10/23:迷宮脱出で
「さて、用意はいいか?」
「うん。大丈夫だよ」
翌朝。
万全を期すために8時間の睡眠をとったカルマとこころは、部屋にあった非常用のリュックサックを拝借して、迷宮脱出の準備をした。
アイテムボックスを使うにしてもカルマのレベルでは9種類しか入らないので、念のため収納具を持って行く。
それぞれのリュックには部屋の戸棚にあった干し肉や乾パン(何故か腐ってたりカビが生えたりということはなく、戸棚を閉めるとまた新しい食料が現れた)と、水瓶から汲んだ皮の水筒、その他細かな炊事用具を入れている。
「服は……これでいいよな」
「そうだね。すぐに帰る方法が見つかったら、着替えても損だし」
クローゼットの中には、冒険者が着るような皮の防具や鉄の鎧に銀色の剣などがあって、いかにも異世界ゲームっぽいものが満載だった。
しかし、まともに扱えそうにない武器や防具を持っていても重くてしょうがない。
カルマは防御も何もあったもんじゃなく最初からオワタ式で、黒い皮でできた防水レインコートを見つけて学生服の上に羽織っている。
こころも魔法で風の刃が使えるので基本的に武器は要らないが、念のため服の下に皮のコルセットのようなものを着た。
あとは上履きから皮の靴に履き替えたくらいで、他に持って行く武器は本当に保険程度、小さい銀のナイフだけだ。
「あと、これもあったほうがいいな」
「近衛君の体力はともかく、わたしも気力が尽きたら戦えないしね……」
クローゼットの救急箱にはいくつか薬があったので、こちらも拝借しておく。
こころは救急箱から絆創膏をとって己の額に貼り付けた後、四つの薬を取り出した。
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【高価な回復剤】
RARE:レア
VIRTUE:体力+50
薬包紙に入った青い粉薬。体力回復に効果がある。
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【万能薬】
RARE:ノーマル
VIRTUE:体力+20、気力+20
透明なビンに入った赤い霊薬。体力と気力の回復に少しだけ効果がある。
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救急箱には、回復剤と万能薬が二つずつ。
カルマが回復剤を、こころが残りの万能薬を持つことにした。
【焔神威】があるので、カルマは気力を心配する必要がないのだ。
最後に簡単に掃除してから全ての準備を整えると、二人は部屋の扉前に立つ。
「よし。それじゃ行こうか」
「近衛君の背中はわたしが守るから。絶対に生き延びよう……みんなで幻台高校に帰るまで!」
これから死ぬかもしれないのに、彼女はまるで遠足に行くかのように晴れやかな笑顔をしていた。
前回の危機とは違い、今回はカルマが強力なスキルを持っている。
守るどころか守られるのは目に見えていたが、内心では騎士に守られるお姫様というシチュエーションが現実になると小躍りしていた。
ニマニマ緩む頬を抑えるこころと、苦笑するカルマ。
玄関で立ち往生するのも難なので、先導する彼女がドアノブをつかんで開けてから背後を振り返った。
ちなみにカルマは腕力が1のためドアを開けることができない。
なんとも貧弱な騎士だった。
「この部屋に出会えてよかったね」
「そうだな。不思議な部屋だったけど、ここが無かったらとっくの昔に死んでただろうな」
名残惜しそうに室内を見回す二人。
この部屋を作った誰か、恐らく書置きにあったアネモスへの感謝の心が押さえきれなかったのか、自然に言葉が漏れ出した。
「「おせわになりました」」
その残響が消える前にカルマが体を滑らせ、パタンとドアが閉まる。
再び、昨日のように何一つ動くものがなく、暗くなった不思議な部屋。
その隅で、白く光を放つ羊皮紙に新たな文字が踊った。
『焔の神とその番よ。そなたらに風神の加護があらんことを。 アネモス』
その文字に表情があったなら、それはきっと、寂しげな顔をしていたことだろう。
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ドアの外に出て鍾乳洞の細道を歩くこと5分。
二人は前日に落ちた付近に来ていた。
もちろん、カルマは既に焔神へと変化していて、いたるところにある割れ目から注ぐ陽光や光るキノコ無しでも十分明るい。
『あー。ありえるとは思っていたけど、こうなっていたか』
「……」
昨日まであった通路は見事に崩落して塞がれ、あたり一面に鍾乳石の小石が散乱していた。
続いていたはずの通路は隙間も無いほど完全に埋まっていて、もはやただの壁にしか見えないほどだ。
「ど、どうしよう……」
いきなりの躓きに、あわあわと慌て始めるこころ。
さっきの部屋でもう一生暮らすしかないかな、それもいいかも、と思い始めたところをカルマの声が遮った。
『ん~。これくらいなら何とかなるな』
「えっと、子供は四人ほしいか……ふぇ?」
『すまん。ちょっと下がっていてくれ』
「はっ、はいっ!」
明るい家族計画を妄想していたこころが、突然現実に引き戻される。
カルマの腕(の形をした炎)に促され、彼から5メートルほど後方に下がる。
彼女が十分に離れたことを確認すると、右の掌を岩壁に向けたカルマの口から、一節の言霊が紡がれた。
『“火砕龍”』
その瞬間、彼の掌から洞窟の縦横いっぱいに炎の濁流が噴き出し、瞬時に何かの生物、おそらくは龍を形作る。
そして、鎌首をもたげると、岩壁に向けて猛烈な勢いで突進した。
ドオオオオォォンッ!!
