表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/20

10/24:昼の街道で

最後に意味深なこと書いてますが、この小説で胸糞エンドや鬱展開は基本ありませんのでご安心を。

 強敵を撃破して数分後。



「ほれ。お前らの分だ」


 キーンカマキリを倒してから解体すると、オルレスがこころに向かって歩いてくる。

 その手にはカマキリの巨大な腕が握られていて、もう一本の腕は布が巻かれてオルレスの背中に収まっていた。

 死してなお耳鳴り音を響かせている鎌は、非常に重たそうだ。


「い、いえ。いいですよ、わたし達は」

「そう言ってくれるな。見た目は俺が倒したことになってるが、防御したのは嬢ちゃんだし……」


 こころの背後にチラリと視線を向けながら、オルレスは続ける。


「兄ちゃんの魔法が無けりゃ、俺の槍が頭を貫く前にヤツに殺されていたさ。そうだろ?」


 いつの間にか、カルマがこころの後ろに立っている。

 オルレスの感謝を表した笑顔に、カルマは肩をすくめた。


「さてね。何のことやら」

「おいおい、とぼけんなよ。火矢だけじゃねぇ。兄ちゃん、俺の槍に何か細工しただろ」


 そう言うと、オルレスは背後の遺体を振り返る。

 彼が槍で貫いた部分は、まるで火であぶったかのようにドロドロに溶け出していた。

 さすがに誤魔化しきれないと判断したのか、カルマは口を開く。


「中級炎熱魔法のファイアフォースで強化しただけだ。大したことはしていない」

「はっ。お前のやってる事は全然小さくないんだけどな。ひとまずは礼を言うぜ、ありがとよ」


 浅黒で武骨な外見だが、彼は笑うと意外に愛嬌のあるいい顔をしている。

 子どもによく好かれそうな笑顔だった。


「兄ちゃんが撃ち落とした分は持って行きな。良い値段で売れるぜ」

「そうなのか?」

「ああ。キーンカマキリの鎌は頑丈でよく切れるんでな。武器の素材としてはかなりの高級品で、需要があるんだ」

「……分かった。貰っておくよ」


 モブキャラ達がハイエナの如くカマキリへ群がっている。

 おおかた、鎌以外の部位を切り取って俺が倒しただの何だの言って自慢する気なのだろう。

 その光景に苦笑しているオルレスから、こころが鎌を受け取って地面へ置く。

 カルマ(ノーマルバージョン)が受け取れない理由はお察しください。



============================================


【キーンカマキリの鎌】

RARE:スーパーレア

キーンカマキリの鎌の一本。死後数日は風緑魔法の効果が持続するほど、鋭利で頑丈。加工することで強力な武器となる。


============================================



「スーパーレアってことは……やっぱアイツ、そこそこ強かったんだな」

「近衛君が強すぎるだけで、あれでも充分強敵なんだよ?」


 こころから回復魔術を受けながら、カルマは迷宮内で出会ったモンスターを思い出す。

 確かに、このキーンカマキリに出会うまでは、相手が魔法を使ってくることは一度もなかった。

 

