の花をメインにしたブーケを持ち、その手をこちらに向けて振っている。
すこしだけ足を速めてボクは彼女の元へ向かう。
彼女の一メートル手前、ほとんど目の前に来た。
近くで見ると、手が込んだモノだということがよくわかる。
お姫様によるウェディングドレスのフル装備とでもいうべきモノだ。
「『童話』に必要なのはやっぱり西洋風とお姫様ってこと?」
ボクが問う。
「たしかに『童話』には、動物がしゃべるのも、お姫様が出てくるのも、西洋風なのも、抽象的なのも、ぜーんぶ重要だけど――」
彼女は、一息溜めてボクを見据える。
「なにより必要なのは、『めでたしめでたし』で終わることのできる『幸せな結末』」
喜びにあふれる笑顔をボクに見せる。
「『幸せな結末』によって、読んでいるひとたちに幸せな気持ちになってもらうことこそが童話なんだよ」
ボクに向かって両手を広げた。
彼女は、これにて結ばれハッピーエンド、ということにしたいのだろう。
ボクは彼女の懐に飛び込み抱き合う――ようにみせかけて、屈みこんだ。
彼女の腕を半身でかいくぐる、彼女の腕が空を切った。
「え、あれ、え?」
自分の腕になんの感触もなかったコトや目の前からボクが消えたコトやが予想外すぎたらしく、空振りした腕をひらいて彼女はぼう然としていた。
背後にまわったボクが声をかける。
「お婆さんの家に行かずに道草を食っていた赤ずきんちゃんは、狼に食べられてしまいました」
背後から彼女の右肩越しに右腕を彼女の首へ深く食い込ませ――
「言いつけを聞かずに赤い靴を履き続けた女の子は、足を切り落とされてしまいました」
彼女の左肩のうえに来た自分の右手を、左腕で内側に折りこむようにして挟みつつ彼女の後頭部へ左手を回し――
「灰かぶりをイジメつづけた継母と姉たちは、最後に目をつぶされてしまいました」
彼女の後頭部にある左手に自分の頭を軽く押し付けた。
「罪に対し、罰を持って贖罪となす。それを読者への戒めとし教訓とすることこそ童話だ、とボクは考えたんだ」
彼女が、ボクの右腕に手を掛けた。
首に巻き付いているボクの腕をほどこうとしているのではなく、なにがおこっているのかを調べているようだ。
「えっと……親しくもなかったクラスメイトを引っ張りまわして荷物持ちさせちゃった女の子は」
状況を理解できたらしい。
「『スリーパーホールド』という魔法によって眠りについてしまいました――」
言い終わらぬうちに、ボクは彼女の後頭部に自分の顔を押し付けるようにして右腕で頸動脈を圧迫する。
抵抗するまもなく、腕の中で彼女からチカラが抜けるのを感じた。
彼女から腕をほどく。
そして、意識を失った彼女がその場へ崩れ落ちた時、ボクはようやく彼女の名前を思い出した。