冬で毛皮を抽象的
冬のコートを選ぶためにはいった所は、あまり趣味のいいお店とは思えなかった。
全体的にモノトーンで、洋館を意識したと思われる上品な雰囲気がある。
店員さんもその雰囲気相応の立ち振る舞いを見せながら必要な時に必要な分だけの接客をおこなう。
それだけならとても魅力的だった。
ただ、魅力的な商品や店員のスキマを縫うように動物の剥製が並んでいるのだ。それも多量に。
ウサギやアルパカやチンチラやキツネや、そのほか、名前のわからない動物たちの抜け殻だ。
この動物の毛皮でこのコートは作られている、ということを暗に示しているのだと思う。
その剥製群を彼女はまったく気にしなかった。
「西洋風っていうと、やっぱり中世ヨーロッパとかだね」
「そうだね」
店内の光景に気を取られていたボクはおざなりな返事をした。
「でもあのころの西洋って童話とかお話で見られるほどきれいじゃなかったんだって」
「へぇ」
ボクのあいかわらずな返事を気にすることなく話し続けた。
ヘビ、クマ、ワニ、サメ、などの剥製も並べられている。こんな生き物で作られた服を着る人間がいるのだろうか。
一方的に話し続ける彼女と聞き流すボクは、店内を歩く。
「で、庶民の食事も――あ、あった」
そう言って一枚のコートを手に取った。
「これが学校に来ていく用のコート」
そういって体に当てながら広げてボクへ見せた。
キャメルカラーのシンプルなダッフルコート。
学校でよく見かけることのある、良くも悪くもみんなと同じものだ。
「で、首にチェックのストールを巻くの」
目の前の彼女から、このコートを着てストールを巻いた彼女を想像する。
――カワイイ、単純にそう思った。
ふと視線をあげると、彼女と目が合った。
どうやらボクの顔つきを確認していたようだ。
ボクを見ながら彼女は、にやにやとした満足げな表情を浮かべていた。
「そうかそうか。そんな顔をされたら、これに決めなきゃだね」
ボクは一体どんな顔をしていたのだろう。
「あとは普段着るコートだ、け、ど――」
少しだけ考えて、
「私ひとりで選んで買ってきちゃうからちょっと待ってて」
そう言い残し、コートを持って女性モノの多い棚のほうへ歩いて行った。
残されたボクも店内を散策し始めた。
店内の雰囲気から察していたが、このお店は高級店だ。
小物をのぞくすべての商品が六桁以上の値段である。
彼女の先ほどのコートもそれほどの値段だったのだろうか。
自分用のコートを探すことはあきらめた。
剥製をながめながらふたたび童話へ思考を向ける。
『しゃべる動物』
『王家』
『西洋』
そのみっつをすべて含んだ話であれば童話と呼んでよいのだろうか。
いまひとつ何か足りない気がしてならない。
「西洋風であればよいなどという発想は海外かぶれ過ぎる」
ボクへ向けた声がどこからか聞こえる。遠くのようで、近くのようにも感じた。
「童話に重要なのは、ある種の抽象的で象徴的な話であるということだ」
ボクは一番近くにあった剥製を見た。
猫のようにも、狐のようにも、鼠のようにも、見ようによっては人間のようにも見えた。
わかることはなにかの剥製だということだけだ。
どこからか聞こえる声に、剥製のクチが合わせて動く
「登場する動物の種類も、印象でしか語られない場所設定も、童話に出てくるものはすべてなんらかのメタファーでありつねになにかを象徴しているのだ」
ピーターパンで言うならば、ピーターパンは『子ども』を、フック船長は『大人』を象徴し、『子ども』にとって『大人』は敵であり『大人』はいつでも『時間』を象徴するワニにチクタクとつけ狙われているという暗喩だ、と解釈される場合がある。
童話にはそういう面もある。そういうことだろうか?
「日本のモノであろうと、外国のモノであろうと、読む側が解釈をおこなうことのできる内容を持った話こそ童話と呼ぶにふさわしいものであろう」
『醜いアヒルの子』は貴族社会に溶け込めなかった庶民の話。
『眠れる森の美女』は貞操観念の奔放な少女の話。
あとは……
と、頭のなかで列挙しようとするがあまり多くは思い出すことができなかった。
「買ってきたよー」
彼女が、お店の手提げ袋の紐をボクの腕に引っ掛けた。
ボクがなにかの声を聞いて考え込んでいるうちに、選び終えてレジを済ませてきたようだ。
彼女にどんなコートにしたのかを尋ねると、「うーん……それはそれは素晴らしいコートでした、とか?」という。
すこし、恥ずかしげな顔をしていた。
ボクのまだ見ぬこのコートも、彼女の意味ありげな発言も、なんらかのメタファーであり暗喩や隠喩なのだろうか。