「乱獲したら大儲けできるかもな……シャム、これいくらで売れ……シャム?」


 御者台から下りて、カマキリの中で売れる素材を探しに来ていたらしい。

 傍にいたシャムが目を見開いて驚いている。

 その視線は、カルマの右手人差し指にはめられた指輪へと注がれていた。


「そ、そそそ、それは、もしかして、【アテムの指輪】かにゃ?」

「これか? そうだけど……おわっ!?」


 その単語を聞いた瞬間、彼の襟首がシャムによって掴み上げられる。

 小さい少女からは考えられないほどの豪力で首を揺すられ、カルマは目を丸くして慌てていた。

 隣のこころやオルレスも同様である。

 回復魔術を受けていなければ、それだけで乙る可能性があった。


「ちょ、シャムさん!?」

「そ、それどこで手に入れたにゃ! いくらならシャムに売ってくれるにゃ!?」

「あばばばばば!」


 ガックンガックンとカルマを揺らして詰め寄るシャム。

 恐喝にしてもやりすぎである。


「ちょっと、し、シャムちゃん、落ち着いて」

「いいからそれをどこで手に入れたかさっさと吐くにゃ!」

「おばばばばばばばばばま」


 こころが止めようとするも、シャムは遊園地のアトラクションの如くカルマを揺らし続ける。

 たっぷり三分はカルマを回転させてから、やっとシャムは落ち着いた。

 カルマがマーライオンと化し、残り体力を汚物に変化させて吐き出す直前でもあった。


「……すまなかったにゃ。ちょっと動揺していたのにゃ」

「い、いや、気にするな、うぷっ」


 それでも未練があったのだろう。

 クリスマスにトランペットを欲しがる子供のような瞳で、彼女は指輪を見つめ続ける。


「その指輪。どうしても売ってくれないのかにゃ?」

「ん、まぁ、今はまだレベルが低いけど、強くなったら結構便利アイテムになるっぽいしな。いつか要らなくなったり別のを見つけたら、シャムに売るよ」

「そうかにゃ……」


 落ち込んでいるシャムに、カルマが笑いかけながらアイテムボックスを呼び出す。

 右手に巨大な鎌を持ったままもう片方の手でミニチュアロッカーに触れると、鎌が消えて、九つあるロッカーの扉が一つだけパタンと閉じた。

 何とも便利な指輪だ。


 本来、アイテムボックスやアイテム説明が要らなくなるような状況など普通はないのだが、二人には日本に帰るという目的がある。

 そうなれば指輪を持つ必要もないので、その時にシャムへ売ることにしようとカルマは考えた。

 シャムは残念そうにしていたが、彼の言葉に少しだけ笑顔が戻る。


「はぁ。カルマとこころは、この辺りの一般常識が疎いようだから言っておくにゃ」


 ため息をついてシャムが先を続ける。

 いまだに死骸を漁っているモブ達を一瞥し、二人とオルレスにしか聞こえない声で。

 その表情は、先ほどのキーンカマキリに出会った時のように鋭い目をしている。


「その指輪は本来、王侯貴族のような重要人物、それか極めて裕福な商人くらいしか持てない高級品にゃ。特に、男の商人がその指輪を見たのにゃら、殺してでも奪い取るっていうやつもいるにゃ」


 確かに、商人にとってアテムの指輪は喉から手が出るほど欲しいものだろう。

 すべてのアイテムの価値が分かり、それを収納して持ち歩くことができる道具なのだから。


「こころがつけているのも、【ステートのネックレス】にゃろ?」


 視線を移し、こころの胸元からチラリと覗く銀のネックレスも一瞥する。

 ぎょっとしたようにオルレスが飛び退いた。


「そのネックレスだって、武人なら誰でも欲しがる逸品にゃ。相手の実力が分かる道具とか卑怯すぎるにゃ。もっとも、男が装備できないからまだマシにゃけど。ステルゲンブルグに着いたらすぐさま隠した方が……って二人とも、どうかしたのかにゃ?」


 シャムが二人の顔に視線を戻すと、その表情は冷たく凍りついていた。

 彼らの額から流れる汗は尋常ではない。

 何故このことに今まで気づかなかったのだろうか。


 シャムは今何と言った?

 武人なら誰でも欲しがる一品?

 重要人物が持つ高級品?

 

 違う、そこではない。


「マズイぞ……」

「……うん。急がないとね」



【殺してでも奪い取る】



 今までは、何だかんだ言って命まで取る連中はいないだろうと、たかをくくっていた。

 それはカルマとこころが日本で育ってきたこともあり、異世界に来て最初に出会ったのが人の良いオルレスだったことも一因だろう。

 この世界も何だかんだ言って優しいと、無意識のうちに思い込んでいた。

 

 しかし、シャムはこの世界にすむ猫人族で、情報戦に長ける商人だ。

 何よりも信用が大事な職業で、なおかつ二人に恩義を感じている彼女が嘘をつく理由などない。

 

