10/27:家を借りるので
太陽が輝く午前十時の一般区。
さすがにオオカブトとモルフォチョウを連れて街中を歩くわけにもいかず、シャムに売約だけを頼んだカルマ一行。
悪徳商人との舌戦に勝利した(気性が荒いことを盾にした)おかげで、ヘラクレスオオカブトを十万、ヘレナモルフォを十五万エレクで買い取ることができていた。
オセロ曰く、二匹の能力的に言えば三十万以上は予想していたらしいので、二十五万エレクまで抑えられたことは勝利と言っていいだろう。
余った金でお菓子を買い、次の目的地に向かって食べ歩きながら進む美少女三人の顔が綻ぶのも無理はない。
「おいひぃ~。これ、すっごく甘いね~」
「うん。見た目は小さい綿菓子なのに、グミみたいにもちもちしてる。中に入ってるのは苺かな?」
「それはクモノスって言うお菓子ね。果物をアシダカの糸でぐるぐる巻きにして、砂糖でデコレーションしてあるのよ」
「「…………」」
「どうしたの?」
「えーっと……いや、食べるよ?」
「う、うん。ちゃんと、食べる」
(無理すんな……)
女が三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、後方を歩くカルマに口を挟む余地などなかった。
ただ、晴香も今はお菓子に目が行っているからか、男性に怯えることもない。
彼女達の両手に握られたリンゴ飴やクモノスの袋がどんどん消費されていく。
「あ、次はここね」
そして、丁度お菓子が全部平らげられた頃に次の目的地へ到着した。
南一般区の大通りにある一角。
シャムズワークスと同じくレンガ建ての商店だが、用途が用途なので一般家庭と差が無い大きさだった。
シャムの伝手で紹介された、南の一般区内で暮らせる借家の斡旋業者だ。
四人がドアを開けて店に入る。
灰色の髪と同色犬耳で、いかつい中年のオッサンが姿を現した。
晴香がビクッと身体を震わせるが、カルマが手を握ってやるとすぐに収まった。
「いらっしゃい。紹介か?」
「ああ。借家を探してるって話したら、ここに行けって言われたんでな」
彼にシャムからの紹介状を渡しながら、カルマは店内を見渡す。
普段は生活しているだろうリビングのような店で、入口玄関にカウンターが設置され、住居兼店舗の形になっている。
カウンターの奥では犬人族が数人、テーブルに座って書類整理を行っているのが見えた。
「シャムからの紹介状、確かに受け取った。住居に希望条件があれば書いてくれ」
そう言って、いかついオッサンは再び奥に引っ込んだ。
カウンターの上に記入用紙を置いて。
「さて、まず最低条件だが……」
「お庭!」
「風呂ね!」
「キッチン」
「鉄柵よ!」
「個室」
「一戸建てぇ!」
「もちつけお前ら」
マイホームに逸る気分はカルマも分からないでもないが、条件は整理しなくてはならない。
まず最低限、庭が無くては始まらない。
まさか室内で巨大カブト虫と巨大蝶を飼うわけにもいかないだろう。
晴香のスキルがあるため逃げ出される心配も無い。
次に防犯だが、これは実物を見てみないと判断しようもない。
できれば中央区が良かったが、この街の正式な身分証を持っていないので、貴族が暮らす区で本格的に居を構えることはできないらしい。
後は数部屋の居住空間があって、キッチンと風呂は外せない。
結局、彼女らと言ったことは大して変わっていなかった。
幸いにして金銭的に余裕はあるので、この際多少は贅沢を地で行ってみようかと考えているカルマだった。
条件をまとめて記した紙を再びオッサンに渡し、餅菓子を食べて待つこと五分。
「南区でこの条件なら三つあるが……あんたらはシャムの紹介だ。一番いいのに案内してやるよ」
そう言いながら、いかついオッサンが鍵束を持って出てくる。
そして、そのままカルマの隣を通り抜けて店の外へと歩き出した。
「あんたら、数日前にこの街に来たばかりなんだってな。住み心地はどうだい?」
「悪くないと言いたいところだが、ここ最近は宿屋を除いて迷宮と冒険者ギルドにしか行ってないんだ」
「そうかい。もったいねぇな」
いかつい外見に似合わず、ずいぶんとフランクらしい。
紹介業をしているのだから、当然と言えば当然だが。
「この街に来たら一度は行ってみた方がいい所とかありますか?」
こころが恐る恐る尋ねる。
「そうだなぁ……あんたらは冒険者なんだろう?」
「うん。晴香も冒険者になる」
「それなら鍛冶師ギルドに行ってみるといい。ステルゲンブルグは近くに鉱脈がある関係で優秀な職人が揃ってるからな。いい仕事をしてくれるぜ」
「へぇ。知らなかったわ」
フランクなことが女性陣にも伝わったのか、晴香も遠慮なく話せている。
少しずつ本来の優しさが戻ってきている光景を見て、カルマは口角を上げた。
「おっと……ここを右か」
犬耳オッサンも美少女三人と話して気が取られそうになり、危うく道を間違えかけていた。
彼の後ろに付いて通路を二つ曲がり、大通りよりは少し狭く甲車が通れる程度の脇道を歩く。