「きゃあああああっ!」
『あ、あれ……ちょっと強かったかな?』
火龍の体当たりは遠く離れたこころにまで衝撃を伝え、彼女は爆砕の風圧に押されて尻餅をついた。
あまりにも強力な破壊の波濤。
見れば、道を塞いでいた鍾乳石の壁は見る影も無く粉砕され、曲がりくねっていたはずの通路に新たな直線を生み出していた。
だが、龍の進撃はそれだけに収まらない。
それは少し離れたところでも起こり、地面に座り込んだこころの可愛らしい膝にパラパラと頭上から砂粒が降ってくる。
「……え?」
慌てて上を見上げると、破壊の余波で彼女の頭上にある岩壁に更なるヒビが入り、ミシミシと音を立てて鍾乳石にズレが生じ始めている。
このままだと周囲一帯が崩落してしまうことは明らかだった。
「こっ、近衛君! 早く逃げないと、ここも……」
『大丈夫だよ』
「だ、大丈夫って、近衛君は物理攻撃効かないけど、わたしは岩に押し潰されたら普通に死んじゃうよ!」
こころが立ち上がると涙目になって懇願する。
しかし、彼はまったく焦っていない様子で、悠悠と歩いてこころの傍に来る。
『ん。よいしょ』
「えっ? あ、ちょっと、んほああああぁぁぁ!」
目の前まで近づいたカルマが、いきなりこころの全身を己の炎で包み込んだ。
前日に片腕まででしか味わっていなかった快感を、服の上からとは言え突然の不意打ちに身体中で味わってしまう。
完全にアヘってしまった表情が炎で「見せられないよ!」と覆い隠されたのは、彼女にとって不幸中の幸い、いや幸い中の不幸か。
絶対にそんな顔を晒してはならない想い人からは、ソレが手に取るように分かるのだ。
『こうでもしないと、巻き添えになっちゃうからな……すまん。今だけは勘弁してくれ』
「んにゃあっ! いっひひひ! そ、そこだめ! あはっ、あっははははっ!」
内部で身をくねらす彼女を感じながら、カルマはさらに言霊を紡ぐ。
『“燗傑閃”』
その言葉が虚空に消えると、周囲の地面が赤く燃え上がり、今度は炎の濁流が真上に向かって噴き出す。
まるで鯨の潮吹きのように雄大な火が頭上の鍾乳石を跡形も無く焼き貫き、崩落する前までの道筋、つまりは上層に続く穴を生み出した。
『お。こっちからも行けるか? “火翔”』
追加でもうひとつ言霊を吐き出して、彼の背中に炎の羽を作った。
燗傑閃によってできた直径5メートルはあろうかという巨大な空洞を、こころを抱えたまま大きな翼で上へ上へと突き進んでいく。
『おおっ! 空を飛ぶって新鮮な感覚だな!』
「んにゃはははははっ! あっ、や、やめっ! 弱いとこばっかり責めないでえええぇぇ!」
『あー……すまん』
鳥の気持ちになっていたカルマの感動を、内側から響く嬌声が掻き消した。
ふと体内の様子に意識が引き戻されると、なにやら柔らかで二つの大きな塊を揉みしだく感触が生まれたので、慌てて頭上へと意識を戻す。
『よし。上階に出たぞ』
「こ、このえく、は、激しすぎっ! あっ、んああっ!」
『……もうちょい頑張って』
上層にある地面が抜けた休憩所までの距離は目算20メートルほど。
その距離を数秒もかからず弾丸のように飛翔すると、彼は急いで周囲を見渡した。
『ッ! いた!』
休憩所の中、鍾乳石の壁に張り付いていたのは4つの大きな目。
そして、それらを覆う醜悪な茶色い羽。
『よぉ、久しぶりだな。昨日の礼をしに来たぞ……一度言ってみたかったんだよなぁこのセリフ』
忘れもしない。
死を覚悟した巨大な姿。
そのうちのひとつが再びカルマを捉えると、あの時のように羽を羽ばたかせて飛翔し、休憩所の出口前で立ち塞がった。
カルマも今度は逃げる背ではなく、倒すために正面から向きあう。
真っ赤な翼で宙に浮く人型の炎を、巨大蛾は羽にある4つのギョロ目全てでもって鋭く射抜いた。
それは昨日と同じ、ただただ獲物を殺傷するだけの本能の殺気を放っている。
が、今の彼相手だと微塵も効きはしない。
『おっほほ。いやぁ怖い怖い』
逆に、目で笑いながら煽る余裕すらあった。
もっとも、彼に目らしき部分は無いのだが。
それでも、炎でチラつく姿から何かを感じたのか、今度は洞窟内を四方八方に飛び回りながら麻痺効果のある燐粉を飛ばす。
『いやいや。火に麻痺なんて聞きませんぜ旦那』
当然話は通じないが、空中で見上げたまま動かないカルマを見て、巨大蛾も悟ったのだろう。
これでどうにかならないのであれば肉弾戦しかないと。
『どうした? 終わりか? ん? ん?』
煽る煽る。
これがゲーセンなら対戦台からリアルファイトに発展するような声色で、意思疎通ができていないはずの巨大蛾を煽りまくった。
そしてついに、巨大蛾が物理攻撃を仕掛けてくる。