 それが示す事実は一つ。

 クラスメイト達が危ない。




-------------------------------------------------------------




 太陽が真上を通過してから数時間。



 休憩を取った後、先ほどよりも揺れが大きくなったキャラバンが、街道をひた走る。

 カルマとこころの頼みで、シャムが御者台に乗って手に持った鞭を強くたたいていた。


「特急便は了解したけど、きっちり徴収するからにゃ!」

「ああ。金を持っていないからツケになるけど、その時は思いっきりふんだくってくれ」

「冗談にゃ。自分の命助けられて、お礼はしても金取るような商人はいないにゃ!」


 シャムの話す通りなら、ステルゲンブルグは多くの人と情報が集まる街。

 大きな街には、当然ながら光と影がある。

 クラスメイトが影の悪意にさらされていないだろうかと、二人は内心かなり動揺していた。


「お前ら落ち着け。到着までは焦っても仕方ないだろう」


 護衛甲車の御者台に座ったオルレスが、落ち着いた声で二人を諭す。

 彼の気遣いに二人が幾分か表情を柔らかくすると、護衛甲車の幌が開いた。

 そこから出てきた顔は例のモブABCだ。


「そうそう。それよりもさ、こころちゃんって言ったっけ? 風緑魔法が使えるんだったら、俺達と一緒にパーティー組まね?」

「こんな雑魚のネクラ野郎と一緒にいてもいいことなんてないって。俺なら夜だって満たしてやれるぜ?」

「ギャハハハ! お前、この前もそんなこと言って女一人使い物にならなくしただろうが!」


 彼らの心ない言葉にオルレスが舌打ちし、彼女の表情が再び曇る。

 唯一変わらない真顔のカルマは虚空に向かって呟いた。


樫咲かしざき

「……どうしたの、近衛このえ君」

「野球の攻守交代の条件って知ってるか?」


 突然の問い、まったくもって意味分からない問題に戸惑ったが、こころは反射的に答える。


「えっと、スリーアウト、かな?」

「そうだ。今はツーアウトだ。それと、俺はデッドボール狙いの球なら問答無用で攻守交代してもいいと思ってる」

「ん? ……んん?」

「ただの独り言だ。気にするな」


 こころは「そんなことしたら自分からボールに当たる人が出てくるんじゃないかな」と思ったが、彼の言っていることが何を表しているのか分からずに口を噤む。


 オルレスも同様に分からない顔をしていたが、嘆息すると次の行動を起こした。

 彼は鉄鎧の中に手を入れると、皮の巾着をカルマへと放り投げる。


「……これは?」

「お前らの取り分その二だ」


 オルレスの許可を得てから二人で覗きこむと、中には金貨と銀貨が数枚、そして金色のふだが二枚入っていた。


「さっき、道程の半分を過ぎて休憩したところで、シャムから代金のいくらかを受け取っていたんだ。お前ら、ステルゲンブルグに着いたらそのまま突っ走りそうだからな。先に渡しておく」


 カルマがその中から一枚の金貨を取り出してみる。

 太陽の日差しを受けて黄金色に輝くそれは、表面にライオンの彫刻がしてあった。


「これって、もしかしてエレクトロン貨?」


 横から見ていたこころが、何かに気づいたように金貨を凝視した。

 彼女の耳元に近づくと、オルレスに聞こえないようにカルマが小声で問いかける。


「知っているのか、雷電」

「らいでん? う、うん。世界史の教科書で見たことがあるんだけど、確か世界最古の貨幣のはずだよ」


 何でそのようなモノが異世界にあるのか。

 更に謎は深まったが、今はその点を気にしても仕方がないだろう。


「ありがとうございます。これで心おきなくステルゲンブルグに突っ込めるな」

「やっぱり速攻行く気だったんじゃねぇか……」


 そんなことをされれば当然面白くないのはモブキャラの三人だ。


「隊長! なにやってんですか!」

「そうですよ。俺らの分はどうなってるんですか!?」

「あの女ならともかく、ガキの方は全然役に立っていなかったんですよ!?」


 金髪モヒカンが喚き、茶髪チャラ男が唾を飛ばし、右目に傷を負った男が悪態をつく。

 だが、オルレスは腕を組んだまま全く動じていない。


「それがどうかしたのか? お前達も役に立っていないだろう。少なくとも、そこの嬢ちゃんよりも役に立っていないのは事実だ。それとも、お前達三人ならキーンカマキリを倒せたとでも言うのか?」