そのまま数メートルほど進んだところに、その借家はあった。
「おぉ」
「すごーい!」
「綺麗……」
「悪くないわね」
五人が真正面に立つと、まず目に入るのは真っ白な門。
カルマよりも高い鉄柵に囲まれているが、同じようにして白く塗装され、ところどころに薔薇の装飾がされているので圧迫感は無い。
そして、その向こうにはレンガ造りで二階建ての家が見える。
「外観は良い感じだろ?」
「ああ。防犯能力も高そうだ」
「頼むから要塞化するのだけはやめてくれよ。魔法師はそういうヤツが多いんだ……」
彼にも色々苦労があるらしい。
ポケットから鍵束を取り出すその表情は苦笑している。
その鍵で門を開いても、見える景色はかなり良い。
門から家屋までは、軽トラックなら八台は軽く停められそうな青い芝生の庭。
つまり、庭だけでも八匹のヘラクレスオオカブトが寝ころべそうな面積がある。
「これなら、あいつも問題なさそうだな」
「うん。らっ君も安心だね」
らっ君とは、晴香がつけたヘラクレスオオカブトの愛称らしい。
愛称なので、本名は【ラクレス】。
何となく「キスしてもいいかな」を「キムチでもいいかな」と空耳しそうな愛称である。
レンガ建て家屋の近くには杉の木もあるので、ヘレナモルフォの【ヘレナ】が留まって休むこともできるだろう。
ちなみに、こちらには愛称が無い。
「じゃあ、中を見てみるか」
「おう。ちょっと待ってくれよ……この鍵か」
芝生を通って、今度は家の前まで。
レンガ建ての家は、門側から見ると中央に玄関があり、扉を挟んで一階には二つの窓、二階には三つの窓が見える。
上に見える煙突が風情を感じさせる、味のある屋敷だ。
その扉が、キィと音を立てて開く。
「さぁ、入りな」
「「「いえーい!」」」
「……あいつら、テンション高いな」
女性陣が我先にと入って行く中で、カルマだけは冷静に踏み入れていく。
周りが調子に乗っていると一人だけ妙に冷めるというアレだ。
「ほぉ。かなり良いな」
そんな彼でも、中は見とれる程度に広かった。
一階は玄関から直進すると突きあたりに階段があり、そこまでの廊下には右に一つ、左に二つの扉がある。
試しに、カルマは右の扉に入ってみることにした。
「ここは……リビングか」
広々とした空間の奥にはカウンター付きのキッチンがあり、竈やシンク、水瓶などが置いてある。
リビングの一角には暖炉もあるので、これからの季節は重宝しそうだった。
「じゃあ、次は廊下のもう二つか」
廊下に戻ると、カルマはリビングの対面にあった扉を開ける。
「あぁ、それは水洗式トイレだな」
「水洗式?」
扉を開けた瞬間、カルマの後ろからオッサンの声がした。
今まで利用してきたトイレはボットン式だったので、異世界にしては意外に良い設備である。
「外に雨水の貯水槽があるんだ。便座横のレバーを引くと、その貯水槽から水が流れ込む様になってる。後は、街の地下水道にオサラバってわけだ」
「なるほど」
トイレは充分だった。
となると、もう一つの扉は……。
「物置か?」
「近衛君、近衛君! ここすっごいよ! お風呂だお風呂だお!」
「大きくて綺麗」
「充分な広さだわ!」
開けた瞬間、中から三人が飛び出してくる。
どうやら風呂だったらしい。
「ご希望通り、風呂も大きいサイズにしてやったぜ。あんたらの中には炎熱魔法師と水聖魔法師がいるってシャムの手紙に書いてあったから、井戸の水も汲んでこなくていいしな。全員で入れるぜ?」
オッサンの顔がニヤニヤしている。
「ってことは、この家を建てた奴は魔法師だったのか?」
「そうだ。かなり有名な冒険者の魔法師でな。何でも、パーティー全員で暮らすために建てたんだと。あんたらと一緒だな。今は別の街に引っ越したらしいが……」
オッサンの邪推を流してカルマが尋ねると、予想通りの答えが返って来た。
これだけいい物件なのに売れていないということは、おそらく一般人では風呂やトイレが使いこなせないからだろう。
魔法師がいなければ、風呂と乾期のトイレが不便なことこの上ない。
最後に二階へ行くと、そこにはクローゼット付きの部屋が五つ。
階段を上がって対面に三つが並び、階段と物置を挟んで一つずつ。
各八畳ほどで、広さも申し分ない。
「部屋数が一つ多いけど、第二の物置にでもすればいいか……」
迷宮に潜って金を稼ぐとなれば、レベルが三しかないカルマはアイテムボックスを圧迫する。
物置はあればあるほどいいのだ。
全て見回った後は、全員で一度リビングに集まって、この家の評価を行うことにした。
「俺は良い物件だと思うが」
「わたしもいいと思うよ。広いし、暖かそうだし」
「うん。晴香も賛成」
「悪くないわね」
満場一致である。
傍で見ていた犬耳オッサンも満足そうにうなずいていた。
「あと二件あるんだったか。一応、そっちも見せてもらっていいか?」
「うーむ……」
カルマが尋ねると、オッサンが渋面を作る。
「正直、お勧めしない」
「何故だ?」