それは技術も何も無い、自身の巨大な羽と胴体で押しつぶさんとする、渾身の体当たり。
「キシャアアアアアアァァァ!」
『お前、声出せたのかよ』
最後の最後で威嚇のためか、中央の本体、触角の下にある口のような部分を開いて奇声を上げる巨大蛾。
カルマは恐怖には程遠い別の感情で驚くと同時に、ひどく残念な色も含んでいる。
もし相手が昆虫ではなく、本能的に判断できる動物だったら。
特攻なんて真似はせずに背を向けて逃げていただろう。
今の彼にとって、眼前の怪物はただの駆除対象に成り下がっていた。
『あーはいはい。これで終わりってことね。“火蜂”』
落胆の感情をにじませながら、言霊を唱えて自分の周囲に拳大の火の玉を5つ生み出す。
火の玉はボゥッ!と音を立てて蜂の姿へ形を変えると、瞬時に飛び去って4つある目に付き刺さり、もうひとつは巨大蛾の口内へと飛び込む。
『“蜂閃火”』
4つの目と体内が爆散し、巨大蛾は文字通り塵へと姿を変えた。
『うわっ! ぺっぺっ!』
爆発で飛び散ったのか、勝利の余韻に浸るまでもなく彼の身体に黄色い燐粉が降り注ぐ。
別に口や鼻に入ったわけではない(そもそも器官が見当たらない)のだが、蛾の体内から飛び出たものを浴びるのは生理的に嫌なのだろう。
身体に張り付いた汚れは瞬時に消し炭と化しているのに、それでもペシペシと叩いて払い落とす。
すると、カルマの前にひとつのウィンドウが立ち上がった。
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【マヒガの燐粉】
RARE:ノーマル
マヒガの羽から散布される燐粉。進化の過程で神経障害を起こす麻痺毒を獲得した。希少な解毒薬を調合する際に必要な素材のひとつ。
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『あいつ、マヒガって名前だったのか』
感心するところはそこじゃない。
『ほぉ。解毒薬の材料になるんだったら、売ったら高値がつくのか?』
最後まで文面を読んでから、カルマは降り注ぐ黄色い燐粉を見つめる。
『もったいないから採っておくか』
そう言うと体内に手を突っ込んで、背中辺りにあるはずのリュックサック(のような形をした炎)から、缶ジュースほどの大きさの透明なガラス瓶を取り出す。
今日の朝出発した部屋から拝借しておいたものだ。
そして、降り注ぐ黄色い粉でビンの中身を八割満たしてから、またリュックサック(のような形をした炎)へとしまう。
『いろいろと便利だな。この身体』
今しがた自分が登ってきた穴の傍まで移動すると、燐粉が届かない位置で腰を下ろしてから、ぽつりと感想を漏らした。
火炎系魔法がほぼ使い放題の上に、身につけた物まで炎化するから重いものを背負っていても楽に動くことが可能。
しかも、即死の水を除くと完全無敵で、炎を貫通する攻撃以外は中にいる人までもが恩恵にあずかることができる。
『中にいる人……あっ』
「ぅ……ぁ……ひゅー……ひゅー……」
ある意味、爆散して息をしていない虫よりも虫の息である人間が、そこにいた。
『……休憩すっか』
そもそも休憩所は戦闘をする場所じゃありません。
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近衛カルマ (17歳)
種族:焔神
職業:学生
レベル:3
経験値:68/102400
体力:1/1
気力:9996018/9999999
腕力:1
脚力:1
知力:9999999
スキル:【ザ・スキルセレクター】・【焔神威】・空きスキルスロット
装備品:学生服・ブラックレインコート・アテムの指輪・サバイバルナイフ・リュックサック
所持金:0ELC
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樫咲こころ (17歳)
種族:人間
職業:学生
レベル:4
経験値:0/190
体力:165/165
気力:395/395
腕力:69
脚力:79
知力:273
スキル:【初級水聖魔法師】・【初級風緑魔法師】・【初級治癒術師】・【オカン】・【女神の慈愛】・空きスロット・空きスロット・空きスロット
装備品:学生服・皮のコルセット・ステートのネックレス・サバイバルナイフ・リュックサック
所持金:0ELC
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装備品のBONUSは各種パラメータ上限の上昇値、消費アイテムのVIRTUEは基本的に回復量を示しています。下位の回復剤で体力上限が増えることはありません。また、体力と気力残量は時間経過でも回復します。