 その言葉を聞いて俯くモブキャラ達。

 カルマとこころを盾扱いにしたのは他ならぬ彼らであり、三人のやったことと言えば残飯をあさるハイエナのような行為だけだ。


「で、でも……」

「お前達の取り分は、後払いの残り半分からきっちり四等分して分配する。むろん、ステルゲンブルグに着くまでに功績を上げれば配分は考えるが、今のお前達にはキーンカマキリの残骸で十分だろう」


 オルレスは、その辺りの武勲を厳しく評価する教育方針なのかもしれない。

 ここでカルマとこころが口を挟むと、後の彼らのチームワークに支障をきたすかもしれない。

 なので、二人は特に何も言わなかった。


 ぶつくさと文句を垂れるモブキャラ達を、オルレスは無理矢理幌の中に押し込む。

 彼も今日の一件で多少の威厳が出たのか、素直に従っていた。

 

「これで、多少は真面目に働いてくれるといいんだが……」

「苦労人なんだな」

「まったくだよ。大して強くも無いのに衛兵長なんかやらされる身になってみろってんだ……」

「あ、あはは……」


 カルマは同情の視線を向け、こころは苦笑い。

 現役高校生だった彼らに中間管理職の苦悩など分かるはずもないが、オルレスの疲れたような表情に労いの言葉を尽くした。



 ステルゲンブルグまでは残り三時間。

 カルマとこころはオルレスの厚意に甘え、彼が見張る中でしばしの休養を得たのだった。




-------------------------------------------------------------




 ???



「くそっ。隊長に邪魔さえされなけりゃ……惜しいことをしたな」

「さっきの話だと、ヤツらはステルゲンブルグで情報収集するって言ってたぜ」

「ってことは、少しは街にいるってことか?」

「だろうな。その間に攫っちまえばいい」

「あァ、それしかねぇな。今までに見たことねぇ上モノだ。抱いておかねぇと男がすたるってもんだ」

「しかも、あのビビリようからして生娘だろうなァ。俺らで女するのも悪かねぇ」

まわしてやってから奴隷商人に売っても、三年は遊んで暮らせるんじゃねぇか?」

「オークションならもっと高値がつくかもな」

「一応、油断はすんなよ。あれでも【トリプルピアノ】らしいからな」

「俺らのアジトにも【ダブル】は八人いる。全員集めりゃ余裕だろ」

「ガキのほうはさっさと殺しちまうか?」

「いや、生け捕って指輪だけ奪う」

「その後は?」

「女が輪される光景を見せつけてから拷問で殺してやろうぜ」

「それよりも目の前で殺してから泣き喚く女を犯す方がいいだろ」

「ギャハハッ。お前ら最低のクズだな」

「それで興奮するお前が言うか?」

「ひひっ。ひひひひっ」



 暗闇で話す彼らは知らない。

 

 彼女に手を出すということ。

 それはつまり『黒き』焔の神を怒らせるということ。

 

 暗闇で話す彼らはまだ知らない。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


近衛カルマ (17歳)

種族:人間

職業:学生

レベル:3

経験値:648/102400

体力:47/180

気力:10/10

腕力:166

脚力:126

知力:92

スキル:【ザ・スキルセレクター】・焔神威・空きスロット・空きスロット

装備品:学生服・ブラックレインコート・アテムの指輪・サバイバルナイフ・リュックサック

所持金:25700ELC


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


樫咲こころ (17歳)

種族:人間

職業:学生

レベル:5

経験値:110/240

体力:170/170

気力:48/400

腕力:72

脚力:82

知力:274

スキル:【初級水聖魔法師】・【初級風緑魔法師】・【初級治癒術師】・【オカン】・【女神の慈愛】・空きスロット・空きスロット・空きスロット

装備品:学生服・皮のコルセット・ステートのネックレス・サバイバルナイフ・リュックサック

所持金:0ELC


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

矛盾が出ないように、ダメージ計算式や気力消費量、時間当たりの回復量をEXCEL使って計算しているんですけど難しいですね。

こういうの頭の中で普通にできる小説家さん達、マジ尊敬します。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