「残りの内一軒だが、この場所と同じ程度の設備があるし、二階のような個室の部屋数なら向こうが上だろう。ただ、場所が貧困区のすぐ近くでな。スラムもある」
カルマ達の条件には防犯も含めていたため、彼は貧困区に近い家を推薦しなかったというのだ。
なるほどと、カルマはうなずく。
「それなら、こっちの方がいいか。じゃあ、もう一つはどうなんだ?」
「……俺は信じちゃいないんだが」
オッサンの渋面がさらに曇り、犬耳がしおれる。
何やら変なイチャモンでもつけられた商人のような表情だ。
「あとの一軒は幽霊屋敷って言われていてな……」
「「「!?」」」
カルマの後ろで話を聞いていた女性陣三人の身体がビクンッ!と跳ねた。
「何でも、夜中に壁をひっかくような音が聞こえたり、井戸から真っ白な手が出てきたり、トイレに行ったら上から生首が見下ろしていたりと、ロクなことが無いらしい」
「へぇ。物騒な家だな」
「ひいいぃぃぃ」
「うっ……」
「そ、そうなの。お、おおお、面白いところなのね!」
((無理すんな……))
こころは分かりやすく頭を抱えてうずくまり、晴香は涙目でカチカチと歯を鳴らしている。
オセロだけは一見普通に立っているように見えたが、口の端がひきつって声が震え、ヒョウ柄の尻尾は悪寒でゾワゾワと膨れていた。
「「どうする? もう一軒の方、見に行ってみるか?」」
「「「絶対やだ!」」」
多数決で負けたカルマとオッサンであった。
「そ、そうか……じゃあ、この家を契約しようと思う」
「あ、ああ。一旦事務所に帰るか」
その後、カルマ達は店舗兼住居に戻り、オッサンと手続きを行う。
相変わらず、異世界なのに契約書は日本語だ。
「家賃は、土地代も含めて一カ月十八万エレクだ。契約期間は一カ月ごとの更新でいいか?」
「ああ。家具の貸し出しも頼む」
「分かった。合計で二十万エレクだ。基本的な家具は今日の午後に運ばせておくから、明日から入居できるぜ」
いつこの街から出発することになるか分からないので、更新は短期間であればあるほどいい。
家具を買っても、日本に帰るのであれば使い道など無いだろう。
「え~。家具欲しいっ」
「晴香も、迷宮で稼いで自分で買う」
「それくらい、あたしが出すわよ」
女性陣の反対にあったので、やっぱり家具は買うことになりました。
カルマの家だったが、家事を担うであろう女性の影響力はすさまじいの一言である。
「……それなら、今日からの入居でも問題ないが」
「色々と我儘を言ってすまない……」
「気にしないでくれ。これが仕事だ」
女性陣だけでなく、それに振り回される男性陣にも奇妙な仲間意識が芽生え始めていた。
このオッサンも、家では奥さんに手綱を握られているのかもしれない。
「しかし、今から家具をそろえられるのか? 店で買っても運ぶのは明日になるだろうし、甲車でもない限り難しそうだが……」
「一応、甲虫を持っているからな。甲車は……まぁ、新しく買えばいいだろ」
「あんた、若いのに金持っているんだな」
「いろいろあったんだよ……」
さすがに賞金首の盗賊を皆殺しにしたとは言えないカルマだった。
引き攣った顔のカルマを置いて、オッサンは淡々と契約を進めていく。
「これで契約書は全部だ。あとは、今からでもあの家に住んでいいぞ」
そう言って、オッサンが赤と白の鍵を差し出してくる。
白が門の鍵で、赤が家の鍵ということらしい。
「サンキュー。世話になったな」
「おう。あの家の契約を切りたい時は月ノ終リに来てくれ」
オッサンに手を振りながら、カルマ一行は店を後にしたのだった。
その後、シャムズワークスに戻って二匹を引き取り、ついでにシャムの甲車と同じものを一台五万エレクで購入。
ベッドなどの家具と炊事用具に食料、室内着を買い漁ることになるのだが、それは語られることは無いだろう。
ギルド銀行から追加で残金を引き落とし、大通りにある様々な店に引っ張り込まれてカルマの記憶が飛んだのだから。
「つ、疲れた……」
『旦那、女の買い物ってのは長ぇんだ。大目に見てやんな』
「そう……だな……」
何はともあれ、第二目標も達成。
ねんがんの まいほーむを てにいれたぞ !
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近衛カルマ (17歳)
所持金:12000ELC[+100000ELC]
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樫咲こころ (17歳)
変更点なし
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大園晴香 (17歳)
変更点なし
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オセロット・キャットボルト (16歳)
所持金:77000ELC[+???ELC]
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