秋やハーフと西洋風
「お姫様かー。うん、お姫様も童話だよね。じゃあ王子様がお姫様にするようにブーツを履かせていただけますかしらん」
茶化すようにそう言って、丸椅子に腰掛けた彼女がボクへ向けて右足をつきだしている。
彼女とボクは靴屋さんの店内で向かい合うように座っていた。
ここに来るまでのあいだに、彼女は秋に履くブーツを選ぶと言っていた。
「秋のブーツ?」
と聞くと、
「秋のブーツ!」
といわれてしまい、返す言葉もなかった。
足元には、ブーツの右足だけが半円形に並べられている。
他人に靴を、ましてや女の子にブーツを履かせた経験なんて一度もない。
勝手のわからないままに、ブーツを手に取り開いて差し出す。
そこへ彼女が足を滑り込ませてくれる。
ブーツのかかとを抑えるようにして完全に足をいれさせ、最後に周りから軽く整える。
無事に履かせることができた。
彼女の協力もあり、案外に簡単だった。手間取るようすを見せずに済んだ。
床を踏み、足首を回し、目で見て、触って、彼女は履き心地を確認した。
「履いてみると意外と派手だね。次いってみよう」
彼女はブーツをはいた足をボクに差し出した。
その後も、履かせて、感想を聞いて、感想を答えて、脱がせてを繰り返した。
結果、ピンク色のボアで縁取られた白いミドルブーツが選ばれた。
選んだブーツを手に持って彼女は感触を確かめている。
「ワンサイズ小さくてもいいかもね」
近くの店員さんへ彼女はブーツを持っていく。
二・三度言葉を交わし店員さんはブーツを受け取った。
そして、店員さんは棚を探すが見つからなかったらしく、無線でほかの店員さんと連絡を取り始めた。
なにやら時間がかかりそうな様子だ。
そのあいだに、ボクは選ばれなかった靴たちを元通りにディスプレイした。
それでもまだ目当てのモノが見つからないらしく、店員さんがふたりがかりで倉庫や棚を探し回っている。
彼女はそれを笑顔で眺めていた。待つことすらも楽しんでいるように見える。
店員さんたちと彼女の邪魔をしないように出入り口付近で待つことにした。
そして、そこから店内をながめまわす。
ボクも、冬に向けてブーツのひとつでも買っておいたほうが良いかもしれない。
そんなことを考えながらも、ボクは足を差し向けて来た彼女の姿を思い浮かべていた。
シンデレラに靴を履かせたのは王子様じゃなくて従者だったような気がする。
「『しゃべる動物』と『おひめさま』ってだけで童話なら『うらしまたろー』だって童話になっちゃうよ」
ボクに向けて背後から子どもの声がした。
振り返るとそこには小学校低学年ぐらいの男の子がいた。日本人と白人系外国人のハーフだろうか、子どもながらに独特の顔付をしている。
目が合いそうになると男の子はすぐに目をそらした。
しばらく見ていたが振り返るようすがないためボクも視線を店内に戻す。
「『うらしまたろー』は『むかし話』だから『童話』じゃないの!カメがしゃべるし乙姫様だって『お姫様』だけどだめだよ」
そうかダメなのか。
「童話っていうのはね、『西洋風』なのがぜったいじょーけんだよ」
なるほど、男の子の言い分も確かによくわかる。
『童話』という言葉自体が『メルヒェン』というドイツ語の訳なのだ。
ならば、『童話』を西洋が背景のモノと限定するのは当然なのではないか。
ふたたび男の子へ視線を向ける。が、すぐに顔をそらされてしまう。
面と向かっては言ってくれないらしい。話を聞くべくすぐに視線をそらした。
男の子の話が再開される。
「だからね――」
その後もボクの背中に向けて男の子は、稚拙ではあるが興味深い話を続けた。
しばらくして声が止み、話が済んだようなので振り返ってみると男の子はちょうどお店の外へ出ていくところだった。
タイミングよく彼女もレジの方向から来たが、わざとらしくこちらへゆっくりと歩いている。
よくみると、さきほど選んだ秋に履くはずのブーツを履いている。
ボクがブーツを見たのを確認した彼女はいつものスピードに戻り、ボクの目の前に立った。
「秋のブーツ?」
と聞くと、
「秋のブーツ!」
といわれてしまい、やはり返す言葉もなかった。